Ⅲ
「時に、青山さん」
運ばれてきたサラダをもしゃもしゃと食べながら、彼女は言った。
「なんですか、氷川さん」
いつものように僕はそっけなく応じる。
「恋バナしませんか?」
「............は?」
条件反射で、僕の身体からぶわっと嫌な汗が吹き出る。
彼女は僕の返事を待つことなく、
「いや、聞いてくらしゃいよ」
とレタスをもさもさと貪りながら話し出した。......せめてそれを飲み込んでからにしてくれないだろうか。
「私、こないだかれひに振はへたんれす。それが、本当に何の前触れもな──」
「分かった、分かりました、話くらい聞きますから。せめて恋バナかレタスか選んでくださいよ」
それは恋バナというよりはただの愚痴ではないのか。隣でヤケ酒など始められようものなら随分困るのだが──まあ、どうせ三秒に一回うん、うんと頷いていてやれば済む話だ。彼女も聞き役が欲しいだけなのだろうし。飲酒を始めそうになったら止めればいい。......まあ、仮に彼女が酔い潰れたところで、僕は自分の分の勘定を残して帰るだけだが。
氷川さんはもきゅもきゅとサラダを頬張ると、喉を鳴らして一気にそれを飲み込んだ。女性としては些か行儀が悪いような気がしたが、このご時世に女性だからどうだなどと言えば何処からお叱りが飛んでくるか分からないので、僕は何も言わずサラダを食べる彼女を見守った。
「......ふぅ。食べ終わりましたよ、青山さん。じゃ、改めて、恋バナ聞いてくれますか?」
「逆に聞きますけど、嫌ですって言ったらやめてくれるんですか?」
「まさか。もう、分かってる癖にそんなこと聞かないでくださいよ」
頬を膨らませて憤慨する氷川さん。こういう動作はさぞかし男性受けが良いのだろうが、僕にはどうも虚構めいているように感じられて好きになれない。──好きにならないようにしているのだから、当たり前といえばそうなのだが。
僕が内心で彼女の動作にけちをつけていることなど知る由もない氷川さんは、先ほどまで使っていたフォークをテーブルに置く。
そして、もう一度「ふぅ」と息をつくと、恋バナと称した元彼氏についての愚痴を話し出した。
「さっきも言いましたけど、私、こないだ彼氏に振られたんです。それはもう、物凄く唐突な話でした。前兆なんかも全然感じなくて、ほんと、思いついたように振られたってかんじで」
「はぁ」
「友人に話したら、辛かったね、そんな男とは別れられて正解だったね、って言われました。理不尽な話ね、とも」
「はぁ」
三秒に一度の相槌を打ちながら、他に話す友人がいるのなら何も僕に愚痴を言うことなどないではないか、などとぼんやり考える。店内は混雑していて、料理が運ばれてくるにはもう少しかかりそうだ。早いところ料理を食べて、さっさと帰りたいのだが。
「青山さん、聞いてるんですか? さっきから『はぁ』しか言わないじゃない」
「少なくとも耳に入ってる、という意味では聞いてますよ。いいから続けてください」
「もう、真面目に話してるのに」
そう言いつつも、さして気にした様子もない氷川さん。やはり話を聞いてくれさえすれば誰でもいいのだ。あぁ、帰りたい。切実に。
「続けますね。......それで、さっきの、理不尽ね、って話。言われたの、一人や二人じゃなかったんです。まぁ、今になって冷静に考えたら、ちっともそんな素振りを見せなかった癖に『別れよう』だけ言ってちゃんとした理由の説明もなく、それからはいくら理由を問い質すメッセージを送っても既読すらつかない、電話にも出ない、なんて──理不尽なのかな、とは思うんですけど。というか、他人事だったら絶対に私も『そんなの理不尽だよ、可哀想に』って怒ったと思うんですけど」
そこまで話し一息つくと、ふと彼女の顔から表情が消えた。
そして、真っ直ぐにこちらを見つめ──言ったのである。
「でも私、全然そうは感じなかったんです」
その時の彼女の表情には、どうにも覚えがあって──
「理不尽だとも、彼に対して酷いとも、憎いとも、嫌いとも──全く、感じなかったんです」
──僕は初めて、彼女の話に興味を持った。