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ふれふれ坊主

作者: ひとり

 じっとりと湿ったタオルで汗をぬぐうような不快感。そんな雨の日にはいつも思い出すことがあるんだ。聞いてほしいけれど、本当は思い出すのも嫌なんだ。

 子どもの頃にきっと誰でも一個は作ったことあるんじゃないかな。てるてる坊主。作りやすくて、ちょっと可愛らしくて、明日の空が晴れてくれるようにお祈りするやつ。頭の部分がきれいに丸く作れるまでちょっと頑張っちゃうやつ。僕も母さんといくつも作ったよ。晴れの日が好きだったからさ。そして窓辺に吊るして、翌日が晴れた日はとても嬉しく思ったよ。そして忘れてしまうんだよな。母さんかばあちゃんあたりがてるてる坊主を吊っている糸を外して捨ててくれたんだろうな。風鈴とは違って、晴れたら用無しだからさ。

 晴れの日が続くと、母さんが庭の花を気にしだすことってあるんじゃないかな。雨がふらないとかわいそうって。それを聞いて、うっかり作っちゃったんだよな。ふれふれ坊主。大きいやつ。驚かせたかったし、きっと喜んでくれると思ったから。ティッシュじゃなくて、机に置きっぱなしの新聞紙でさ。いらない新聞紙って僕の家ではわりと放置されがちなんだよ。雑紙に出さなくちゃいけないのにな。

 ところでふれふれ坊主って知ってるかな。簡単なんだ。てるてる坊主を作って、逆さまにして吊るすだけなんだよ。頭が床のほうを向くわけだから、胴体のひらひらがべろりと広がって、まるで降らない雨を大口をあけて待っているかのように見えるんだ。僕にはね。

 まあそんなわけで、母さんがパートに出ている間に大きいふれふれ坊主を作って、窓に立てかけておいたんだよ。吊るす作業はいつも母さんだったからさ。作ったあとは満足しちゃって、昼も近かったしうたた寝してたんだ。夢をみてたんだけど、内容までは思い出せない。でも最後に大きな車にぶつかって飛び起きたんだ。それぐらい大きな音が、現実のほうで鳴ったんだよ。

 飛び起きたらさ、ばあちゃんが慌てて窓辺に駆け寄ってきたんだ。今さっきの大きい音はドアが開く音だったんだな。その時はただ驚いて、今までに見たこともない勢いでふれふれ坊主を掴んで引き倒すばあちゃんを、見つめていた。がさっと乾いた音を立てて、ふれふれ坊主が横倒しになった。ばあちゃんはすぐに頭の部分と胴体を指でほじくるように、引き離したんだよ。そうして頭を引き裂いて、何か確認しているんだ。その間にずっと、ああ、とか、嫌だ、とか言っていたな。

 で、僕はただ新聞紙を丸めて、セロファンで固定していただけだから、何にも出てこないわけだ。それに気づくと、ばあちゃんはその場にへたり込んでしまった。僕は寝起きのもつれた足取りで近寄って、恐々と、ばあちゃん大丈夫って訊いたんだ。暑さのせいではない冷え切った汗が背中を流れたよ。

 ばあちゃんはこう呟いた。「飴玉なんか詰めてないだろうね」って。精一杯優しい声をだしているのが伝わってきた。ばあちゃんは僕を叱るときに、必ず優しい声で問いただす癖があるから、僕は怖くなってしまって、ただ首をぶんぶん振って泣いてしまった。

 自分のしゃくりあげる声の向こうで、ばあちゃんがふれふれ坊主をちぎってほどいて、捨てる音だけが聞こえていた。その音にかぶさるように、雨が降り出したんだ。

 その雨は一日中しとしとと降り続けて、パートから帰った母さんが、急な雨にあたって文句を言いながらも、お花も喜んでいるからいっか、なんて笑顔を作ってみせても、僕は嬉しくなかった。

 家の中にいても、居心地の悪くなる雨だった。ばあちゃんはふれふれ坊主をゴミ箱に捨ててから、僕のために布団をしいてくれて、寝かしつけてくれようとしたけれど、眠れなかった。どうしても普段は物静かなばあちゃんの豹変ぶりが恐ろしくて、緊張しっぱなしだったからね。毛布も汗でじっとりとして、重たくて、肌にふれているところがぴりぴりと感じた。

 それだけの思い出なんだ。べつに何かがあったわけでもなく、この思い出が雨の日をより憂鬱な気分にさせるんだ。だから、ききたいことがあって、こうして文字にしてみた。

 誰か、ふれふれ坊主が恐ろしい理由を教えてくれませんか。












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