44話 ロドニの行方
嗚呼、あれからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
ロドニは長い間ずっと思い返していた。といっても最初はそうではなかった。
何者かにやられ混乱し、状況を確認しても意識があるだけで動けず、それどころか感覚すら感じることができなかった。
それがしばらく続き今に至っているのだ。
だが、そのループにようやく終わりが来た。
ピシッ!
(え?なに?)
しばらく身動きや感覚を失っていた私は思わずビクッとしてしまった。
その衝撃のせいか更にひび割れたような音が増し、パリンッと音を立てて砕け散った。
(あれ……?ってうわっ!)
そして私は状況が飲み込めずに倒れ込み、久々の灯火に目を擦る。
「目が……目が……ボヤける……」
私は手探りで辺りをペタペタする。
触ってみると湿った土の感触がして、少し手前にはザラザラした何かが――。
シャー!シュウ……。
前世で聞いたことがある気がする威嚇のような鳴き声が聞こえ、辺りからは何かが溶け出す音が聞こえた。
私は目を擦りながら少しずつ見え始めた景色に驚愕する。
見渡す限りの木々やそれに絡み付く蔦、じわじわとする熱帯のような湿った暑さ、身の回りの溶けた土――、
(ちょっと待った!何で溶けてるの!?しかも新しいんですけど!?もしかしてこの近くに根源が……)
そう思い、即座にその場から離れようと立ち上がるがここである違和感に見舞われる。
(あれ……?力が入らない……?ってまさか!?)
私は内心そんな馬鹿なと言いたくなるような最悪の状態が脳裏に過り、実験をするが――見事にその最悪は的中してしまった。
「魔法が……使えない……?」
私は心中が複雑な気分に見舞われ、頭の中では「どうしよう……」の永久ループを繰り返し、何とかして平常心に変えようとしたが、そんな有余などこの場にはなかった。
ガサッ!
「うわっ!」
ずっと蔦だと思っていたのが急に動きだして驚きの声をあげる。
よく見るとそれは鱗のような模様をしている。
そして背後から気配を感じて振り向くと、蔦だと思ってた正体が明らかとなった。
「へ……へびぃぃぃぃぃぃ!!」
そう、蔦だと思っていたのは蛇――というよりは体長が十メートルは有りそうな大蛇の尻尾の先であった。
大蛇は此方に不用意に近づこうとはせず、威嚇を繰り返す。
威嚇の声を上げる度に口元からは液体が飛び散り地面に付着すると蒸発した。
どうやら相当協力な酸のようだ。当たったら間違いなく致命傷になるだろう。
だが、私にとってはそんなことはどうでもいいのだ。目の前に蛇がいるという事実が今の私にとって最大の問題なのである。
何故なら私は――〝蛇という存在が苦手〟なのだ。
実は過去に無邪気に公園で遊んでいたときに棒切れだと思って掴んだものが蛇で、私を見るに勢いよく絡み付いてきて、その時の妙にヒヤッとしてざらっとした感覚は今も尚覚えており、トラウマにまでなっていた。
「いやあああああっ!っいてっ!」
私は一目散にここから逃げようとしたが、思うように力が出せずに転けてしまった。
「やっぱり魔力を感じない……どうして……!?ひぃっ!」
何故?と動揺してる間に蛇は直ぐ側まで来てることに気づくと驚いて腰を抜かしてしまった。
(もう、終わりだ……ごめんみんな……こんなところで、こんな惨めな死に方なんて……私は……)
私は恐怖で目を瞑りなが自分の最期を悟ったが、
シュパッ!ドサッ!
なにか切られて落ちたような音が静かに響いた――が、
(あれ?死んでない?ああ、これはあれだ、走馬灯ってヤツかな?死の直前がやたら長く感じる例の……『バシッ!』って痛い!)
「何すんじゃコラァ!」
「こひゅ!?」
「はあはあ……ってあれ?死んでない……?ってぎゃああああああ!」
私は急な痛みに思わず反射的に後方に裏拳を噛ましてしまい、ゆっくり目を開くと目の前には切断蛇の頭部が転がっていた。
そして驚きをのあまり後ろに後退りとなにか柔らかい感触のあるものに触れた。
「うっ、痛い……痛いのでありますよ……」
気づけば狩人のような格好の少女が目を回しながら倒れていた。
年はおそらく8歳くらい、髪は朱色のサイドテールで藍色の瞳に妙に目立つ犬歯でいかにも幼げなイメージをか持ち出している。そして掌には槍が握られてるところを見るにどうやら槍使いのようだ。
「あ、えーと、大丈夫かな?」
「酷いでありますよ、行きなり裏拳なんて……」
「あーごめんごめん。あと助けてくれてありがとうね?」
取り敢えず体育座りしながら顔を伏している少女の傍らを擦りながら慰める。
というか一方的にこっちが悪いのである程度のとばっちりは覚悟していたが、物理より精神的ダメージが強すぎたようだ。
「どういたしましてなのであります。何故疑問系なのかは聞かないのであります……」
「あーごめんごめん。何故か弄り甲斐がありそうだなって思ってないから安心して」
「今本音が聞こえたようのな気がするのであります!気のせいでありますのね!?ね!?」
私はいつもの感覚で思ったことをつい口走ってしまった。何故か何処と無く誰かさんみたいな弄られキャラオーラを感じてしまったようだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。もっと優先すべき事が有るのだから。
「所でここはどこかな?えっと……」
「私の悲痛の叫びをスルーなのですか!まあ、いいのです……。ここは南東に位置する村人から恐れられる《魔の樹海》でありますよ。――てか、よくこんな森に一人でいたで有りますな?あ、因みに私の名は『アルマ・ムーンライト』であります!《サウセウス帝国》の最強の槍使いであります!」
アルマはさっきまで憂鬱状態だったのにも関わらず急に元気に語り出す辺りからして単純だなと悟った。
だが、そんな事という訳ではないが、私はアルマの最後の言葉に息を飲んだ。
(サウセウス帝国って……まさか!)
その国は私の国であるクラントブール王国と戦争するはずの国だったのだ。