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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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いや、美少女はもうお腹いっぱいだからっ

作者: 彩暉ヒイロ

 早朝のありふれた通学風景。

 俺は幼馴染の佐々木天音(ささきあまね)と肩を並べて歩いていた。


「ねえねえ、たっくん、昨日のドラマ面白かったよね」


 天音が他愛ない投げかけをした途端、俺の視界に入る全てのものは静止した。

 そして唐突に出現したのは巨大透過スクリーンのような物体。眼前に立ちはだかるそれにはこう書かれていた。



 一、ああ、面白かった。


 二、ごめん観てないんだ。


 三、(今日はどんなパンツ穿いてるんだろう?)俺は気になって天音のスカートをめくる。だが見てたらムラムラしてきたので、鼻を近づけクンクンした。



 あーあ、「三」は相変わらずイかれてやがる。もちろん冷静な俺は、判断の迷いなど微塵もなく、「三」に手を触れた。

 すると、なにかに操られているかのように、身体が目的に向かって動き始めた。

 選択肢に書かれた変態行為を、意志に反して成し遂げると、


「なっ……、なにしてんのよ!」


 激昂した天音は俺に膝蹴りを繰り出した。

 膝立ちの状態だった俺は、側頭部を見事に直撃。ピンク色のパンツの記憶を最後に、ノックアウトした。


******

 

 いつからだろうか。恋愛学園もののギャルゲー主人公になったのは。

 本来、俺にはこんなにかわいい幼馴染などいない。

 きっかけなんてなかった。

 ベットの上で寝ていたら知らない美少女に起こされるわ、なぜか両親は海外出張に行ってるわ、そもそもこの家どこだよ、など息つく暇もない。

 これだけだったらドッキリか何かかな、と希望もあったのに、出現した選択肢が全ての芽を潰した。このとき、ここが異世界だと確信する。

 当初は心躍っていた。元の世界でモテない俺は、このままでもいいかなとか考えていたのだが……。同じ一日をループしていることに気が付くと、一気に酔いも冷めた。


 何度も同じ光景を見させられるなんて冗談じゃない。

 俺は脱出するためあらゆる策を講じたが、一向に出口は見えない。だが、変化がないわけではない。

 選択肢は基本的に二つなのだが、ある条件を満たすと三つ目が現れる。それを選ぶと、次のループ時に新しいイベントが発生するか、どこかの選択肢の三つ目が出現。厄介なのは、三つ目の選択肢が自重してないことなのだが。


******


 俺は、天音の強烈な一撃を受けてしばらくの間伸びていたらしい。道路の真ん中で目を覚ますと、もう遅刻確定の時間になっていた。

 気力の削がれた俺は、家に引き返して学校をサボることにした。

 何もせず、ただぼーっとベッドの上で過ごしていると、時間は深夜零時を回る。それと同時に、視界が真っ暗闇になり、気絶したかのように無が訪れた。

 これが八十回目くらいだろうか。


「ねえ、たっくん、起きて」

 

 そしていい加減見飽きた幼馴染の顔から一日は始まる。

 少し前のループ時に、いちいち起こしにくんなよ、と怒鳴ってしまったことがあった。それのせいでその日に起こる全イベントフラグが折れてしまう悲劇。突拍子のないことはしないことだと痛感した。


 学校に登校してくると、もう何度目かわからないHRが始まった。

 耳にたこができるほど聞いた授業を寝ながら過ごし、今は三時限目の休み時間。

 移動教室のため廊下を歩いていると、突如、何者かに手を引っ張られる。そのまま脇にあった空き教室に引きずりこまれた。

 教室内はカーテンで閉め切られて、日中にも関わらず薄暗い。真正面に目を向けると、こちらを見つめる猛禽類を連想させる眼光に思わずビクッとなった。


「ねえ卓也、さっき女とイチャついてなかった? 言ってくれたよね、私を愛してるって」


 ちなみに俺の名前は柊卓也ひいらぎたくやと言う。元の世界と共通の名だ。ってそんな状況ではないが。

 これは初めて体験するイベントだ。このヤンデレ子ちゃんも初対面。

 というか、イチャついてたって、候補がありすぎてどの子のことを指しているのか。

 そして毎度恒例の選択肢タイム。この間は時が止まったかのように、全活動が停止。彼女も石像のように身動き一つしない。



 一、いつも言ってるだろう? お前が一番だって。


 二、ゴメン、もう君以外とは極力話さないから。



 まあどっちを選んだところで、影響はないんだが。

 俺は「二」を選択した。「一」は微妙に地雷に思えなくもない。


「極力? 絶対話さないって誓って!」

「わっわかったから、誓うって」

「そう? じゃあ指切りげんまんね」


 俺たちは小指同士を絡ませ、違背した際に針千本飲むことを罰則として定めた。彼女ならやりかねないな。てかっ死んだらどうなんの? セオリー通り本当の意味での死なのだろうか?

 


 物騒なイベントの後は特に何の変化も起きず、その日は終了。

 以降のループも、初見のイベントや、三つ目の選択肢を出現させるも、クリアの糸口や脱出への情報は得られず。

 このままでは元の世界に帰る前に俺の精神が崩壊してしまう。変化が起こらない日が連続すると、相当しんどい。

 たまに調査と気分転換を兼ねて学園外へ出るのだが、街並みは日本を模倣したかのような精巧さ。行き交う無数の人々にも、何ら不自然さは感じない。

 ちなみに所持金は無い。

 一度、盗んだチャリを使って元の世界における自宅まで行ってみたが、そこはただの売地に成り果てていた。



 そんなこんなでズルズルとループが永続し、百は越えたと確信した頃。

 学園での一日の授業を終えて教室を出ようとする際、後ろから声がかかる。


「たっくん今帰るとこ? 一緒に帰ろ」

「ああ」


 幼馴染の天音だ。このイベントは何度か目にしたことがある。

 帰路につき、舗装された住宅街を歩くこと二十分。すっかり俺の居住地になった二階建て一軒家に到着。

 そんじゃなと手を振って玄関に向かうと、俺の後ろを天音がトコトコ付いてきた。


「あのさ、今日家に上がっちゃだめ?」


 あれ、このシチュエーションは初めてだな。程なくして選択肢が現れ、肯定を示す発言内容の方を選択。

 二人してリビングに上がる。天音がお手製の料理を作ってくれることになった。

 テレビを見ながら和気藹々と食事している最中、天音は会話をピタッと止め、無言で俯いた。


「実は大事な話があるの」


 天音は真剣な眼差しを向け、話を切り出す。


「どうした?」

「ここじゃなくて、たっくんの部屋で話したい」


 食事を終えてリビングから階段を上って俺の部屋に移動。勉強机の椅子に俺は座り、その対角にあるベッドの上に天音は腰を下ろした。

 静寂が満ちる中、天音はゆっくりと立ち上がって、俺の正面までやってくる。俺の手を取って、立ってと小声で言う。


「あ、あのね」

「うん」

「前から言おう言おうと思ってたんだけど……」


 ここで一拍置くと、上目遣いなった天音と目が合う。あれっ、この展開はまさか。


「たっくん鈍感だから全然気づかないんだもん。もうこっちから告るしかないじゃん」

「えっ?」

「たっくんのことがずっと昔から誰よりも好き。今もこの気持ちは変わらない」


 疑似恋愛? でなければこんなに嬉しいことはないシーン。

 選択肢が出現し、決断を迫られる。



 一、無言で抱きしめて、俺もだと呟く。


 二、ごめん好きな人がいるんだ。


 三、突然ベッドに押し倒し、服を無理やり剥ぐと、全ての欲望をぶつけた。


 

 あれ、初回の選択肢なのに「三」がある。今までの法則に則ってない。やはりクリアに近づいているのか。

 ——————って、ちょっと待て。「三」は越えちゃいけない一線越えてないか? 罪悪感どころじゃなくて犯罪そのものだから。でも「三」を選択すれば高確率で事態は好転する。くそっどうする。

 透過スクリーンに表示された選択肢と睨めっこしながら熟考する。

 そして俺は決意を固めた。強硬派と穏健派、勝ったのは前者だった。

 誰かに乗っ取られたみたいに記述通りに行動の手順を踏み始める。

 押さえつけた天音の着ている制服のブラウスに手をかけた。ボタンが取れることなど気にせずひん剥き、下着が露わになった。

 俺の手は、抵抗しようと暴れている天音を尻目に、下着に触れる。

 と、そのとき、強烈な頭痛に襲われた。目の前にいる天音がぐにゃっと歪む。

 全身が脱力した俺は、ベッドから床に転がり落ちていく。

 瞼がゆっくり閉じていく中、視線の先に垣間見た時計はまだ六時だった。



 意識が戻ると、身体全体を包む柔らかい肌触りが伝わる。

 目を開くと、真っ白い地面に自分がうつぶせでいることに気が付いた。地面というより、ふわっとした雲の上にいるようだ。

 上体を起こして周りを観察する。視界三百六十度の地を、綿のような雲が覆っていた。

 俺はある視点で目が留まる。遠くの方に輝く光球を目で捉えたからだ。

 その地点を目標に、俺は歩き出した。

 羽毛のような感触を足裏で確かめつつ先に進むと、光球は二つあることを再認識する。

 そして光球の全容が明らかになった瞬間、俺は無意識に走り出していた。


「出口だ!」


 やっと帰れる! 思わず笑顔が込み上げてくる。

 すぐにそばに駆け寄って矩形に縁どられた光をくぐろうとしたところを、透過スクリーンに手前を遮られた。 



 一、このまま出口に向かって突き進む。


 二、リセットしてもう一度ループする。



 即決で「一」を選択しようと、手を伸ばした。


「待って」


 誰かから呼び声がかかり、触れる擦れ擦れで踏みとどまる。


「ここに正解はないわ」


 声をした方に振り向くと、人型の発光体が佇んでいた。

 

「君は誰?」

「私はこのゲームの管理者。訳あってあなたをここに隔離したの」

「なんでそんなこと」

「あなたの命を狙う刺客からあなたを雲隠れさせるためよ」


 えー、至って平凡な俺がどうして。人違いじゃないのか? 疑いの視線を向けていると、胸中を汲み取るように答えた。


「信じられないかもしれないけど、あなたの子孫が国家の存亡に関わる重要人物なの」


 はあ? どこのター〇ネーターだよ。


「巻き込んでしまってごめんなさい。すぐに解放してあげるつもりだったのだけど、私まで刺客の標的にされてしまって、下手に干渉できないの。だから自力でこのゲームをクリアしてもらうしかないわ」

「でもどうやってクリアすればいいの?」

「もう一度ループしたら、三時限目の休み時間に出会う朝霧夜実子あさぎりやみことのイベントで、三つ目の選択肢が出現するわ」


 朝霧夜実子? ああ、あのヤンデレ子ちゃんか。

 俺は言われた通りに「二」を選択すると、意識が暗転した。



 そしていつもの日常をこなす。三時限目の休み時間の折、夜実子に空き教室に引っ張られた。

 詰め寄られた末、選択を強いられる。



 一、いつも言っているだろう? お前が一番だって。


 二、ゴメン、もう君以外とは極力話さないから。


 三、えっ⁉ そっそんな、あの子とはなんにもないよっ(汗)



 ホントに大丈夫だよな……。ゲーム管理者を百パーセント信じている訳ではないので、一抹の不安はあるが。

 「三」を選んで、発言内容が実行された。

 夜実子は勢いよく俺に掴みかかり、俺を背中から壁に叩きつける。どこから取り出したのか、銀色に光る鋭利な物を、顔の真横に突き刺した。


「ひいっ」


 怖い怖い怖い、死んじゃうってマジで! ちょっとちびった。


「約束破ったらお仕置きしなきゃね」


 夜実子は左手で俺の頬を撫でた。その目に光沢はない。

 刺さったナイフを抜き、再び構えだす。

 今度こそ死を覚悟した。だが死より先に待っていたのは頭痛だった。天音を押し倒したとき感じたものと同一のものである。頭部を抱えながら床に突っ伏して、徐々に力が抜けていった。



 また雲の上で目を覚ました。

 光球を頼りに真っ直ぐ歩くと、光る出口へとたどり着く。


「お疲れ様。今度こそクリアよ」


 ゲームの管理者であろう声の主へ顔を向ける。しかしその姿は人型の発光体ではなかった。


「夜実子⁉」

「ちょっと違うわ。夜実子は私をモデルに作られたの。今干渉できているのもそのおかげ」


 夜実子と瓜二つの彼女はウインクした。


「さあ、最後の選択肢よ。くれぐれも慎重にね」


 透過スクリーンにはこう書かれていた。



 一、このまま出口に向かって突き進む。


 二、リセットしてもう一度ループする。


 三、彼女を殺す。



 彼女は懐からナイフを掴み出し、それを俺に渡した。


「こんなこと、できるわけないよ」

「安心して。本物の私は死なないから」


 そういう問題じゃないって。仮にも人を殺すんだぞ。


「殺さずに済む方法はない?」

「ないわ」


 あーっもうどうにでもなれ。


「くそったれがー!」


 大声を出して自分を鼓舞し、「三」に手を触れた。

 操られる俺は、彼女の心臓部へナイフを勢いよくめり込ませる。

 彼女はかすれ声でありがとうと囁くと、吐血とともに倒れた。


 ううっやっちまったよ。チキショー!

 後悔の念が押し寄せる最中、目の前にある光る出口が大きく膨れ上がる。

 空間全体を一気に飲み込み、俺は光に溶け込んだ。




「ほら卓也、起きなさい! 遅刻するよ」


 目覚めてかーちゃんの顔を見るや否や、俺は泣き出してしまった。シワの多い熟年の顔をしたかーちゃんをここまで愛おしく感じたのは初めてかもしれない。

 朝食を食べ終え、一人学校へと向かい、退屈な授業を受けて、同性の友人とだべり、帰宅する。

 こんな何気ない日常がこんなにも楽しいことに俺は気付かされた。

 あんな思いをもう一度してみたいかって?

 いや、美少女はもうお腹いっぱいだからっ。


 





 




 


 



 


 



 

 


 

 


 



 

 




 

 


 




 


 

 

 

 

 



 






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― 新着の感想 ―
[良い点] ループものの閉塞感も上手く表現されていて物語に入り込めました。先の展開にも意外性があり新しかったと思います。 [一言] これからも執筆活動頑張ってください。
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