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第7話 俺は俺として

「ち、マジかそりゃあ!」


『残念ながら大マジよ。今、そっちに向かってる!』


「こっちに? ……狙いは俺か」


『いえ、恐らく違うわ。奴は――』


 肝心なところで聞きそびれてしまうのは、お約束らしい。

 まあ、俺じゃないというなら、察しはすぐに付くがな。


 そして、ガラスが砕ける音に続き、得体の知れない巨漢に対する悲鳴が耳をつんざく。


「きゃああああッ!」


「な、なんだあいつ!?」


 闘牛が人間に中途半端に化けたようなその姿の異様さは、飲食店にいる客の視線を強く引き付けた。


 そして、バッファルダの丸太のような腕が血管を噴き上げ、テーブルの一つを殴り飛ばした。

 それは手裏剣のように俺達に向かって飛び出してくる。


 一瞬の内に目の前から迫る木製の刃に、全身が総毛立つ。


「くそッ!」


「わあ!」


「ひゃあッ!」


 舞帆と平中を抱えるようにして伏せる。


 俺達をすり抜けて壁に激突したテーブルは派手に砕け散り、パラパラと木片が背中に降り掛かってくる。


『大丈夫? 大路郎』


「大丈夫に聞こえんのかよ。とにかく、変――」


 そこで、俺は左右に目を向ける。


 舞帆も、平中も、正体不明の脅威に身を震わせ、体全体で助けを求めている。


 彼女達を置いてここから離れても、セイントカイダーに変身して駆け付ければ、助けることはできる。


 だが、俺がここにいない間に二人に何も起こらないとは限らない。

 達城が言ったように、狙いが俺じゃないとしたら、誰かが必ず傷付いてる。


『大路郎、あなたは知ってるはずよ。セイントカイダーは宋響学園の専属ヒーロー。その外部でのトラブルは管轄外なのよ』


「そんなことはライセンスを取る前に耳にタコができるまで聞かされた」


 俺は、宋響学園専属のヒーローであって、この店は管轄ではない。

 つまり本来は、ここで何があっても知ったことじゃない。だけど、だからこそ俺は――


「この際、正体がバレたっていい。セイサイラーをここに呼べ、達城」


『……』


 悪霊にでも取り付かれたかのようにどす黒い俺の声に、達城は無言で応える。

 レバーをガタンと下ろす音が電話越しに聞こえてくる。


 次の瞬間、悍ましい悲鳴を上げたバッファルダが宙を舞い、もんどりうって倒れた。


 地中から床を突き破って店内に入ったセイサイラーの車体が、先端部分でアッパーカットをお見舞いしたのだ。


「なに!? 今度はなんなの!」


 平中はすっかり涙声になってしまっている。

 無理もない。何せ、彼女はあいつを初めて見るのだから。


 既に面識のある舞帆はまだ冷静だが、やはり震えが止まる様子はない。

 どうやら、一番知られたくない人物に知られることになるようだ。


「……舞帆」


「な、なに?」


 どうせバレるんなら、ヒーローらしくカッコつけちまおう。

 俺は怯えるように身をすぼめる彼女の肩をそっと抱き寄せて、その耳元に優しく、強く囁く。


「お前にも、平中にも、俺が力になるから。だから、お前はそのままでいてくれ」


 その言葉に、可愛らしく頬を染める舞帆。

 いつまでも見ていたい姿だか、今は余韻に浸る暇すらない。


 俺は身を起こしてセイサイラーに飛び乗り、彼女が見ている前であの赤いボタンを強く押し込んだ。


「……セイントッ! カイダアァアッ!」


 鋼鉄の鎧が全身を締め付けて、体中の神経が悲鳴を上げる。


 意識さえ僅かに薄れるほどの痛みの中で、何度これを味わえばいいのかと、俺は心の奥でひっそりと嘆いた。


「……うそ」


 自身の身長を凌ぐ大剣を振り上げ、異形の猛牛と相対する俺の姿に、舞帆は我が目を疑っている。


 俺が評するには勿体ないくらいに美しく整った顔も、恐怖と驚愕で痛々しく引き攣っている。

 それは、やっと状況を飲み込めてきた平中も同じだった。


「――俺が、セイントカイダーだと」


 機械仕掛けの仮面越しに開いた俺の口から発する言葉に、舞帆はビクリと肩をすぼめた。


「知ったら、お前は軽蔑するだろう。幻滅するだろう」


 俺の言葉に、彼女は答えない。いや、俺には答えを聞くつもりはなかった。

 ただ、正体を明かした以上、伝えたいことがあるってだけの話だ。


「それでもいい。それでもいいから、今は……ヒーローなんて抜きにして、ただの同級生を見守っていてくれ」


 ここは学園じゃない。このヒーローが、セイントカイダーが関与すべき戦いじゃない。


 だから、ここに立ってるのは、彼女達を守ろうってバカは、ヒーローなんかじゃない。


 船越大路郎っつー、ただのガキだ。


 だから、敢えてヒーローとしての名乗りは上げない。

 俺は、俺として――戦う。


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