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第4話 初代と三代目

「ア、アイドル!?」


 ――お、驚いた。関係者どころか、秘蔵っ子の所属アイドルだったのか! 言われてみれば、ポスターと同じ顔だ!


 ……しかし、だからといって事態が好転したわけじゃない。結局のところ、俺自身が「初代セイントカイダー」のことをわかっていないのだから。


「ええと、それでウチに何のご用なんでしょう?」


「あ、いや、その……初代セイントカイダーが……ええと……」


 ああ、もう逃げ出したい。自分の浅はかさが嫌になる。


 一旦、城巌大学まで引き返して舞帆先輩に聞きに行こう。このままじゃ痛い人だと思われる!


 そう懸念して立ち去ることを考えはじめていた俺だったが……返ってきた言葉は意外なものだった。


「セイントカイダー……? あ、もしかして船越さんのことですか!?」


「――えっ!?」


「ちょうどよかったです! 私も早くお仕事済ませて会いに行きたかったんですよぉ〜! ささ、一緒に行きましょっ!」


「え、えええ!? ちょ、ちょっと!?」


 ――いろいろ予想外過ぎるぞ。「セイントカイダー」だけで話が通じるなんて!


 俺は理解が追い付かないまま、アイドルに手を引っ張られて事務所の中へと突き進んでいった。


「おいバイト二人ィ! こっちの書類頼むわぁ!」


「プロデューサーの方ォ! 路子ちゃんの仕事リストちゃんとまとめとけやぁ!」


「事務員の方、お茶持って来んかぁい!」


 やがて連れ込まれた、事務所の仕事場。そこは書類と思しきプリントやらファイルやらがあちこちに散乱した、騒々しい企業戦士のたまり場となっていた。


 そのど真ん中を、お茶のポットやファイルの山を抱えて駆けずり回る二人の若い男性がいた。

 やり取りを聞く限り、彼らはアルバイトらしいが……。


「全く、いつも忙しいんだから……。みんな、ただいまーっ!」


「おっ! 路子ちゃんお帰りぃ! ……って、んなぁあぁあ!?」


 仕事に耽っていた社員の一人が、所属アイドルの存在に気づき――俺の存在に驚愕の声を上げた。


 その叫びに、他の社員や二人のバイトも作業の手を止めて、俺達二人に注目してしまった。


「ちょっとちょっとちょっとォ! なんだよそこにいる奴ゥ!?」


「困るよ路子ちゃあん! せっかく売れてきたってのにスキャンダルなんてぇっ!」


 仕事がストップしたかと思えば、今度は猛烈な勢いで詰め寄ってきた!

 どうやら、俺達のことで何か誤解が生じているらしい。


「ちょっと、待ってください! この人は船越さんに用事があるみたいで……!」


 目くじらを立てている社員達にたじろぐ俺を庇うように、アイドルの人が前に立つ。


 彼女の説得には絶対的な効果があるらしく、社員達は一発で静かになってしまった。


「俺に? じゃあ君が……」


 ――すると、今度は静寂を破るように一人の男性が顔を出してきた。

 「プロデューサーの方」と呼ばれていた、バイトの人だ。


 百六十センチくらいの、やや低い身長。

 真っ黒な髪に、凛々しい印象を与える目付き。黒いスーツをピシッと着こなしてはいるが、俺とさして歳は離れていないように見える。


 まさか、この人が……?


 この後、社員達をまとめている酷居(むごい)社長が作業の再開を指示し、俺とアイドルの人はバイトの二人と一緒に応接室に案内された。


 やや狭い部屋の中に置かれた二つのソファに、俺達四人はゆっくり腰掛ける。


「……で、なんで横山までちゃっかりとこっちに来てんだよ」


 開口一番、船越という人物は隣に座る長身の悪友らしき男性をジッと睨み、苦言を呈する。


「そりゃあお前、関係者の関係者だからだろ」


「仕事サボりたいだけだろうが」


「ひっでぇ! なんだよ冷てぇなぁ! いいじゃねぇかよ! お前はいつも仕事だからって路子ちゅわんとお喋りしてんだからよ! 俺なんかしょっちゅうオッサンのお茶くみ係だぞ!?」


 俺とアイドルの人が並んで座っているソファの向かいで、バイト二人がなにやら言い合っている。

 いつもこんな調子なのか?


「ここの事務所って、なんだかんだでいつも大忙しだし人手も少ないんですよ。だから、二人には私が売れる前からバイトとしてここで働いて貰ってるんです」


「そうなんですか……。バイトさん達のおかげで、ここまで来れたというわけなのですね」


「そぉそぉっ! この横山君が、巷で噂の売れっ子アイドル『平越路子』を育て上げたのさっ!」


「お前の仕事は事務員だろうが……。プロデューサーのバイトやってんのは俺だっての」


「なんだよなんだよー! お前ばっかりいつもずるいぞ! 大学じゃあ、ミスキャンパス候補最有力の桜田舞帆と、剣淵美姫を侍らせてるらしいじゃねーか! その上、宋響にも可愛い後輩とかいるって聞いたぞ! しかもあの『文倉ひかり』とも仲いいんだろ!? そこまで好き放題ヤっといて、皆のアイドル路子ちゅわんにまで手を出そうってのはどういう了見だコノヤロー!」


 横山という「事務員の方」のバイトさんは、船越という人にやたらと噛み付いている。

 よほど彼の環境が羨ましいようだ。


 隣に視線を移してみれば、アイドルの人が職業柄に合わないような渋い表情になっている。

 まるで、女の子に囲まれている彼氏にヤキモチを焼いているような顔だ。


「全く……。大学にいると『城巌のマドンナを篭絡しやがった』とか言う奴らに追い回されるから、ここに来るしかないってのに。平中――じゃない、路子のことまで誤解を広げないでくんないかな」


「誤解なんかじゃないですよぉっ! 『平越路子』っていう名前だって、私と船越さんの名前を掛け合わせて出来ちゃったんですからぁっ!」


「や、やっぱり! ちくしょーッ! くたばれ船越、このリア充がァァァァッ!」


 横山という人は涙目になりながら、凄まじい形相で船越さんを締め上げている。ぼんやりとだが、彼らの関係図が見えてきたような気がしてきた……。


「高校を卒業してモデルになるはずが、美貌を見込まれアイドルデビュー……か。俺の知り合いって出世してる連中ばっかりだけど、お前も大概だよなぁ」


「えっへへー……。船越さんに元気をいっぱい貰っちゃってますからねっ!」


「それに引き換え――俺は大学に補欠合格な上に、舞帆と美姫のことでキャンパス中から目の敵。果てはプロデューサーのバイトで日夜残業……か。なんともやるせないねぇ」


 自嘲気味に笑って見せる船越さんだったが、その顔は言葉とは裏腹に、満足げな様子が感じられた。

 不満はあれど、今の自分に納得もしている……と言ったところだろうか。


「さて。世間話はこれくらいにして、二人はそろそろ仕事場に戻ってくれ。俺は彼と話があるから」


 俺がどことなくそわそわしていたのを知ってか知らずか、船越さんはアイドルの人と横山さんに席を外してもらうよう促した。


「えぇーっ!? なんだよ話ってー!?」


「……わかりました。じゃ、また後でお喋りしましょうねっ?」


「おぅ。俺も話が済んだら、すぐ戻るから」


 不満げにブツブツと文句を呟いている横山さんを引っ張り、アイドルさんは俺達に笑顔で一礼してから応接室を出て行った。


 あの人がここまで物分かりがいいのは、「セイントカイダー」について何かと知っているからなのだろう。


 ――そう、彼女は「セイントカイダー」という単語だけで、船越さんに用があるのだと気づいていたのだから。

 そんな言葉を出してきた俺のことも、薄々察していたに違いない。


 二人が応接室から去っていくと、あっという間に部屋の中は物音一つ失くなってしまう。


 無言のまま、ソファから立ち上がって窓際に向かう船越さんを目で追うと、俺達の姿がガラスに映し出されているのがわかる。


 学園を出る時に着てきた、赤と黒を基調にしたライダースジャケット。

 ツーブロックに切り揃えた黒髪に、至って普通の顔立ち(なぜか周りは『イケメン』と言うが)。町並みが窺える透明の鏡には、いつもの俺の姿が現れていた。


「達城から話は聞いてるぜ。君が現セイントカイダー……栂勇亮君なんだな」


 船越さんが振り返り様に発した第一声。それは、彼がセイントカイダーに深く関わった人物であることを確信する、決定打となった。


「そうおっしゃるあなたは……あの桜田舞帆先輩より先に、セイントカイダーに変身されていたという方なのですか?」


「一応……な。去年に宋響学園を卒業した、船越大路郎だ。よろしくな」


 船越大路郎――それが、初代セイントカイダーの名前なのか。

 校長先生や舞帆先輩が厚い信頼を寄せる、宋響学園の元祖ヒーロー……。


「大路郎先輩――ですか」


「セイントカイダーをやってる奴にそう呼ばれるのは、なかなか新鮮な気分だぜ。ハハッ!」


 こう言っては難だが……朗らかに笑う彼の姿からは、学園のヒーローとしての風格はあまり感じられない。


 セイントカイダーに変身するような、エリートに分類される人間というよりは――「田舎のあんちゃん」のような印象を受ける。


「俺が変身してた頃は、たったのFランクだったんだよなぁ。それが今や、栂君と舞帆のおかげでAランクヒーローとは……先輩として鼻が高いねぇ」


「Fランク――そういえば、確かに最初の頃はメディアにほとんど露出のない、地味なヒーローでしたよね。入学案内のパンフレットくらいでしか見たことがありませんでしたよ」


「たはは、酷い言われようだなぁ。ま、実際その通りなんだからいいけどね。なんにせよ、ヒーローとしてセイントカイダーが活躍できてるのは、君の実力さ。俺が教えるようなことなんてあんのかねぇ」


 お手上げ、といわんばかりに苦笑いで両手をひらひらさせる大路郎先輩に、俺は難しい顔になる。


 本人はああ言ってるが、ここで何も聞けないままだと手ぶらで帰ることになるぞ。それだと、せっかく俺に時間をくれた生徒会のみんなに申し訳ない。


 どうしたものかと俺が考えあぐねていた――その時だった。


「でも、これは――言っときたいかな」


 ――大路郎先輩が、口を開いた。


 その瞬間――この部屋の空気がガラリと変わったような気配を感じ、自然にハッと顔が上がる。


 今までと同じ話し方でありながら、雰囲気がまるで違う。

 なんと形容すればいいか――単にヒーローらしいというより、命懸けの修羅場をくぐり抜けてきた戦士のような、重苦しい印象を受けた。


 ――この人は、一体……!?


「栂君。君は、仲間に助けてもらったことはあるか?」


「……いえ、今のところは」


「なるほどな。全部達城の言う通りってわけか。しんどいことしてるなぁ、君」


「大丈夫です、問題ありません。それに、仮に苦しい現場であったとしても、俺は周りに責任を負わせるようなことはしません」


 こんな有無を言わせぬ気迫をちらつかせている人間が相手では、体のいい言葉で取り繕うことも出来ないだろう。


 俺は尻込みしそうになっていた自分の心に鞭打ち、敢えて俺自身が思うことをありのままに打ち明けた。


 ――そう、俺は宋響学園のヒーローだ。


 そんな存在であり続けるためには、誰よりも強くあるしかない。自分がそうであることを証明するためには、仲間に頼ってはいけないんだ!


 だって、そうだろう!? 周りに助けを求めるということは、自分の弱さを露呈することに繋がる。そんなものは、ヒーローと呼べるものじゃないだろう!


 なのに、みんなしてそれは間違いだと言う。自分一人で背負い込んではならないと。


 だったら、俺はどうしたらいい!? ここまで一人で戦い抜いて来て、今さら誰に助けを求めろって言うんだ!?


 その旨が、いつしか顔に出ていたのだろうか。大路郎先輩は何もかも悟ったかのように、済ました表情で俺をジッと見つめていた。


「……一人で戦えなきゃ、一人で全部こなせなきゃ、ヒーローじゃない。確かにそうかも知れないさ。けどな――」


 一度そこで言葉を切ると、彼は俺の隣に腰掛け、年の近い弟を見るような目で俺の顔を覗き込んできた。


「――君は、ロボットじゃねぇだろう」


 叱るのでも、諭すのでもなく、ただ自分が思うことを素直に言っただけのような声。俺にああしろ、こうしろと言いたげな雰囲気は、全く感じられなかった。


「え……」


「そんなことが本当にできるのなら、それは大したもんさ。だけど、悲しいことにそれが絶対にできないのが『人間』ってもんなんだよ。失敗はするし、怒られもするし、自分じゃどうにもならないことなんて腐るほどある。動力とボディがあればいくらでも働けるロボットみたいには、どんなに頑張っても届かないんだよな、これが」


「俺が……ロボット?」


「ちげーよ。君は紛れも無く人間だ。だからこそ、みんな心配してる。『いつかどこかで壁にぶつかって、壊れてしまう』ってね。それが、人間なんだからさ」


 苦笑混じりに話す彼は、どこか遠い所を見るような目をしていた。


「一人で戦おうって決めても、結局のところは仲間に頼るしかなくなる。ロボットじゃなきゃできないようなことを人間がやろうってんだから、最後は頼って当たり前なんだよ。『人間のヒーロー』である限り、な」


「で、でも俺は……」


「まぁ、急にこんなこと言われたって変われるわけないよな。――だったらさ、『自分がするべきこと』から『自分にできること』に絞ってみたらどうよ」


「自分に、できること?」


 どういう意味だ……? 訝しがる俺に対し、彼はニッと笑って俺の胸中に答えた。


「簡単さ。自分にできることは、なにがなんでもやり切る! でもって、後のことは仲間に全部任す! 『自分じゃできないこと』をやってもらうだけなんだから、大して気負いもしないだろ?」


 ――つまるところ、彼は仲間を頼ることへの「見方」を変えてみろ、と言いたいのだろうか?


 「一人で戦う」なんて、人間じゃできない。ロボットでない限りは。

 だけど、人間はロボットにはなれない。だから、代わりに人が集まってそれに匹敵する働きを行う。


 ――それが、今あるセイントカイダーの制度だと言うのか。弱みを見せてしまうのも、人間である以上はどうにもならない、と?


「俺も将来はヒーロー活動を再開する予定だが、その時は一人じゃない。一人で戦うってのが、どれだけしんどくて、苦しいことなのかが身に染みてるからな」


「それも、あなたが人間だから――ですか?」


「もちろんさ。当然、栂君もな」


 人間は、たった一人ではヒーローになれない。


 ――彼は、俺にそう伝えたかったのだろうか。


 俺の思考回路がその結論に到達しようとした瞬間、ポケットの携帯が着信を知らせる振動を起こした。世に言うバイブ機能だ。


 少し大路郎先輩に目配せしてから、俺は携帯を取り出して通話に出る。

 ――絵麗乃からだった。麻薬密売組織の件についての報告だろうか?


「もしもし? どうし――」


『勇亮君! 助けてぇっ!』


 ――!? な、なんだ……!?


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