妙な4人組
孫娘を亡くしたハリーという老人から、その子についての鳳町にある手がかりを探して欲しいと依頼された神父のロバートは、町外れを歩いている最中、奇妙な光景を目にした。
石着山にある森の方へ、三人の小学生ぐらいの少女が入っていくのが見える。
おかしいな。
確か町内で小学生の誘拐事件があって、子ども達は外出を控えるように言われているって聞いたぞ。
町役場で住民台帳を調べ、その帰途についていたロバートだったが、その場違いな行動をしている子ども達の姿を見た彼は、どうしようかと考えた。
保護者も一緒にいるのかな?いや、そんな姿は見えなかった。
放っておくわけにもいかないかな。
そう考えたこのおせっかいな神父は、とりあえず彼女達の後を追うことにした。
★
「ホント。ミキさん達と一緒にいると、全く退屈することがありませんね」
神酒と七海の緊張感の欠けた行動に、輝蘭はさっきから文句をぶつくさ言っていた。実は3人は揃って石着山を探索するにあたりいくつかの道具を持ち寄っていたのだが、その中になぜかお菓子とDSが含まれていたのである。それを持ってきていたのは神酒と七海で、あるいは命を懸けた冒険になるかもと思っていた輝蘭は、2人の緊張感の無さに顔をしかめていたのだった。
「まあまあそう怒らないで」
神酒が笑いながら輝蘭をなだめた。
「そうよ、キララ。あんまり悩むと早く年寄りになっちゃうよ」
七海も同調する。
「悩んでません!あんまり二人が能天気なんで怒ってるんです!だいたいお菓子ならまだしも、DSってなんですか?そんなの必要ないですからね」
「だって暇つぶしに使えるでしょ?」
「暇つぶしに行くんじゃありません!もう私なんかお守りまで準備してきたのに」
「お守り?まさか交通安全のお守りじゃないよね。」
「厄除けです!」
学校での七海のあの悲しみと比べると、今は随分違うと感じる人もいるだろう。だが、実際小学生の感情の移り変わりはこんな感じの部分が多い。それは、ネコのように気まぐれで一つの感情が長続きしないというのももちろんあるし、
周りの感情の影響を受けやすいというのもある。
だがもう一つ、七海の機嫌が良いのには大きな理由があった。
彼女は心強かったのだ。
四人の中でも特に仲の良い絵里子が消えたと聞いた時、七海の心細さは今までにないものだった。どうにかこの不安を取り除きたいけれど、それは自分ではどうにもできないことだと頭から信じていた。だからあの時、彼女は声を殺して泣き続けることしかできなかったのである。
ところが、いつも一緒にいる神酒と輝蘭は違っていた。二人は七海に約束したのだ。きっと絵里子を助け出すと。ユラユラと風に吹かれて、今にもどこかへ飛んでいってしまいそうだった七海の不安な心を、しっかりと繋ぎ止めてくれたのである。
七海は神酒と輝蘭のことがとても頼もしかったし、何よりもうれしかった。
そして、彼女達と一緒にいられる自分のことを、心の奥底でではあるが、とても幸せに感じていたのだ。
ありがとう、ミキ、キララ。あたし、あんた達と一緒にいられて本当に良かったよ。
この恩返し、絶対にするからね・・・。
★
「ねえ。後ろから誰か来るよ」
3人は道横の広場に自転車を停め、石着山の小さな森がある方向へ、丈の短い野草が生えた粗末な道を並んで歩いていたのだが、その途中で神酒が、後ろから急ぎ足で歩いてくる男性の姿を確認した。
こちらに向かって手を振っている。
「何?あの黒ずくめの変な人」
七海が二人にヒソヒソと話しかけた。
「やだ。外出禁止がばれた?」
神酒が小さく答えた。
「あら?私、あの人どこかで見たことがあるような気がするんですけど・・」
輝蘭の言葉を聞いて、神酒が思い出したように口をぱっと開いて、右手をその口にあてた。
「あっ、思い出した。あの人教会の神父さんだ」
「私も思い出しました。確か鳳教会の神父さんです。ロバートさんという名前だったと思います」
にこにこしながら三人に追いついたロバート神父に、神酒達は並んでお辞儀をした。
「こんにちは、神父様」
『様』が付いているところに、彼女らの猫かぶり的性格がうかがえる。
「やあ、こんにちは。いい天気だね。えーと・・」
「ミキです」
「ナミです」
「キララです」
「ハハハ・・。ミキさん、ナミさん、キララさん。ぼくはロバートです。知っているかな?」
「はい。鳳教会の神父様ですよね?」
「そう。よく知ってるね、よろしく。ところで君達、いったい今から何処に行くんだい?」
「えー・・」
「どうする?」
「言う?」
ロバートの前で堂々とヒソヒソ話を始めた3人に、彼はばつが悪そうに頭を掻いた。
しばらくの相談の後、特に隠し事をする必要もないという結論が出たらしく、代表して輝蘭が、事の経緯を詳しく説明したが、輝蘭の機転か、都市伝説上の【雛の森に行った少女達が帰ってこなかった】という部分は伏せていた。きっと、そこまで話したらこの神父に森に行くことを止められてしまうかも知れないと思ったからだろう。
「そうか。役場で聞いたんだけど、行方不明になった女の子というのは君達のお友達だったんだね」
「はい」
3人は神父が何を言おうとしているのか、次の言葉に注目した。
「雛の森か、なかなか面白い話だね。しかし率直に言わせてもらえば、例えその話が真実であってもそうでなくとも、今の君達の行動にはあまり感心できないな」
やっぱり、という感じで神酒と輝蘭が首をすくめた。
「聞いた話なんだけど、確か君達は今外出を控えるように言われているんじゃないかい?友達を助けに行こうとする君達の心意気は立派だけど、ここは大人に任せるべきじゃないかな?」
ロバートの話は正論である。彼はさらに話を続けた。
「その雛の森というお話、例えそれが真実だとしたら、なおさら君達は行くべきではないな・・」
「だよねー」
神酒がロバートに聞こえない小さな声でもらした。
輝蘭も痛い指摘を受けたことは充分理解していて、返す言葉もない。
ところがこの時、意外な人物がロバートに対し強気の攻勢に出た。それは仲良し四人組の中でも、いつも一番弱気な七海である。
「それはできません、神父様」
神酒と輝蘭がぎょっとして七海を見た。
「信じる信じないは大人の勝手です。でも、やることもやらないでリコの身にもしものことがあったら、神父様は責任を取ってくれますか?」
突然の反撃を食らって、ロバートは少し面食らってしまった。
「私達も莫迦じゃありません。雛の森があるなんて、完全には信じていません。
でも、恥かくの覚悟で大人の人にも話したんです。もちろん信じてくれませんでしたし、力も貸してくれませんでした。神父様。もしもリコが本当にそこにいたら、一体誰がリコを助けてくれるんですか?教えてください」
七海はきっぱりと答えた。今までこんな厳しい言葉を使った彼女を見たことがないと、神酒も輝蘭も思った。
ロバートはロバートで、今の七海の言葉に驚き感心していた。
そして、小学生でまだ最上学年程度であろうと思われる女の子が、これだけ理に適った発言ができることに、感嘆し、うまく次の言葉が出てこないでいた。
「行こ。ミキ、キララ」
七海は神酒と輝蘭の手を握ると、ロバートにおじぎをしてからくるりと後ろを振り向き、そのまま木々が深く生い茂る方向へ歩き出したのだった。
いつの間にか手を繋いで歩き出した七海を見て、まだ少し唖然とした表情を残していた神酒は、ぽつりと七海に耳打ちをした。
「ナミ、あんた時々すごいことするね」
まあね、といった感じで、七海が神酒にニコリと笑いかけていた。
七海に圧倒されてしまったロバートだったが、ふと我にかえると、もう一度3人の後を追いかけた。あれだけしっかりした女の子達だから大丈夫かなとも思ったが、それでもやっぱり放ってはおくわけにもいかないと思ったからである。
彼は神酒達の進行方向の前に走って回り込むと、驚く彼女達を前にしてこう話しかけた。
「待って、君達。分かった分かった。ボクの負けだ。君達の言う通りだよ」
輝蘭がニンマリした。
「でも、ボクも大人だし、君達をこのまま放っておくわけにもいかない。それで、二つだけ約束してほしいことがあるんだが。」
3人は黙って神父の顔を見た。
「一つは、この奥にその『雛の森』が無いと分かったら、すぐに真っ直ぐ家へ帰ること」
「はい!」
3人の目が、キラッと輝いた。
「もちろんです、神父様。リコがいないと分かったら、ここにはもう用はないですから」
輝蘭が答えた。
「もう一つは、そこまでボクも付いて行くこと。」
3人の目が、もう一度キラキラッと輝いた。
正直彼女らは、子どもだけで行くことに不安を感じていないわけではなかった。誰か大人の手助けが欲しいと、口にこそ出さないものの思ってはいたのである。
そこに、思わぬ助っ人が現れたのだ。しかもそれが、対お化けの専門家と言ってもいい神父なのである。喜ばないはずがない。
「本当ですか!?」
「お邪魔かい?」
「いえ!とんでもないです!」
こうして変な成り行きから、石着山の奥へ向かう妙な取り合わせの4人組が誕生したのだった。