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失踪と探索

 そして、二日後の朝。いつものように登校した神酒は、校門前にさしかかった時、いつもと違うあたりの雰囲気に小さく首をかしげた。


 一昨日、七海と輝蘭と共に絵里子の家にお見舞いに行ったものの、熱が下がらずに面会を断られた彼女は、今日こそ絵里子に会えるはずと考えながら学校に来たのだったが、その異質な風景を見たことで、絵里子のことが頭からしばらくの間離れてしまった。

 小学校のグランドと職員玄関の間あたりに、パトカーが停まっていた。いや、パトカーが停まっていること自体はそんなに珍しいことではないだろう。なぜなら、小学校というのは、実際警察官の巡回コースに入っているのが当たり前だ。最近全国的に小学生を狙った犯罪が多いために、その傾向は近年特に強いようである。それでなくても、防犯指導やら交通安全指導などもあり、学校と警察というのは意外に結びつきが強いものだ。

 しかし、神酒がその時首をかしげた理由はもっと別のところにあった。

 パトカーの数が異様に多いのである。1・2・3・・全部で7台。


「ミキー!」

 神酒の後ろから彼女の腕に抱きついてきた子がいた。もちろん仲良しの七海である。神酒がオハヨウの声をかける間もなく、七海もすぐに職員玄関前に並ぶパトカーの群れに気がついたようで、彼女もその雰囲気にちょっとした嫌悪感を示した。

「ゲッ!なにあれ」

「なんだろうね。あんな数のパトカー初めて見た」

「あたしも」

「なにか事件でもあったんじゃないかな」

「マジ?」


 自分たちと多分無関係であろう目の前の珍事に、神酒と七海がキャーキャー言いながら勝手に想像力を広げていると、もう一人の彼女たちの仲良しの輝蘭が、少し冷めた口調で二人の間に言葉を挟んだ。

「私、知ってるよ」

「あ、キララ。オハヨ」

「おはようございます、ミキさん」

「えっ?キララなんであんなに警察が来てるのか知ってるの?」

「はい」

「なんで?」

「あのね・・。」

 輝蘭の表情は、先の二人とは対照的で、気持ちが沈んでいるように神酒には見えた。

 そして薄っすらとではあるが、冗談を言い合える状況ではない雰囲気を感じ取った二人は、少しの間黙って次の輝蘭の言葉が出てくるのを待っていた。


「あのね。リコさんがいなくなったんだって」


「えっ・・?」

「お母さんが言ってた。リコさんがいなくなったんだって。昨日の前にリコさんが具合悪くなって家に早く帰ったでしょ?あの後からリコさん、行方不明になったんだって。どうしよう・・。リコさん、ひどい熱だったんですよね。あんな状態で動き回ったら、リコさん・・・」


 その日の校内は、いつものそれとは違う時間が流れていた。

 いつもなら教室での朝の自習の時間から始まり、ホームルームを経て授業に移っていくのだが、籠目小学校の今日の一日は、全校集会から幕を開けることになった。そして全校生徒が体育館に集められた後、壇上の神妙な面持ちの校長先生から、生徒たちに六年生の工藤絵里子失踪の事実が伝えられた。

 彼女が一昨日の夕方に自宅から姿を消したこと。

 誘拐の可能性もあり、各自登下校には充分に注意し、放課後外であそぶのは控えること。

 しばらくの間警察官が校内に常駐すること。

 心配ではあろうが気持ちをしっかり持つこと。

 マスコミが面白がって取材するかも知れないが、絵里子ちゃんのためにもむやみに人には話さないこと。

 そして最後に、何か気がついたことがあったら、どんな小さなことでもいいから担任の先生に話してほしいと付け加え、集会を終えた。

 

 その後の六年生の教室内は、担任の先生が来るまでの間、暗く沈んだ空気に包まれていた。

 男の子の中には、絵里子の失踪を面白がって騒ぎ立てる子もいた。得意げに自分の推理を披露する子も少なくなかった。しかし真面目に心配している絵里子の仲良しの女の子達に本気で注意され、結局騒がしい雰囲気は長続きしていなかった。

 女の子の中には心配のあまりに涙をながしている子もいて、いつもの元気でちょっとうるさい籠目小学校六年生の雰囲気とは大きくかけ離れていた。

 

 絵里子を心配していたのは、神酒たちももちろん同様である。特に七海は、スポ少で同じバスケットボールをしていることもあり、絵里子の安否が自分のことのように心配でたまらなかった。

 彼女は特に普段から悲観的になりやすい子というわけではない。大人のように特に最悪の事態を想像していたわけではなかったが、それでも不安で悲しくて、黙って椅子に腰掛け、うつむいたまま涙を流していた。

 

「ナミ・・」

 心配した神酒と輝蘭が、後ろから七海の肩に手を置き、優しく声をかけた。

「ナミ・・。大丈夫?」

 七海は何も応えずに首を縦に振ったが、とても大丈夫という状況ではないということは神酒にも輝蘭にももちろん判っていた。

 七海の目は真っ赤で、きっと悲しくてたまらない反面、泣き顔を人に見られたくないという気持ちでいるだろう。再びうつむくと、そのまましゃくりあげる仕草を見せるだけで、神酒たちのほうへ顔を向けようとしない。

 

「ね。先生に言おうよ。雛の森のこと。」

 輝蘭の言葉に、七海が顔を上げた。

 輝蘭は怪談にはあまり興味はないが、絵里子の怪談好きはクラスでもかなり有名である。普段絵里子が怪談を始めると、たいがい神酒、七海、輝蘭の三人はいつも聞き役にまわる。すると、神酒はフンフン言いながら話に聞き入り、七海は両耳を塞ぎ、輝蘭は興味なさそうに三人の傍に座っているというのがいつもの彼女達の行動パターンだった。

 しかし一昨日のこと。輝蘭は雛の森について肯定するようなことを確かに言っていた。いつもは心霊関係の話を否定することが多い輝蘭を、あの時はあの時でそれを否定しなかったのを変に思ったものだったが、今またそれを手がかりにしようとする彼女のことを、七海はなんとなく不思議に思えた。

 

 神酒にしても、輝蘭の発言は意外なように感じた。

「えっ、でも・・・。」

 神酒は言葉に詰まった。

 あの日、確かに絵里子は雛の森について話していた。しかし、それを大人に話しても信じてくれるだろうか。

 いや、きっと頭がおかしいとか、子どもの想像だけのお話だとか、そういうふうに思われて相手にされないに違いないと神酒は考えていた。

 私達が変な意見をわざわざ言わなくても、先生達や警察の人達は、もっと詳しいところまで知っていて、心配しなくてもちゃんと絵里子を探し出してくれるはずだ。だから、自分から出て行く必要はないと。

 

 だが涙に暮れる七海の顔を見た時、それとは大きく違った思いが、彼女の心をおおい始めていた。


 でも、それでリコは?

 リコは救われる?

 何もしないで、そのままリコがいなくなってしまったら、あたしはそれで平気でいられる?

 いいじゃない。ちょっとぐらい変だって思われるぐらい。

 それでリコが無事に帰ってくるなら、それくらいのこと、ちっとも気にならないよ。


「そうだね、キララ」

 神酒がニッコリ笑った。

「行こ。先生の所に。知っていることは全部話してこようよ」

 神酒の言葉に、輝蘭は素直にうなずいた。

「そうですよ、ミキさん。何もしないで後悔するより、やれることは全部やっておきましょう」

 

 二人のこの会話を聞いていた七海が、ふいにガタンと席から立ち上がり、少し驚いて神酒達は七海の顔を見た。相変わらず目を赤く腫らしている七海だったが、彼女の顔には、いつの間にか優しい微笑みが戻っていた。


               ★

 

「だ・か・ら・あのバカ担任はー!」

 一大決心で職員室の担任の先生まで事情を説明に行った三人だったが、結果は散々なものだった。簡単に言えば、全く相手にされなかったのである。

「せっかくこっちが知ってること全部丁寧に説明したのに、何?あの態度!」

 雛の森の話に全く関心を示さなかった担任の先生の態度に、神酒は心底激怒しまくっていた。

「だから最近の教師は質が悪いって言われてんのよ!」

「ほんと。全く失礼ですよ!」

 怒っているのは輝蘭ももちろん同様だった。

「なーにが『分かった分かった、ちゃんと警察には知らせておくよ。』ですか!

大笑いして、全然真剣味がありません!あんな信用できない担任だとは思いませんでした!」

 輝蘭も珍しく憤慨している。

 

 二人が怒りに近くの机や椅子に当たりまくっている間、七海はその後ろで深いため息をついていた。

「あー、こんなんじゃ、本当にリコが死んじゃうよー!」

 そしてとうとう、七海がワンワンと泣き出してしまった。


 傍からから見ると、少しおかしな光景だ。三人のテンションは、少し上がりすぎているらしい。

「こうなったら・・!」

 神酒がダンと机を叩いた。

「行きましょ。雛の森に」

 辺りがシンとなり、七海が体をビクッと震わせる。

「あたし達でリコを助けに行こう」

「賛成です。

 輝蘭も即答した。

「大人に任せてられません!私達でリコさんを取り戻しましょう!」

 二人は同時に七海の方を振り返ると、揃ってものすごい剣幕で彼女に迫った。

「ナミ!もちろんあんたも来るわよね!」

 

「え?あたしはその・・・。」

「グダグダ言ってないで、あんたも来るの!」

 神酒が七海の右腕を、輝蘭が左腕を抱えると、彼女を引きずって歩き出した。

「イヤ!あたし恐いの駄目!」

「何言ってんの!リコのためでしょ!少しくらい我慢しなさい!」

「そうです!私もなんだかあの担任見返してやらないと気が済みません!」

 もう七海の声などは全く聞こえていない。

「ミキとキララがなんかおかしくなってるー!」


 放課後の昇降口に、七海の悲鳴が響いた。

 かくして三人は絵里子を助け出すために、雛の森があるとされる石着山に向かうことになったのであった。


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