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神父

 鳳町の街中。中心街から少しだけ緑多い石着山方面に外れた所に、片田舎には不似合いな一軒の教会がある。

 一般に町民から「鳳教会」と呼ばれていて、この建物は、カトリック系の比較的新しい教会で、二年ほど前にふらりとやって来た白人の一人の若い神父により現在も運営されている。

 

 ここの神父は、名前をロバート・フォースといい、近所の人には「ロバートさん」と、信者の方々からは「ロバート神父」と呼ばれている。

 よく神父というと、いつも学生服のような黒い服を着て片手に聖書を持っているようなイメージがあるが、彼に関しても全くその通りで、どこで彼とすれ違っても、すぐにロバート神父と分かるいでたちで、いつも気軽に挨拶を交わし、外人ではあるが、すっかりこの町に溶け込んで生活をしている一人の住人になっていた。

 

その日、彼のもとを一人の珍客が訪れていた。

その客の名前はハリー・ケネス。


ロバートと同じ欧州系の白人で、年齢は六十程度だろうか。長身の白髪の老人で、上品な紳士といった印象を受ける。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、ハリーさん。そんな早口でまくし立てられても概要がうまく把握できません」

 

 少しよろめくように教会に来ると、急き立てられるかのように話を始めたハリーだったが、その後自分が余程慌てふためいていたことに気付いたらしく、軽く深呼吸をすると、やっと少し落ち着きを取り戻し始めていた。


「す、すみません。急にやってきて自分のことだけべらべらと話してしまいまして。とにかく神父様にどうしても話を聞いていただきたかったものですから・・」

「大丈夫ですよ」

 

 ロバートはにっこり笑うと彼の対面に腰掛け、優しく話しかけた。

「時間は充分にあります。ですが、順序だてて分かりやすく話をしていただかないと、私も誠実にお答えすることができません。もう一度最初から、落ち着いてゆっくりと話していただけますか?」


「はい、誠に神父様の言う通りです。申し訳ありません。しかし、一体何から話せば良いやら・・」

「もし、わたしの耳に間違いがなければ・・・」

 ロバートが言った。


「亡くなったはずのお孫さんから電話があったとか」


 ハリーは上目遣いでチラッとロバートを見ると、日常からはかけ離れた話を口から漏らし始めた。

「はい。先程も申しましたが、私はイギリス出身ですが、アメリカ国籍を持っております。現在はウィスコンシン州のアーカムという町に住んでおります。私には以前に十歳になる孫娘がおりました。名前をベルといいましたが、残念ながら、半年程前に病気で亡くなってしまいました」


「ご両親は?」

「ベルにはトマスとメリーという両親がいました。メリーは私の娘です。父親はもう三年も前に離婚しておりません。メリーは残念ながら・・、こちらも病気で昨年亡くなっております。身内は私と私の家内だけでして、他に身寄りはありませんでした」


「そうですか・・。失礼でなければ、病名を伺いたいのですが。」

「脳の腫瘍です。孫が八歳の時でしょうか。検診で脳に病巣が見つかりまして、しかも手術では取り除けない場所だったそうです。放射線の治療なども行いましたが、残念ながら手遅れということでした」


「それはお気の毒でした」

 ロバートは心からの哀悼の意を伝えた。

「きっとお孫さんは今も神の御許にいらっしゃいますよ」

「はい・・」

 

 この神父の言葉を聞いて、ハリーは複雑そうな表情を見せた。


「私もそう信じておりました。孫はきっと天国から我々のことを温かく見守っているに違いないと・・。しかし・・」

「そうとは信じられないような出来事が起きたと?」


「はい、そうです。事は三ヶ月程前から始まりました。二日か三日に一度のペースで、我が家に無言電話がかかってくるようになったのです。まあ無言電話自体は珍しいことではありません。実際以前からそのようなことはよくありましたし、こちらが気にしなければ特に実害もありませんでした。しかし、この無言電話はそれとは質が全く違っておりました」

 

「どう違っていたんですか?」

 

「息遣いです。その電話の向こうにいる何者かは、もちろん何も喋りませんでした。しかし、呼吸というか、息遣いは微かですが聞こえていました。最初はどうとも思いませんでしたが、そのうち・・。そのうちその息遣いが、孫のものではないかと考えるようになったのです」

 

 なるほどな、とロバートは思った。

 実は神父をしているロバートの周りでは、これと似たような体験をする人間は少なくはない。自分の身近な人や愛する人が亡くなった時、その人を思うがあまり、どんな小さなことでも故人に結び付けて考えてしまうことはよくあることで、ロバートは、ハリーの体験もそれに類似するものだとこの時は思っていた。

 

「ハリーさん。ハリーさんのお孫さんを心から思う気持ちには深く同情します。

しかし息遣いだけでお孫さんと断定するのは、少し性急では・・」


「はい、私も最初はそう思っておりました。孫娘を亡くしてつらいと思っているからだと。悲しいと思っているから、そういう風に聞こえてしまうんだと。ところが、ちょうど一ヶ月ぐらい前からのことです。その無言電話の主が、喋り始めたのです」


「なんと言いましたか?」

「初めは声が小さくて、なんと言っているかは聞こえませんでした。しかし、声は少しずつ大きくなってきて、やがてわずかですが聞こえるようになってきたのです。間違いありません。あれは絶対孫の、ベルの声です。神父様はお疑いになるかも知れませんが、私には判るのです」

 

 少し興奮気味のハリーに、ロバートはなだめるように話を続けた。

「ハリーさん。私は別に疑ってなんかおりませんよ。それより、その時お孫さんはなんと話していましたか?」


「それが・・。声が小さくて聞き取りにくかったものですから。ただ、なにかを欲していると言えばいいか、求めていると言えばいいか・・。小さな声で、I WANT『?したい』と繰り返しているように聞こえました」


「I WANTか。何かが欲しいのか、あるいは助けてほしいとか、帰りたいとか・・。いろいろ考えられますね」

「はい」

 

 ここまでのハリーの話を聞いても、ロバートの最初の推理に特に変化はなかった。先程よりは現実味はあるが、まだ気のせいと言えばそれで済む範囲の中だ。

「そして、これがファックスで届いたのです」

ハリーはそう言うと、手持ちの革の鞄から一冊のファイルを取り出し、その中から一枚のコピー用紙を取り出した。

 

 これは、正直ロバートにとっては初めて聞く現象だった。

 神父という職業柄、様々な霊現象を耳にすることがあるが、まだ彼は実際にそういう体験に関わったことはない。

 そしてそういう類の記録の中に、なんらかの方法で死者から生者へのメッセージが届くという報告を読んだことがあった。例えば死んだはずの人間から手紙や電話が届くというものだ。


 今彼の目の前の人物は、死者からファックスが届いたと主張しているのである。真実かどうかは別として、ロバートはこれは珍しいと思った。どうやら霊というのも時代にキチンと付いてくるらしい。

 

「見せてもらってもよろしいですか?」

 ロバートは、その紙を手に取って見た。


 そこには、彼が想像するいかなるメッセージとも違ったものが描かれていた。

 のコピー用紙に記されたそれは、隙間のないほどにびっしりと書き込まれた、

数学とも物理化学とも区別できない意味不明の数式。フリーハンドで書かれたと思われる連続した幾何学形。そして、見たこともないようないくつかの記号で構成されていた。


 一見すると一定の法則をもって書き込まれているような雰囲気もあり、ちょっと離して見ると、何かの文様に見えないこともない。一つ一つの文字に注目して見れば、確かに稚拙と言えないこともないが、全体から考えれば、とてもハリーが言うような十歳の女の子が書いたとは思えない奇妙な内容だった。

 

「これは?」

 ロバートが質問をすると、ハリーは少し口に出し難そうにこう答えた。

「はあ。神父様には少し奇怪に見えるかも知れませんが・・。実はこれこそが電話の主が孫のベルであるという証拠なのですよ。」

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