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七海と絵里子

「ねえねえ、ナミ。」

「なに?リコ。」

 

 ここは、籠目小学校の体育館。

 時間にして夜の七時。季節が夏から秋に移り代わり、夕方から夜にかけての陽のかげりがすっかり早くなった頃のことである。

 

 この小学校がある町、鳳町は「都会」とは言いがたいが、人口はあまり多くはないが、意外に元気で活気のある町だ。

 片田舎は片田舎なのだが、田舎の特徴と言っていいのかどうか、温かい人が多いように感じる。

 もちろん一歩その中に住むということになれば、人間関係でそれなりに苦労することも多いだろうが、何かのきっかけがあればそれもまた別の話となる。

 例えば地区対抗の運動会とか、子ども会活動などの行事などがあれば、なかなかの仲間意識を見せることが多く、そしてここにもそんな一つの「きっかけ」があった。

 小学生特有のスポーツクラブと言えばいいのだろうか。スポーツ少年団、いわゆる「スポ少」である。


 ここ籠目バスケットスポーツ少年クラブに通う、ある仲良しの二人の女の子がいた。どちらも籠目小学校の六年生で、一人は工藤絵里子。もう一人が椎名七海。

二人はお互いのことを「リコ」「ナミ」と呼んでいた。

挿絵(By みてみん)

 これに、陸上クラブに通っている高村神酒(タカムラミキ)と、バレーボールをしている瀬那輝蘭(セナキララ)を加えて、特に仲良しの四人組のグループがあった。

 

 絵里子は、いわゆる『メガネっ子』

 すっかりバスケットボールの練習で汗だくになった彼女は、一度眼鏡を外して顔の汗を拭きながら、特に仲良しの七海の横にちょこんと腰掛けると、汗を拭きスポーツドリンクを飲みながら親の迎えを待っている七海に話しかけてた。

 

「ナミ、(ひいな)の森って知ってるよね」

「うん?知ってるけど?」

 

「雛の森」というのは、前にも記したが一種の怪談である。

 絵里子はちょっとした怪談好きで知られているが、七海はその手の話が苦手である。七海は絵里子のことは大好きだったが、そういうところだけが苦手だと思っていた。

 ましてや今は夜の七時過ぎ。だんだん他のバスケ部員も親のお迎えで帰り始めていて、人の数もだんだんと減ってきている。

 二人の迎えは、まだ来ていない。

 

「ちょっとヤダ、リコ。あたし恐い話苦手なんだけど」

 いかにも話を聞きたくないという様子で、七海が両手で耳を塞いだ。

「ちょっと聞いてよ。いいからさ!」

「えー?」

 

 七海がマユをへの字に下げた。

「リコさ。もしかしたら見つけたかも知んない。雛の森のこと」

「えっ・・?」

 絵里子の意外な言葉に、七海は塞いでいた耳から両手を離した。

「見つけた?雛の森を?」

 

「うん。見つけたかも」

「え、どこ?」

「石着山」

 石着山というのは、鳳町の外れにある少し大きな山のこと。この町は先にも書いたように片田舎で、場所にもよるが緑が多く残っている場所も少なくない。石着山もそんな場所の一つで、夏にもなれば虫捕りを楽しむ子どもたちの何人かが集まってくるような場所である。


七海も絵里子同様、根っからの鳳町民で、何度も石着山にあそびに行ったことはあるが、あの場所にそんな異様な風景があったというような記憶はない。

 

「うそ。あたしもあそこに何度も行ってるけど、そんな変なものなんか無かったよ」

「でも今日あったもん」

「今日?いつ行ったの?」

 

 絵里子は得意げに答えた。

「今日先生の会議で学校から早く帰ったでしょ?バスケが始まるまで時間あったから、リコ一人で自転車で石着山行ってみたの。そしたら・・・。」

「そしたら?」


「ほら、夏休みに暇でミキやキララと一緒に入った森みたいなところあったよね。あそこに一人で入ってみたの。そしたらね、人形が落ちていたの。なんだか日本人形みたいなちょっと気味悪いやつ。それでね、その周りも見てみたらいっぱいあったの。人形が!」

 

「持ってきた?その人形」

「えー!さすがに気味悪かったし!草や土の間に落ちていて汚かったから。」

「それで?どうしたの?」

 七海が身を乗り出した。

「それでさ。そこからもうちょっと進んでみたのね。そしたら・・・やっぱりアレがあったよ!」

「アレって・・あの、建物?」

「そう!木でできた建物!なんか古くてボロボロだったけどさ。本当にあったんだよ!」

「え~!?」

話を聞いていた七海は、信じられないといったような表情で声を上げた。

「うそー!」

「本当だってば!うそだと思うなら、今度一緒に行ってみる?」

「あ、ダメ!パスパス。あたしそういうの苦手だから!」

 

 傍目から見れば、恐がりの七海を絵里子が軽くからかっている。多分そんなふうに見えるだろう。いや、実際そうだったのかも知れない。そんな仲良しの二人の会話は、やがて迎えに来た二人の両親によって、また明日のこととなった。


 子ども達はよく、大人が信じられないような物語を聞かせてくれる。それは、彼等の想像力が作り出した架空の物語であると誰もが思っているだろうし、実際そうであることも多いのだろう。


 しかし、本当に全てが全てそうなのだろうかと思うこともある。人は成長の過程でたくさんの知識を経験によって吸収していくが、それと同時に捨て去っていく物も多いだろう。捨ててしまった後に、あれが大事な物だったと気付くことも多いはず。

 大人を自負する者の中に、自分は子どもの頃より純粋だったと言い切れる人はいないだろう。

 純粋さは研ぎ澄まされすぎた細身の剣のようなものである。騙され折れやすい反面、何よりも正確に物事を貫き見る力がある。


 もしかしたら、彼等には見えているのかも知れない。他愛も無い子ども達同士の関わり合いが繰り返される日常の中に、大人がもう見ることをやめてしまった光景や、取るに足らないと信じてしまったメッセージを。


 七海は、今日最後に少しだけ恐い思いはしたけれど、それでもまた明日もきっと絵里子や神酒や輝蘭と一緒の楽しい一日になるに違いない。

そんな風に考えながら、絵里子とサヨナラをした。


 やがて残っている子どももいなくなり、すっかり暗くなった体育館の片隅の小さな草むらの中から、もうすぐ訪れる秋を迎えるかのように、心地よい微かな虫の声が流れていた。


しかし、帰りの迎えが一番遅くなった絵里子以外に、それに気づいていたのは誰もいなかった。

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