表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/31

地下墓地

 神酒と輝蘭が歩く地下の通路は、奥に進むにつれ次第にその幅を狭めていった。最初は2人が横に並んでも充分な広さがあったのだが、今は一人でも少し息苦しさを感じるほどの幅しかなく、仕方なく神酒が先頭を歩き、輝蘭がその後に続いた。

 

「この先の墓場にあの化物が住んでいるんでしょ?あいつこんな狭いところ通れるのかな」

「さあ、ベルさんはそう言っていましたけど。きっとこことは別の入り口もあるんじゃないでしょうか?」

 

 しかし、そんな二人の空間に対する不満はすぐに解消されることになった。しばらく歩いた末、二人はその中に僅かだが風を感じるようになっていたのである。

 そしてすぐだった。永遠に続くかと思われた通路の果てに、崩れた緑色のドアを発見。その先に広い空間が姿を現したのだ。

 

「うわあ・・・」

 それは、一言で広いと言い表すには足りないほどに大きな空間だった。広さとしては、あの二人が紛れ込んだ建物とそう差はないだろう。

 驚くべきはその天井の高さで、見上げるほどに首が痛くなるようなそれは、目測で五十メートル以上の高度を誇っている。

 天井のあちらこちらから光が漏れている様子が分かるので、多分すぐその上は地上になっているのだろうが、ここからよじ登ってそこまで辿り着こうとすることなど、まずは不可能に近い。

 部屋の周りは、たくさんの粗末だが同じ大きさのブロックが壁の代わりに側面に埋め込まれており、それが天井までびっしり続いている。床も同様のブロックで敷き詰められているのだが、建築の際によほど急いのだろうか。でこぼことしていて、歩き心地はあまり良いとは言えない。


 多分もう何十年も前に作られた場所なのだろう。ブロックの痛み具合がかなり進んでいて、長い年月の年輪のように、古さにその威厳が感じられる。おそらく機械などを使ったのではなく、人の手でこつこつと作られたと思われる仕事の跡が至る所に残っていた。


「キララ。これ・・」

「どうしました?」

 天井を口を開けて見上げていた輝蘭だったが、神酒に呼ばれて振り向いた。見ると彼女が壁際の一部を指差しながら口を押さえている。

 輝蘭はその神酒が指さした付近に近づいてみると、そこには意外な物があった。


 それは、人の頭の骨だった。

 壁のブロックが無い箇所に、およそ子どもの物と思われる頭蓋骨が、規則正しく並べるように埋め込まれていたのである。

 輝蘭が注意して辺りを見回すと、頭蓋骨が埋め込まれているのはそこだけではないことに気が付いた。壁の2~3メートルぐらいの高さまでの位置までだが、壁のあちらこちらに、同じような所が何箇所も点在していたのだ。

 2人は顔を見合わせた後に、黙って目を閉じ、ここに眠る幾人もの魂のために手を合わせた。


 しばしの沈黙の後、神酒が輝蘭に話しかけた。

「ねえ、キララ。ここがベルの言っていた地下の墓場のことなのかな」

「多分そうでしょうね。私、こんなにたくさんの人の骨を見たのは初めてです。

それがこんなに整然と並べてあるんですから。多分そうなのでしょう」

「これが墓なのか。全然日本のものと違うね」

「私も詳しくは分かりませんよ。でも、ここってなんだか・・。なんと言えばいいのかな・・。とにかく死体を粗末に扱っているって感じじゃありませんよね」

 

 確かに輝蘭の言う通りだった。日本の墓場とは大きく印象が異なるこの場所は、一見すると骨を見世物のようにしているようにも見える。しかし、およそ人が通うことのない地下の果てに、これだけの手をかけて造りこんであるのだ。死者を深く弔う気持ちがなければ、とてもではないがここまでの建造物を人の手のみで造ることはできないだろう。

 そしてもう一つ、派手さの無い鎮魂という機能のみを追及したこの空間は、作り手の魂が宿っているのだろうか。その理由を上手く説明することはできないが、不思議と神酒と輝蘭に、落ち着きと心の平静を与えていた。


「ところでさ。もうここで行き止まりなのかな」

「どうでしょう。ベルさんの言う通りなら、ここにリコさんがいるはずなんですけど」


 この墓地に敷居や空間を隔てる壁はない。しかしその側面は意外なほどに入り組んでいて、注意しないと見落としてしまいそうな窪みや隠れた短い通路が多くあった。

 神酒と輝蘭は、離れないように手をつなぎながら、その有無を一個一個確認しながら歩き回っていき、やがてしばらく経った頃に神酒が声を上げた。

「ねえ。何か暗くなってこない?」


 いくらこの場所が広いとはいえ、調べているのは側面の壁だけなのだから、時間としてはそれほどかかってはいない。

 彼女達が学校を出た時間から考えれば、あるいは夕方に差しかかっているからだと考えることもできるかも知れないが、どうやらそれとは理由が違ってることに彼女たちは気付き始めた。なぜならまるで懐中電灯の電池が切れ始めたような、とにかく急激な闇が二人を覆い始めたからである。


 すぐに二人は空気に重さを感じた。

 先程のあの落ち着いた雰囲気とは全く違う。例え一時でもこの場に居たくないような、背筋に強い寒気を伴う危険な空気だ。


 あっという間に周りは完全な闇に覆われていた。それは文字通り伸ばした手の先が見えないほどの漆黒の闇で、神酒と輝蘭はお互い離れ離れにならないようにしっかりと手を握り合った。

「何か来たみたいですね」

 輝蘭がごくりと息を飲んだ。

「そうみたいだね」


 ほどなく、2人の耳元に声が聞こえた。

 それはまるで誰かが2人の耳元に囁いているように間近から聞こえたが、いくつもの危険を乗り越えてきた神酒と輝蘭は、その恐怖に押し潰されないように自分を励ましながら、辺りを警戒した。


「寒いよ・・・」


 声は子どもの声だった。おそらく男の子の声なのだろう。


「痛い・・」

「寂しいよう・・・」


 最初は一人の声だった。

 しかし、完全な闇の中にも関わらず、やがて2人にもよく判るほどのたくさんの子どもの気配が彼女達を取り囲み始め、声の数も次第に多くなっていく。


「寒い・・。とっても寒い・・」

「苦しいよ・・。助けて・・」

「お母さんは・・?お母さんは何処?」


 声は悲しげで哀れな声だったが、同時に危険な声でもあった。

 この世に未練を残した感情を強く含み、その満たされぬ思いを2人の少女に何時向けてもおかしくない状況だったのである。


 ふいに、何かが神酒の頬に触れた。そしてそれは一瞬の出来事だったが、神酒はそれが何であるかをはっきりと見ていた。

 それは、闇の中から不自然なほどに長く伸びてきた、小さな白い子どもの手だったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ