焦燥感
しばしの静寂が訪れた。
息を切らしながら、埃だらけの暗い廊下の片隅に並んで座り込んでいた2人だが、やがて時が経ち息が整い、自然に彼女達の心に冷静さが戻ってきた時、次第に2人の心を焦燥感が襲い始めていた。
しかしまだ事のつじつまを考えられる程の状態ではない。
「何。何なのよ・・。あの化け物・・」
神酒が小さく、しかし怒りを込めた声で話した。
「キララ!何なのよ、あの化物!」
神酒の突然の八つ当たりとも思える発言に、輝蘭も怒りで答えた。
「知らないよ!私だって判りません!」
「なんでこんな目に遭わなきゃなんないのよ・・」
「私に判るはずないじゃないですか。リコさんがいなくなったのも、ナミさんがあの化物に殺されたのも・・・。」
「殺された・・?」
神酒がはっとなった。まるで触れてはいけないものに触れられたような気持ちだった。
「殺されたって・・、ナミは・・死んだの?」
輝蘭は何も答えない。
本当は神酒にも分かっていた。
凶暴な獣の牙に噛み砕かれて、七海が無事であるはずがないということを。でも神酒はそれでも聞かずにはいられなかった。
蘭に「あれは見間違いで、本当は七海は生きている」と言って欲しかったのだ。
「あたしが?あたしがナミを誘ったから?」
神酒はパニックを起こしかけていた。
「あたしが誘ったから・・?あたしがナミを雛の森にさそったから?だからナミは死んだの?」
「ミキさん!しっかりしてください!」
輝蘭が神酒を抱きしめた。
「ミキさん!しっかりしてよ・・。私だって・・、私だって・・・。
神酒を落ち着けようと抱きしめた輝蘭だったが、悲しいのは彼女ももちろん同様だったのである。
神酒の肩口で震える輝蘭を感じて、いつの間にかパニックが治まっていた彼女だったが、その代わりに再び強い悲しみが二人を覆っていた。
繰り返し彼女達の脳裏に浮かぶのは、元気だった七海。可愛いかった七海。優しかった七海の笑顔だった。
神酒と輝蘭はしばらくの間、お互いを抱きしめあったまま、しゃくり上げながら体を震わせて泣き続けていた。