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惨殺の異形【神酒視点】

 急にね、変な臭いがしてきたんだ。

 ツンっていう感じで、ほら、ペットの臭いがあるでしょ?

 あれに食べ物が腐った臭いが混ざったみたいな嫌な臭い。

「何?この臭い・・・。」

 すると今度は、何かがガサガサと笹林の中を、こっちに近づいてくるのが見えたの。

 それでね、そのガサガサがあたしたちの30メートルぐらい離れたところで立ち止まると、そこでピタリと止まったんだ。


 それがリコじゃないってことはすぐに分かったよ。

 だって、もしそれがリコだったら、すぐにあたしたちに抱きついてくるだろうし、なんて言うかな。人間っぽい動きじゃなかったから。

 この雛の森に入って初めて遭った動く物体。そして、それはまるで水面から顔を出すみたいにゆっくりと姿を現したの・・・。


 多分、生まれて初めてあたしが出会ったUMA。

 全く違う世界に足を踏み入れちゃったんだって実感した瞬間だった・・・。


 その獣にはね、4つの足があったの。

 大きな牛ぐらいある、たてがみの無い真っ黒なライオンって言えばいいのかな。

 とにかく、あたしが全く見たことがない恐ろしい怪物だったの。

 しかもね・・・。

 その獣、体が腐ってたんだ。まるでゾンビみたいに。

 ドロドロしている部分があったり、カラカラに渇いている部分があったり、

骨が見えている部分があったり・・・・。

 とにかく、そんな恐ろしい化物がギラギラした目つきであたしたちを睨みつけて立っていたの。

 明らかにあたしたちを獲物だと思って狙っている目だった・・・。


 あまりの恐さでそこに固まってしまったあたしたち。

 そして、その獣はその体の大きさに似つかわない素早い動きで襲いかかってきたの!

「逃げて!!」


 間一髪だった。

 キララの悲鳴みたいな叫び声に、あたしたちはフッと我に返って逃げ出したんだ。

 あたしは建物の裏側へ。

 キララは屋敷の正面へ。

 ナミは黒苺の方へ。

 ちりぢりに悲鳴を上げながら逃げ出したんだけど、その時獣がターゲットに選んだのは・・・あたしだったんだ。


「イヤ!やめて!」

 あたしは泣きながら走った。

 地面はぬかるみが酷くてものすごく走り難かったのは憶えてる。

 でも、ここであきらめてしまったら食い殺されてしまうのが判るじゃない。

 あたしは狂ったみたいに逃げ回ったんだ!でも・・・。

 でも、とうとう泥に足を取られて転んでしまった・・・。


 寒気みたいな気持ちの悪い悪寒が、あたしの体中を駆け巡った・・。

 そして、振り返ると・・・。

 本当にすぐ目の前に、その獣はいたの。

 凶悪さに歪んだ目をぎらつかせ、邪悪な牙を大きく開きいて、あたしの体を噛み砕こうと万全の体制に入っていた・・・・。


 あたしね、ずっと前のことだけど、死をテーマにしたマンガを読んだことがあったの。

 ほら、ノートに名前を書くと、名前を書かれた人が死んでしまうってマンガ。

 あの時あたしはマンガの面白さにはのめり込んでいたんだけど、正直死についてはよく判らなかったし、深く考えることも無かった。

死っていうのが自分とは別の世界のもので、いつか身近に迫ってくるものだとは思ってもみなかった。 

 この時、多分あたしは生まれて初めて死を意識していたんだ・・・。


「いやだ・・・。やめ・・てよ・・・」

 すっかり怯えて動けなくなってしまったあたしを目の前にしても、獣はあたしを許す気はさらさら無かった。

 そして、そいつはあたしに飛びかかってきた!


 もうダメだ・・・。

 あたしがそう思った時、あたしと獣の間に割って入ってきた子がいたの。後姿しか見えなかったけど、あたしはそれが誰かを知っていたよ・・・。


「ナミーーーー!」

 

 ナミは・・・、獣の突進を受け止めるにはあんまりにに小さな体で・・・、それでも抵抗しようと、どこかから拾ってきた錆びたシャベルを持って、まるであたしの盾になるように、獣の前に立ちはだかった・・・。

 

 音の無い世界。

 弾けるように舞い上がるシャベル。

 それがゆっくりとくるくる回りながら落ち、地面に触れ、カラカラといった乾いた音をたてた時、全ては終わっていた。

 

 思い出したくない残酷な光景。

 無慈悲な獣の牙の間には、両手をぶらんと力無くぶら下げた、軽く体を痙攣させながらも、もう自らの意思で体を動かすことのなくなった七海の体があったんだ・・・。


 おしゃれのつもりで着てきた青とピンクの服は血で真っ赤に染まって、いつも見せるあの無邪気で可愛い笑顔は、まるでマネキンみたいに真っ白になってた・・・・・。

 

 ふいに微かな風が、辺りの笹の葉を揺らした。

 

 信じられない光景を目の前にして、あたしの頭の中は真っ白になってた。

でも・・・、不思議だよね・・・。

 この時あたし、なぜか逆に冷静になってたんだ。


 あたしには一つ判らないことがあった。あたしがナミの名前を呼んだあの瞬間、ほんの少しだけナミが振り返ったのをあたしは見ていた。

 この恐怖の中であたしとの視線が合った時、ナミ・・・笑ってたんだよ・・。

 ナミが襲われた瞬間、膝は大きく震えていたし、目からは涙もこぼれていた。

 でも、でもね。それでもナミが最期にあたしに見せた表情、それは『笑顔』だったんだ・・・。



 獣はナミの小さな体をくわえると、一度あたしを睨みつけた後に、笹の群生の盛り上がっているところへ姿を消していった。

「ミキさん!ミキさん!」

 あたしが我に返って辺りを見回すと、建物の裏口のドアが少し開いていて、そこから必死に手招きをしているキララの姿が見えたんだ。

「ミキさん!早く!また来るよ!」

 見るとさっき笹藪の中に一度身を隠したあの獣が、また茂みの中から姿を現し、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


 あたしは急いで立ち上がろうとしたんだけど、足に力が入らず、再び湿地の上に転び込んだ。恐怖で腰が抜けていたんだ。

「ミキさん、急いで!」

 獣が迫ってくる!

 あたしは泥の上に腹ばいになると、両手の力と僅かに動く足の力を使って、キララのいる裏木戸口まで這い出した。

 あたしが逃げ出そうとしていることを察知した獣は、少しずつ速度を上げ、さらにあたしのもとに迫ってくる。

 裏木戸まであと少し!

 間に合わない!


 あたしがそう思った時だった。キララがあたしの両手を掴んだ。そして、あたしの体を力一杯建物の中に引きずり込んで、急いでドアを閉めた。


 木戸に、何か重い物がぶつかる音がした。獣の衝突はしばらく続いていたけど、木戸の造りは意外にしっかりしているみたいで、獣はあたしたち2匹の獲物の捕獲を諦めたのか、数分の後に外は静かになったんだ・・・。

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