プロローグ
横から、怪物が雄叫びを上げて突撃してきた。
この化け物、どうやら車をモチーフにしているらしいが、どうにもこうにも恐ろしい。
この世界に来てしまい2週間が経つが、まだ恐怖感は消えそうにない。
足が竦む。心拍数が上がる。
だって、考えてほしい。フロントガラスに無数の目が付いたロードローラーがこちらに迫って来たら、どうか。
足の一つも竦むだろう。
そんなんちょろいちょろいと思ったやつ、後で倉庫裏に来い。
蒸しあげてやる。
そんな車と闘うくらいなら、夏休みの宿題を5倍にしてくれた方がマシだ。
…例えが悪かった。
(ふわぁぁぁぁぁ…!!)
なんて情けない叫びを心の中であげる。女々しいったらありゃしない。
この性分、どうにかならないものか。
とかもやもやしてる間に、多目式(?)ロードローラーが威勢のいいエンジン音を吹かして近づいて来ている。
早く慣れろよ、と自分の精神に鞭を入れて、足に力を入れる。
そして、横に思いっきり跳躍。
少し、足が奴のタイヤに掠った。
おい、掠ったぞ、あぶねぇよ。こえぇよ。冷や汗ダラッダラだよ。
頭の中で散々愚痴を叩いてから、反撃に向けて筆を握り直す。
手汗を拭くのも忘れない。筆が滑り落ちたら死ぬ。命が繋がってるとかそういうのじゃなくて、単純に不安感で爆死する。
それぐらい、頼りにしているものなのだ。
筆と言っても、大きさはかなりのものだ。
金属バットの先端あたりの太さ、バットの長さを意識してくれれば、概ね間違いはない。
ていうか、金属バットの先端なんて僕は持ったことがないのだが。
卓球一筋である。まぁ運動神経はいいと言われているが。
さて、反撃のお時間。この時ばかりは躍起になる。
なんとも都合のいいやつだ。
ボッコボコにしちゃる、といつの時代かわからん言語を思い浮かべ、全速力で突撃。
その間に、今までフサフサモフモフしてた筆の先端が、何かで固めたように尖る。
僕のイメージが、そのまま筆に写ったのだ。
ちゃんとこの一連の動作を行わないと、思いっきり相手の身体をフサフサで撫でてしまう、ということになる。
もし、友達なんかに見られたら、「ブフォwww」とか笑われて、ネタになるだろう。
まぁこの世界に友達なんていないのだが。
無駄な思想はここまでとして、突進の反動で動けない重機に狙いを定める。
しっかりと足を踏み込み、勢いをつける。
そして、走った勢いを殺さず、最大限の加速をつけて、相手のボディに、筆を押し出す。
ズガアアアァァァァン!!
なんて音が鳴ってくれればもう少し爽快感は増すのだろうが、鳴ったのは粘っこい音だ。
この車、ゴツい見た目に比べて防御力が紙レベルなのだ。
いや、「絵の具レベル」と言った方が、この世界らしいか。
なんて決め込む新米住人の僕の目の前で、化け物ロードローラーの動きが止まる。
そして、全身が真っ白になる。どうやら一撃で決めることが出来たようだ。
そして、そいつは、頭の方から、粘度のある個体となって崩れ落ちた。
床にそれが広がっていく様は、あまり気持ちのいいものではない。
僕はその場から離れ、壁にへたり込んだ。
大きくため息をつく。かなり神経を使うんだ、この戦いは。
「何でこんなことしてるんだろう…」
自分で発した言葉に、思わず苦笑する。
なんでもなにも、この世界では、こんなことをして行かなきゃ生きていけないのだ。
今更何を言っているんだ。
とか自分に言い聞かせていたら、何故だか急に涙が出て来た。
ときたま、この世界ではホームシックになってしまう。
しかし、その涙はすぐに止まるものではない。
嫌でもこの世界の現実を、この涙によって知らなければならないからだ。
なんでかって?
僕の目から流れ落ちてるのは、涙と呼べるものではない。
水色の絵の具だからさ。