七話
それから、伯父が小樽行を了承してくれて、小樽までいく事になった。
お寿司を食べた後、海辺を歩いてみたいと、お願いして海まで行った。車の近くで待っている、母と伯父と先輩の視界にはいる付近の砂浜を歩きながら、瑠璃沢と金剛が『いまだ、海に飛び込め!』と視線を送ってくる。
が、この寒いなか、だいぶ日が傾き始めた海に入ろうとする異常行動を私が取る理由がどこにあるのだろう。傍に立つだけでも海風が寒い。震えてくる。それなのに、これからこの入ったら心臓麻痺でも起きそうな海に入り溺れるって、至難の業だ。
「やっぱりやめない? それにさ、海に入ろうと思うような気分にならないって事は、シナリオ修正力はないって判断していいと思うの」
「鈴の根性なし!」
「そうだ、ここは潔く、海に入って溺れてくるべきだ!」
二人が私を睨む。
「そんなに言うのなら、あなたたちが入ってきなさいよ」
「鈴が溺れるから意味があるんでしょ!」
「いつも偉そうにしているくせに! 土壇場になって、逃げるなよ!」
金剛が怒鳴って私を指さした。それにムカッとくる。
「偉そう!? 私のどこが偉そうなのよ!」
「鈴は偉そうな女王様が通常運転だからわからないのよ」
「なによ、瑠璃沢まで私が偉そうだと思っていたって事?」
「いつも、命令口調だろ」
二対一の状況が出来上がり、二人が私を責めた。
「あなたたち二人が変な行動を取るからでしょ? 普通にしてくれていれば私だって、注意しないわよ。自分たちの行動棚に上げて、文句言わないでくれる?」
「私たちのどこが変な行動を取っているっていうのよ?」
「まだ寒い海で溺れろ、と強要している行為は、変な行動とは言わないのかしら?」
「なんだよ、ここに来る前は了承していた事を、急に嫌がり始めたのはお前だろ。決定事項を気分で変更していいと思っているのか。無責任だな」
確かに、ここに来る前、私は海に入ることを了承した。ちょっと、寒いだろうけど我慢できないほどではないと、高を括っていたのだ。でも、まさかここまで寒くて、辛いとは思わなかったのだ。
「現場の状況で予定を変更することは、どの世界もよくある事でしょ。ここで溺れて死んだら、あなたこそどう責任を取ってくれるのかしら?」
「おぼれ死なないと自信もって言えるね」
「へーそう。じゃあ見本を見せてほしいわ。ざぶんと、いってらっしゃい」
「金剛ちゃんが、溺れても意味ないよ。鈴が、従妹が溺れるってところがポイントなんだから!」
「いいじゃない。このさい金剛でも。あなたの大好きな先輩に助けられるなんて絶好のチャンスでしょ?」
「お前、先輩を馬鹿にしているのか!?」
「してないわよ。しているのはあなたの方よ」
「なによ!」
金剛の眼つきが鋭くなり、お姉言葉になると同時に私の肩を軽く押した。軽く押されたが、男子の力は予想以上に強く、私は砂浜にしりもちをついた。
イラッとした。ええ。もう。ブチ切れですよ。
私は変なこと言った? この寒い海で溺れろと強要してくる方が悪くないか? そんな、イベントクリアしたいと思うなら、自分がやればいいって思うでしょ? イベント脳の奴を馬鹿にしてどこが悪いの?
「鈴、だいじょ」
瑠璃沢が焦ったように手を伸ばしてくるがそれを遮って、私は立ち上がると同時に金剛の足払いをした。今度は金剛がしりもちをつく番だ。私だって、一応、良家のお嬢様で、護身術の一つぐらい習っている。足払いはその基本だ。
転ぶだろうと思ったら、金剛は軽く避けてカウンターで私の足を払った。私は逃げる事が出来ずにまた、砂浜にしりもちをついた。
「そんなしょぼいの通じないわよ」
余裕の笑みを見せる。お嬢様育ちの私より、金剛家の跡取り息子の方が護身術を学ぶ機会が多かったのだろう。くやしい。
私のお尻は砂まみれだ。
「ちょっと、やめてよ! 鈴、だいじょ」
「この!」
私は起き上がらず、金剛の足にタックルをした。さすがにこの攻撃を金剛は避けられなかった。
ばふっと、砂を巻き上げながら倒れた。二人で倒れ、それからジャバっと音と立て波が近づいてきて私たち二人にかかった。
「冷たい!」
「うあ」
二人で冷たさに悲鳴を上げる。逃げようと下でもがく金剛に、上に載っている私はそのまま押さえつけた。自分にはこれ以上、海の冷たい水がかからない様に完全に金剛の上に乗る。
「二人ともやめてよ!」
「このまま海に浸かっていればいいのよ!」
「あなただって!」
金剛が力ずくで私を押してきた、思いのほか金剛は力が強い。力に負けて私は海の方に投げられた。
「冷たい!」
バシャっと音を立てて、私の体は海に浸る。冷たい海が完全に私を覆い尽くす。身体が冷たさで痛い。海水が顔にかかり、目が痛い。
「遣りやがったな! この、おかま野郎が!」
「何よこの、傲慢女!」
海水から起き上がると、金剛につかみかかった。突き飛ばし、突き飛ばされる。その繰り返しの取っ組み合いの喧嘩を私と金剛は行う。身体はびしょ濡れで、海の中に足まで浸り、寒いし冷たいがそんなのはこの際、関係ない。
「やめてよ! 二人とも!」
瑠璃沢が顔を青ざめて叫んでいるが、そんなのは気にしない!
このかま野郎を海の藻屑にしてやる!
「何をしている!? やめないか!?」
車の近くで私たちを見守っていた、伯父や母、先輩が私たちの喧嘩に気が付き駆け寄ってきた。大人たちの制止も気にせず、つかみ合いをしていたが、急に間に人が入って来た。
「二人ともそこまで」
海に入って来て私と、金剛を問答無用で引きはがした。
「まだ、水遊びするのは早いと思うよ」
柘榴先輩が間に入り止めるが、興奮状態の私と金剛は止まらない。
「離して! この、かま野郎を海に沈めるのだから!」
「先輩の前で、そう言う事いうなよ!」
「はっ! まだ、あなたの先輩でもなんでもないわよーだ」
鼻で笑う。
「このー!」
「二人ともいい加減にして!! 子供じゃないんだから、低レベルな喧嘩はやめて!」
瑠璃沢が今まで聞いたことのないような、大きな声で怒鳴りあげた。
その声に、私と金剛ははっとする。 いま、一番、言ってはいけない台詞をさらっと瑠璃沢は言った。さりげなく、先輩と母と伯父に視線を向けるが、気が付いていないようだ。
どうやら、十三歳の瑠璃沢が、小学生レベルの喧嘩を止めようとしているために、使った言葉だと受け取っているようだ。
実際は、中身三十歳プラス十三歳の私と、詳しく聞いてはいないが推定、中身十八歳以上プラス十三歳の金剛に精神年齢大人なのだから、子供の喧嘩をするなと言っているのだ。
私と金剛は、瑠璃沢を軽くにらんでから、お互い力を抜く。これ以上やりやっても、無意味だと思ったのだ。大人たちが止めに来ているのだから、ここでやめるべきだ。
「ごめんなさい、やりすぎたわ」
「俺こそ、ごめん。大丈夫か?」
私が謝ると、金剛も謝った。
「この時期はまだ海水浴は早いみたい」
「そりゃそうだろ」
柘榴先輩がほっとしたように苦笑いする。海から上がると、ずぶぬれになった私と金剛は母と伯父にみっちり怒られた。