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五話

 落ち着いた色を基調とした私の部屋に、瑠璃沢と金剛が座ってお茶を飲んでいる。そのテーブルの上に並べられているのは、宝石学園攻略ノートと書かれた数冊のノート。それを見ながら金剛がいくつか赤で訂正をしていく。

 二人は楽しそうに、あのイベントはこうだった、とか選択肢の項目はこうだとか、キャッキャと話している。金剛は、誰もが目を引くほどの美男子なのに、お姉言葉で話している。すごい違和感がある。


 あの後、電車通学の私と瑠璃沢と一緒に金剛を私の家に案内した。他の女子生徒が不満そうな顔を見せていたが、私たちは気にせず金剛を連れて一緒に下校した。昨日まで一度も話したことのなかった、学園の王子様の金剛といきなり親しげに下校をして噂になるだろう。

 もちろんわかった上で金剛を連れて帰って来た。

 嫉妬? いじめ? 学校追放? どんとこい!

 目指すは、瑠璃沢と共に転校だ。瑠璃沢は普段おとなしい。私と一緒にいつも勉強をしているので勉強はできるほうだ。今まで他の生徒たちから蔑ろにされたことは、もちろんない。でもクラスで言うと、大人しいグループになると思う。クラスの頂点は紫藤さんの派手なお嬢様グループだ。明日から、クラスは荒れる。そして、きっと、瑠璃沢はその荒れに耐えられない。荒れて、荒れて、瑠璃沢がもう嫌だとなるのを楽しみに、明日から学校に行く事にしよう。



「月長さん。今度の週末、予定を空けといてくれるか?」

 私が、転校することを楽しみにニヤニヤしていると、金剛に話しかけられた。

「何かあるの?」

「もちろん、北海道旅行よ! 名付けて『北海道迷子大作戦!』」

 思わず眉間にしわが寄る。柘榴先輩に会いに合わせることを諦めていなかったらしい。金剛がスマホで飛行機のチケットを取ったと言う。

「行かないよ。大体、今お母さん新婚なんだから、そんなところに、娘が会いに行ったらお母さんの旦那さん困るでしょ」

「複雑な家庭環境ね……」

 瑠璃沢がノートを見つめながら唸る。

「でもそれなら好都合だろ? 柘榴先輩は今、両親の実家つまり月長の祖父母の元で生活している。久しぶりに祖父母に会いたくなったとでも言えば、歓迎されるんじゃないか?」

「金剛ちゃんナイス!」

 瑠璃沢が嬉々として、ノートに記入していく。覗き込むと週末の私のスケジュールが書かれていくのが見えた。小学生の時に起きていたはずの、従兄との思いでを二日間で経験させようと、無理な日程が組まれている。札幌市内で迷子から始まり、海に行って溺れかけると書かれている。まだ六月なのに海に入れって無理だ。その下に夜は星を見ながら迷子になって、変質者に捕まえられそうになるところを助けられるって書いてある。これも、嫌だ。


「ちょっと、本当にこんなことさせるつもりでいるの?」

「もちろんだよ。宝学内で語られていた、鈴ちゃんと先輩の幼少イベントをクリアしてもらわないと、今後につながらなくなるかもしれないでしょ?」

「面倒だわ」

「鈴!」

「月長! ここが肝心なんだぞ! もしこれで、鈴ちゃんと先輩が従兄妹として良好な関係を築けなかったら、高校生に上がった時、何が起きるかわからないものになるだろ。予想出来ない事態に対処できなくなったらどうするのだ!」

「あのさ。普通に生きていれば予測できないことが起きるのは、当然でしょ。イベント? 未来がわかる? 自分がゲームと同じ世界に居るからって何様のつもり? 予言者気取り? 馬鹿らしい」

 鼻で笑ってやる。瑠璃沢も金剛もゲームの世界だからと、調子に乗っている。瑠璃沢が宝石学園中等部に入学している事からわかるように、もうゲーム内のストーリとは大きく違っているのだ。それを、元に戻そうともがいている様は滑稽だ。

「鈴ちゃんだ……」

 瑠璃沢と金剛が声を重ねてつぶやきなぜかキラキラしてた目で私を見た。

「猫目に言った、台詞を月長から聞けるとは思わなかった」

 くそ。また猫目か! どんだけ、鈴ちゃんに冷たくあしらわれているんだよ。

「ね、鈴は、ちゃんと鈴ちゃんなのよ! 私の憧れだわ!」

「確かに、なりきりぶりは凄まじいな」

「なりきりぶりって何よ」

 人を、『月長 鈴』というキャラになりきっている少女と思っているのかこの野郎。私が鈴ちゃんに似せているのではなく、鈴ちゃんが私と偶々同じセリフを言っていただけじゃないか。

「というか、今の台詞をなんで猫目が言われているのよ」

 ゲームや未来がわかるとか、『宝石学園高等部ッ!』とか、関係ないだろ。

「夏の臨海学校の夜、みんなでトランプゲームをしている時に言うの。大富豪で勝ち続けていた猫目を大貧民だった鈴ちゃんが革命を起こして高笑いするイベントの時に『勝って当然だと、未来がわかると、いい気になって何様のつもり? 予言者気取り? 馬鹿らしい。革命よ!』って」

「あのイベントも楽しいよな。みんなでトランプの大富豪で盛り上がって。しかも猫目を大富豪にして勝ち続けさせてから、革命で大貧民に叩き落とす時の鈴ちゃんのすがすがしい女王様っぷり。最高だった」

 もう、頭痛がしそうだ。というか、嫌いなら、猫目も鈴ちゃんも相手にしなければいいのに、二人とも接点が多すぎないか? まぁ、ゲームの仕様なのだから仕方がないか。嫌いなもの同士が居ることで、主人公の瑠璃ちゃんが輝くようにシナリオが出来ているのだろう。

「猫目はどうでもいいから、とにかく。無理に先輩に会いに行って幼少イベントを起こす必要はないと言っているのよ。もう、できなくなったことを無理にやろうとして、先輩が不信に思う可能性は考えていないの?」

「でも、従妹なんだから邪険には扱わないだろ。高校で初対面な、従妹とかありえないだろ」

「そうよ」

「いいじゃない。まだ高校生なんだから、知り合っても仲良くなれる機会はあるわよ。大人になってからなら、微妙な距離感しかできないでしょうけどね」

 三十歳まで生きていた記憶のある私はわかる。高校までなら従妹として初めて知り合っても仲良くなることはできる。でも二十を超えてから知り合っても、打ち解けるまでには倍の時間がかかるだろう。

「中学で知り合った方が仲良くできる可能性が広がるじゃない。先輩と仲良くできたら楽しいと思わない?」

「ゲームの柘榴先輩が居たらなら楽しいでしょうね。でも、瑠璃沢、金剛君。あなたたち二人、自分がゲーム内の性格と同一だと思っている?」

 お姉言葉の金剛と、やたらテンションが高くなる瑠璃沢。どちらもゲーム内のキャラとは違うとはっきり断言できる。自覚のある二人は言葉を詰まらせた。

「でしょう。自分たちが違うのに、先輩がゲーム内の性格と同じって考えるのは、都合がよい考えよね」

「そ、それを確かめに行ってきてよ! 私は、他のキャラたちが私の知っている中で行動していると知っている! でも柘榴先輩は、北海道に居るから確かめた事はまだないの。そこまで言うのなら、鈴が自分で確かめてきてよ!」

 瑠璃沢が私に『北海道迷子大作戦!』と書かれたノートを渡してきた。

「嫌だって。そこまで言うのなら。瑠璃沢が金剛君と二人で確かめて来たら? 瑠璃沢の特技はストーカーでしょ?」

「ストーカーじゃない! 見守っているの! ストーカーじゃない!」

「はいはい」

「少なくとも月長は、俺から見ても、鈴ちゃんと同じに見える。意図してそうしているのだろうが、先輩の性格がどうなっているかわからないだろ。そこまで嫌がるなにかがあるのか?」

「初めに言ったでしょ。母には新しい旦那さんが居るの。そこに私が行って不仲にさせたくない。それから今度私の事を意図して、鈴ちゃんと同じ行動をとっているって言ったら、あなたが、中身女の子だって他の攻略対象にばらすわよ。更衣室では気を付けなさいってね」

 瑠璃沢に言われるのは、会った当初からだから慣れている。それでも瑠璃沢は私が鈴ちゃんに成りたがっていると思っている様子はない。だから許せるが、この金剛は自分が、ゲームの金剛と同じようにしているからと、私まで同じようにしていると思っているようで腹立たしい。

 不機嫌な事を隠さず睨みつけると、金剛は怯んだようで静かにうなずく。

「鈴ちゃんより女王様……」

「なに? 鞭で打たれたいって?」

「金剛ちゃん、鈴は本当に鞭持っているから気を付けたほうがいいよ。私も叩かれたことあるし」

「本当か?」

 二人が体を震わせて怯えたように私を見た。鞭と言っても、SMの鞭じゃない。乗馬用の鞭だ。小学生の頃、私の家に遊びに来た瑠璃沢がうるさくなって、勉強しろと机をたたくのに使ったものだ。瑠璃沢本人を叩いたことは……たぶんない。




「まぁ、そこまで嫌がるなら俺たち二人で、先輩の様子見に行かないか?」

「付き合ってくれるの?」

 金剛が瑠璃沢を誘う。初めからそうしていればよかったのだ。

「いいよ。一緒に先輩を見に行こう」

「ありがとう! 私、飛行機一人で乗った事ないから不安だったの」

「俺は何度か乗っているから大丈夫」

「頼りになりそう! 嬉しいな」

 瑠璃沢が嬉しそうに笑う。

「俺、中身女の子だから、部屋とか同じでもいいよね」

 金剛と瑠璃沢が手を取り合って笑いあう。

「もちろんだよ。私の御小遣いじゃ一人で飛行機乗って泊まるのも大変だもの」

「女の子同士で旅行って久しぶりだから楽しみだわ。夜に『宝学』トークしようね!」

「いいね! 楽しそう!」

「というわけで、月長は柘榴先輩の家もとい、祖父母の家の住所教えてくれよ」

 図々しく住所をよこせと手を差し出す金剛の手をパシッと払い避けて、引っ付いている瑠璃沢を剥がして、廊下に連れ出す。

 金剛はいぶかしげな顔をしていたが、気にしない。

 

 連れ出されて驚いている、瑠璃沢に私は詰め寄った。

「瑠璃沢、本気で言っているの? 昨日は関わりたくもないって嘆いていたのに、金剛とお泊りって、一応あいつ男だよ、わかっている?」

「わかっている。中身は女の子だよ。警戒する必要ないじゃん」

「もし男になったら、射精してみたいって思ったことない?」

「ちょ、何言っているの!?」

 瑠璃沢が、顔を真っ赤にして言う。

「私はあるよ。中学ってしかも、思春期真っ盛りで、やりたい盛りじゃない。ある程度事情を察している女の子を実験台にって思ってもおかしくないでしょ?」

「なんでそんな風に考えられるの!? 信じられない」

「下世話な事だけど、やってもいいと思うなら、行ってもいいと思うけど、やりたくないなら、やめておきな」

「さっきは行けって言っていたのに、今度は行くなって言うの?」

「覚悟があるなら、どうぞって話」


「そんな心配するなら、月長も来るか?」

 ドアを開けて、金剛が不敵に笑っていた。私たちが何を話しているかわかったのだろう。

 わかっている。杞憂に終わることはわかっている。でも、お姉言葉で『宝学』を語っているからと、金剛を信用できていない。金剛が本当に前世は女だとしても、体は男だ。しかも、瑠璃沢はこの『宝学』の主人公でもある。やましい気持ちはなかったとしても、二人にして何か問題が起きたら恐ろしい。

「……行く」

 瑠璃沢が、びっくりした顔をしてから、嬉しそうに笑った。含みのある笑みに眉間にしわがよる。

ここで、別に瑠璃沢を心配してついていくんじゃないんだからね! とか言わない。言わないからね!







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