四話
予鈴が鳴り響く中、私と、瑠璃沢と金剛は多目的室の中にいた。教室から離れた部屋ではあるが、生徒たちが自分たちのクラス内に入ったようで静かさは一層増していた。
金剛が転生者。私と、瑠璃沢と同じ。それも女の子。
「今まで誰にも相談できなくて、どうしようかって、思っていたの。でも。自分が好きなキャラに生まれ変われていると思うと嬉しくて」
一見凛々しく目を引く容貌の少年が、もじもじとしながら告白する。元女の子だと言う事はわかっているが、女言葉をしゃべる少年の姿がシュールすぎて見ていられない。
「今まで、他の攻略キャラたちと接触はしていないの?」
金剛は首をふるふると振る。その可愛らしい動きは何だ。男子生徒がやっていいしぐさじゃない。今まで陰から見ていた金剛と言う男子生徒との違いが、違和感になり頭を悩ませる。
「もしかしたら、自分と同じかもしれないとは思わなかったの?」
「だって、金剛は、カリスマ性はあるけど、小中は孤高の王子さまって感じでしょ?」
「はぁ?」
金剛が自分に酔っているように言うので思わず、眉間にしわが寄る。私の隣では私とまったく正反対の態度を示す少女が居た。
「わかる! そうだよね!」
瑠璃沢は目を輝かせて、金剛の手を取る。
「そうそう! 中学二年の時に、柘榴先輩と会うまでは誰も寄せ着かない感じなのよね!」
「そうなの! さすが瑠璃ちゃん! わかっているね!」
二人は立ち上がりお互い興奮したように手を握り合う。
「金剛と柘榴先輩の出会いは奇跡よ! あの話はもう、男の友情! って感じで私も大好き! 腐じゃないけどあの二人の友情は永遠だと思う!」
「ね! 今から他のキャラたちと仲良くしていたら、先輩とあの友情話が見られないじゃない! そんなの金剛に生まれてあり得る?」
「ありえないわ!!」
「でしょ!」
金剛と瑠璃沢がお互い分かり合える友達ができたようで、はしゃいで盛り上がっていた。私は二人のやりとりにドン引きだ。金剛は自分が好きなキャラに生まれ変われたからには、自分の好きな場面は体験したいと思っていたのだろう。
柘榴風太私がクリアした二人のうち一人の先輩キャラだ。茶目っ気のある先輩キャラで、後輩思いの二つ上の先輩だ。高校からの入学組だが、その嫌みのない明るい性格から人気者になった。高一の時に中学二年生の金剛と会ったのだろうが、その時の話を私は知らなかった。確か私の記憶では、瑠璃ちゃんと柘榴先輩が出会った頃は、ほとんどの攻略キャラと親しげで兄貴分というような感じだった。
「どんな出会いなの?」
「金剛が家庭のごたごたで落ち込んでいるところを、柘榴先輩が元気づけてくれるのよ。煮詰まった金剛の理由を聞かずに学校さぼらせて、二人乗りの自転車で海沿いを走るあのスチルカッコよかったなー」
「男二人で、自転車を二人乗りで、海沿い走るって……」
「そうそう、ドラマCDもあるのよね!」
金剛がにっこりと笑う。
「あれいいよね! 私、あのCD聞くとき、あのスチル画面に映しながら聞くようにしていたよ!」
「私はカード持っているから、金剛と先輩のスチルカード広げて聞いていたよ! その横にその話を聞いた、二人の友情を羨ましそうに見えるように、膨れている瑠璃ちゃんのカードも置いてみるの。三角関係! って感じでも萌えるわ!」
「金剛ちゃんそっち系も好きな人?」
金剛ちゃん? 瑠璃沢の言葉に私は眉間にしわを寄せる。いや、確かに今の様子の金剛は「君」というより「ちゃん」だけど。何度も言うが、男子中学生が、お姉言葉を使っている姿は、見るものを困惑させる。
「そっちも好き! でも、NLもいけるよ!」
「……金剛君、柘榴先輩を狙っているの?」
私は嫌な予感がして聞いてみた。中身は女子だけど、姿は男子だ。腐要素が好きな女子としては、好きなキャラで色々出来そうでそれは喜ばしい事なのかもしれない。
「月長さん」
私の冷たい目に気が付いたようで、金剛は少しひるんだ様子を見せた。
「なに? 図星?」
「いや、そんなことは……。な、仲良くできたら、嬉しいかな、っとおもっただけで、別に、その、やましい気持ちは……」
金剛がしどろもどろに言う。金剛はやっぱり柘榴先輩が好きだったのだろう。だから、自分がゲームの世界に居ると言う異変に気が付きながら何も行動を起こそうとしていなかった。流れに逆らわずに生きていれば、柘榴先輩と憧れた出会いを体験できる。それを楽しみに待っていたのだろう。
「別に取って食いわしないわよ。なんでそんな怯えた目で私を見るわけ?」
「いや、ほら、柘榴先輩って、月長さんの従兄だろ。変に吹き込まれるのは困る」
「え? そうなの?」
私は意外な情報に驚く。
「鈴、自分の従兄なのに知らなかったの?」
「うち、親が離婚しているでしょ。母方の親戚と疎遠になっているのよね」
一応本家跡取りの父の実家には年二回以上は顔を見せていた。親戚付き合いもそれなりあるので、従兄の顔ぐらい把握している。でも母方の親戚とは幼稚園の頃に離婚してから顔を見せていない。母と会う事すら、年に一回だけだ。
「そっか、それは知らないのも仕方がないのかな。でも、鈴ちゃんと柘榴先輩の仲は良かったよね?」
「俺も、そうだったと思う。鈴ちゃんの続編版で柘榴先輩は攻略対象じゃないけど、ちょくちょく出てきて、他のキャラを牽制していたよな」
「ね、お兄さんって感じで、それはそれで面白かったよね。柘榴先輩も妹のような感じだって、自分のルートの時も言っていたよね」
「そうだったっけ?」
私は柘榴先輩をクリアしたけれど詳細まで覚えていない。ライバルキャラの鈴ちゃんが出てきていたような、出てきていなかったような。
「ほら、柘榴先輩と鈴ちゃんのドラマCDもあったよね」
「鈴ちゃんがお母さんに会いに小学生の時に、北海道まで一人で来て迷子になった時に助けたっていう話だな」
「そんなのあったんだ。じゃあ、もう話変わっているわね。私、母恋しさに一人で会いに行くって事したことないもの」
前世の記憶があった私は、母と電話で話すだけで十分だった。子供らしい母が居なくて寂しいという思いになったことはない。
母にはもう新しい家族がいるのだ。今後も、母とは疎遠になっていく気がするので、従兄として知り合う事はないだろう。そう話すと、瑠璃沢と金剛に睨まれた。
「なんてもったいない!」
「そうだよ! 柘榴先輩の妹キャラポジションになれるんだよ! なんでそれを逃がすようなことが出来るの!?」
「別に、妹キャラとか興味ない」
「この愚か者!」
なぜか、瑠璃沢に頬を叩かれた。イラッとしながら瑠璃沢を見ると、肩を震わせて怒っていた。
「鈴がやりたくないと、願うそのポジションになりたくてもなれない人たちが居ると言うのに、そんなこと言わないでよ! 自分がどれだけ恵まれた環境に居るかわからないの?」
「はぁ?」
「そうだ! 美形従兄と美形義弟の両手に花状態で妖艶に微笑む鈴ちゃんが見られないなんて冗談じゃない!」
「はぁ?」
「明日にでも、北海道に行って迷子になってきな! そこで柘榴先輩に会ってきなさいよ!」
「そうだ! 鈴ちゃんが柘榴先輩と会っていなかったら『従妹という存在』が体感できないじゃないか!」
「従妹という存在?」
「あ、私も好き! 金剛と柘榴先輩が登場していて、鈴と友人が条件のあのイベントいいよね! 二人が自分の従妹について語るんだよね」
ゲームのイベントにはその題が付いている、『従妹という存在』というイベント名のようで、二人で喜んで話し始めた。私はまた二人でキャッキャと話す様子を微妙な気持ちで眺めた。
この二人は本当に宝学の大ファンだったのだろう。普通のゲーム好きでは、イベント名も覚えていないし、ドラマCDも買わない。それにイベントスチルカードも買わない。その存在も知っている人は少ないんじゃないだろうか。
でも。もうなんだか、この二人のテンションに付き合うのが嫌になって来た。そういえば予鈴もなっていたと思い出し、時計を見るとすでにHRが始まっている時間だった。チャイムの音に気が付かなかった。
「二人とも、とりあえず、HRも始まっているからこの話の続きは放課後しない? 私の家に来てもいいから、今は教室に行きましょう」
「え? もうそんな時間?」
二人は時計を見て驚いて、それから三人で教室に行くことにした。