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二話

 宝石学園中等部に入り私と瑠璃沢は、めでたい事に同じクラスになった。


 学校自体は初等部からあるようで入学式は独特の雰囲気があった。外部性を値踏みするような視線だ。宝石学園はお金持ち学校とまでは行かなくても、それなりに良家の子供たちが通っていたようだ。学校に迎えの車が並ぶ列を見た時は驚いた。

 私も月長財閥の娘ではあるが、地元の市立小学校に通っていた。お受験はしたが、わざと間違えて落ちた。なぜかと言うと、浮気で離婚した父親に反抗したのだ。歩いて15分の距離にある学校に車に乗せられるのは、馬鹿らしいと思ったので歩通学していた。

 

 初等部からいる生徒は総じてプライドが高そうに見えて、厄介だった。瑠璃沢が言うには宝学の攻略キャラの7人中6人は初等部からの生徒らしい。私の義弟になる拓海も初等部からいるらしい。一度、瑠璃沢に連れられて見に行ったことがあるが、確かに生意気そうなガキだった。


 私と瑠璃沢は基本二人で過ごすことが多い。他にも話す女子生徒はいるが、男子生徒と関わることはあまりない。私は普通に話せるが、瑠璃沢は男子があまり得意じゃないらしい。あれだけ、宝学の攻略キャラのストーカーをしていても苦手らしい。理由を聞くと小学生の時に意地悪をされたことがあるから野蛮な子供は嫌いと言っていた。


 そんな時、ある事件が起きた。


 移動教室の後、私と瑠璃沢がクラスの中に入ると緑のノートを片手に数人の女子生徒が笑っていた。

「これ、誰が書いたもの?」

「え、きもーい」

「金剛×瑠璃ちゃんって書いてあるんだけれど、もしかしてこれ」

 教室に入って来た私と瑠璃沢に女子生徒が注目する。あぁ。あれは私も見覚えがあるノートだ。あれは瑠璃沢が瑠璃ちゃんノートと言って宝学の二次小説を書いて遊んでいるノートだ。授業中や、休み時間にニタニタしながら遊んで書いているものだ。


「瑠璃沢さんこれ、瑠璃沢さんの?」

 ちょっと派手目の生徒、紫藤さんが小馬鹿にしている様子で聞く。隣の瑠璃沢が顔を青くして立ちすくんでいる。紫藤さんは初等部からの生徒で、見るからにお嬢様で女子生徒の中心的な人だ。

 噂では、小学校の頃気に入らない生徒をいじめの対象にして遊んでいたひねくれた生徒だ。そして瑠璃沢情報によると金剛の時のライバルキャラらしい。

 女子なら逆らってはいけないと、本能的に思うような生徒だ。

「ねぇ、聞いているの?」

「この小説、ほんと気持ち悪い。金剛君と瑠璃沢さんが付き合っているみたいになっているんだけど」

 あぁ、それは、瑠璃沢じゃない。あくまでも金剛×瑠璃ちゃんだ。瑠璃沢は自分だと思って書いているものではない。

「あ、あの」

「なにぃ? これ本当に瑠璃沢さんが書いたの? 気持ち悪いー。妄想と現実見分けられないの?」

 口々に周りの女子生徒も紫藤さんに加勢して瑠璃沢を攻めていた。私は、震えはじめた瑠璃沢を庇うように立ち、それから紫藤さんたちに近づいて、睨めつけながら持っているノートを奪い取った。

「これ、私が――」

「俺が書かせた」

 私が奪い取ったノートをさらに奪った人が居た。そして私が言おうとしていた台詞を別の誰かが言った。

「え」

 私と他の女子生徒の口から洩れる。私の後ろに立っていたのは、中学生になったばかりだと言うのに人を一瞬で引きつけるような、容貌の少年だった。整った顔立ちにサラサラの金色の髪を軽くなびかせ、見るものを凍てつかせる様に鋭い眼つきで紫藤さんを睨みつけていた。

 すぐに私は誰だかわかった。金剛だ。遠くから二人で観察していることはあったけれど、クラスの違う私や瑠璃沢は話したことはないはずだ。


「金剛君、今なんて?」

「俺が書くように言ったんだよ。小説をかけるっていうから演劇部が欲しがっていたシナリオの原案を書いてもらっていたんだ」

「でも、なんで瑠璃沢さんが登場してくるの?」

「適当な名前付けろって言ったら、本当に適当な名前付けたんだろ」

 金剛がとるにたらない事と一蹴するように言ってから、緑色のノートを瑠璃沢に渡す。瑠璃沢は驚いて目をぱちくりしていた。

「金剛君本当? 本当は迷惑しているんじゃないの?」

 紫藤さんが疑いの目を金剛に向ける。金剛はまた鋭い眼つきで彼女を見た。

「しつこいな。お前に関係ないだろ」

 紫藤さんはそれから黙ってしまった。でも、瑠璃沢と私を睨みつけて、周りにいた生徒たちに解散を促した。


「おい、ちょっと来い」

「え?」

 金剛が瑠璃沢の腕を掴んで問答無用に連れ去ってしまった。私は二人を追いかけようと足を向けたが、出た先に二人の姿はもうなくなっていた。



 一時限をさぼって戻って来た瑠璃沢は、青い顔をしていた。どうしたか聞いても、あとで話すとしか言わず、何も言わなかった。ただ戻ってきた時に、持っていた緑のノートが無くなっていたことが気になった。




 学校が終わると私の家に瑠璃沢を連れてきて、何があったのか詳しく聞くことにした。瑠璃沢は私のベッドに寄りかかるように座って、クッションを抱きかかえている。

「金剛に私が攻略キャラをつけまわしていたのがばれていたの。俺の事、小学生のころからストーカーしていただろって」

「あぁ。まあ当たっているね」

 瑠璃沢がクッションを私に投げてきた。

「ストーカーじゃない! みんなを幸せにするために調査してたの! 私はストーカーじゃない!」

「はいはい。それで?」

「それで、私のノートが物質に取られて、金剛の下僕になるようにって言われた」

「下僕?」

「そう、私、金剛があんな、キャラだとは思わなかった」

「私たちだってゲームのキャラから外れているんだから金剛が違ってもおかしくないでしょ?」

「でも、現実で、俺の下僕にしてやるよって言う? ドン引きだよ!」

 瑠璃沢はベッドに顔を伏せて泣き始めた。

「金剛は、私の知っている金剛は鬼畜系でも俺様系でもなかったの! ちょっと根暗なところもあったけど、やさしくて気の利く王子様系なの!」

「理想と現実が違ったからって、嘆くなんて身勝手ね」

 瑠璃沢が勢いよく起き上がって、私の方を見てキラキラした目で見る。

「鈴ちゃんが、猫目にいったセリフと同じだ!」

「また? 猫目ってなんでそんなに鈴ちゃんに冷めた言葉ばかり言われているの?」

 私がゲームで落としたキャラは先生キャラの藍玉あいだま 弘樹ひろきと先輩キャラの柘榴ざくろ 風太ふうただった。だから猫目がどういうキャラだったのか記憶にない。

 私がため息交じりで言うと、瑠璃沢は嬉々として語り始めた。

「猫目は、非行少年だからね、優等生のお嬢様鈴ちゃんとそりが合わないの。というのもね、中学二年生の時に、鈴ちゃんと猫目が同じクラスになった時に学級委員の話を全く聞かない様子に、怒った鈴ちゃんが猫目を注意するんだけど。いい子ぶるなよって言われて、鈴ちゃんがブチ切れて、言葉の応戦をしたの。言葉負けした非行少年の猫目が怒り任せて鈴の頬を叩いちゃうの。そしたら、鈴ちゃんは近くにあった椅子を猫目に振り投げて、骨を折る怪我をさせるの。そこからもう、二人の仲が最悪なものになってね。退院した猫目も、鈴ちゃんを怒らせると怖いって思ったらしくて、鈴ちゃんの言う事は聞くようになるのよ。でも鈴は猫目の事が本当に嫌いになったみたいで、目が合うと挨拶のように辛辣な言葉を言うようになったの!」

 何という裏設定。もしかしたら、ゲームの中で語られている話なのかもしれないけれど、関わりたくない。まぁ、中学二年生ぐらいって荒れやすい時期でもあるのはわかるけど、骨折をさせるまで喧嘩をする鈴ちゃんにも引く。

「……二年生になっても猫目とクラスが違う事を祈るばかりだわ」

「でも猫目も本当はいいやつなんだよ。おじいちゃん子だから、認知症になったおじいちゃんにどう接していいかわからなくて、葛藤している少年なの。中学一年生の後半で老人ホームにおじいちゃんが入れられるんだけど、両親とか親戚の嫌な部分を見て、居場所が無くなったと思って非行に走っちゃうだけどさ。毎週金曜日におじいちゃんに会いに行く、おじいちゃん思いのいいやつなんだから」

「金剛がキャラ違うって嘆いていたのは誰? 猫目だって違うかもしれないわよ」

「むー。確かに……。今のところ私の知っている猫目なんだけれど、違うかもしれないって思った方がいいよね」

 瑠璃沢は鞄から宝学攻略書! と書いたノートを取り出し猫目のページを開いて唸り始めた。


「それで、金剛の方はどうするの? 下僕になるの?」

「いや! 絶対いや!」

 私が聞くと、瑠璃沢は激しく嫌がり首をぶんぶんと振った。

「一押しキャラだったのにいいの?」

「確かに金瑠は最強カップだと思うよ! 大好きだよ! でもそれとこれは話が別。だいたい私は金剛君が好きなんじゃなくて、金剛が好きなの! あんな俺様、鬼畜様は嫌い。関わりたくもないよ!」

「すごい拒否ぶりだね。一時限さぼっていたけど、その間何かされたわけ?」

 瑠璃沢の顔が面白いぐらい青ざめて行った。それから耳を塞いで顔をぶんぶんと振る。

「何もない何もない! あんないい声で、あんな言葉が発せられるなんて絶対幻聴!」

「そういえば金剛って本当に声優さんと同じ声だったね。それで、何を言われたの?」

 ほら、はきなさいよ、と瑠璃沢にマイク代わりにお菓子のポッキーを差し出して言うと、瑠璃沢はポッキーをがりがりと食べつくした。


「脅してきたの、俺の家の財力や権力を使えばお前の家なんか潰せるんだからって」

「ぶっ、わははは」

 私はその言葉を聞いて大爆笑してしまった。瑠璃沢も最初はむっとしていたが、あまりにひどい台詞だと思いだしたようで一緒に噴き出して笑いだす。

「え、金剛家って確かに良家だけど、何その勘違い発言! 家を潰すって、しかも、自分の力じゃなくてパパとママもしくはおじいちゃまの力に頼ろうとしている雑魚じゃん!」

 これはひどい、見事なまでの勘違い発言だ。瑠璃沢の家は確かに普通の一般家庭だ。でも裏設定で瑠璃沢の母親は旧華族の生まれで、お嬢様という設定がある。そして、ゲーム内では良家のキャラとエンドを迎える際に障害になる家柄をそこでクリアできる仕様になっていた。

 一般家庭だが、父親も良い職業についており、中の上と言った家庭環境だ。金剛家が圧力をかけてきたからと言って、どうにかなるようなものではない。それに、金剛の我が儘で圧力をかけてくるような家は屑だと思う。


「だから! 金剛は私の知っている金剛じゃないって事!」

「もうさ、それはかまわない方がいいね。痛い勘違い野郎は適当にあしらうのがいいと思うよ」

「うん。でも、物質はどうしたらいいかな?」

「そうね。あのノートに、どの程度の二次を書いていたの?」

「ほぼオールキャラで、ギャグからシリアスとか、イベント系の話とか色々書いていたの」

「なるほどね。今日の学校にいた内に奪い返せなかったのは痛いな。きっともうコピーも作られているだろうし」

「だよね……」

「それじゃあ、ノートの価値をなくしてしまうしかないんじゃない?」

「どういう事?」

「瑠璃沢が見られたら困るノートだから物質としての価値があるのでしょ。でも、オープンにしてしまえばその価値がなくなる」

「どうやるの? あのノートを他の人に知られたら、クラスの女子だけじゃなく、学園中の生徒からキモがられるよ!」

「自覚あるのね。そんなノート持ち歩くのが悪いわ」

「そうだけど、二次を書くのは楽しいんだもん」

「わかるけど」

 二次小説を読む楽しさや書く楽しさはわかる。授業中だとなぜかはかどりいいものが書けたりもするのはよくわかる。私も瑠璃沢が書く話は結構好きだったりもする。


 学園のアイドルで王子様の金剛を敵に回すと、周りの女子からだけではなく、先生たちからの風当たりも強くなる。初等部から、学園のヒエラルキーの頂点に君臨する男なのだ。

「まあ、私に任せなさい」

 私にはとっておきの秘策があるのだ。とんと、胸を叩いてにっこりと微笑んだ。


 

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