一話
勉強をしよう。目指すのは公務員。安定した給料と、休日と、年金。素晴らしい。
私、月長鈴は現在十一歳。小学六年生だ。将来のために、私は勉強を必死にやるのだ。それというのも、私には前世の記憶がある。
頭がおかしいと思われるだろうが、事実なのだ。三十歳の誕生日に死んだのをよく覚えている。ゲームや漫画が好きで、二次元に生きていた。年頃になったら彼氏もできるだろうと思っていたが、結局できないままあっけなく死んだ。
勉強も特にしていなく、近くのパン工場に勤めていた。誰にでもできるパンの包装の仕事。安月給のためにお給料はゲームや漫画だけで消えていき、貯蓄は殆どなかった。
特に楽しい人生ではなかったけれど、つらい人生でもなかったので、良しとする。
私には三十歳まで生きた記憶があった。だから、頭の柔らかい子供のころから勉強を頑張り今度はパン工場ではなく、公務員に。彼氏なし人生から、リア充になるべく、私は頑張ろうと思った。
幸い、私は美人顔だ。今から、ダイエットや美容に気を付けていれば、もてる自信がある。
小学校の帰り道変な女の子と出会った。それが、私の人生を大きく変える出会いだった。
「月長鈴、あなた、前世の記憶があるんじゃない?」
栗色の大きな瞳に、桃色のボブショートの髪に、私と同じ年ぐらいの少女がこちらを見て笑っている。何を言い出すのだろうと思ったけれど、前世の記憶があるのは本当だ。びっくりして声も出ない。
「あたりね。私は瑠璃沢 綾子。『宝石学園高等部ッ!』の主人公よ」
「…………えっと」
「なによそのかわいそうな人を見るような目! あなただって記憶があるでしょ?」
宝石学園。記憶にあるだろうか。前世の事をよく思い出してみる。記憶にない名前だ。
「宝学よ! アニメ化もしたし、超人気作品の乙女ゲームじゃない!」
怒鳴られて、あぁ。と思い出した。私も前世の時にやったことがあるかもしれない。でも確か、私にはあまりあわなくて、二人ぐらいのベストエンド見て売った気がした。
「宝学。流行っていたね。でも、もう覚えていない」
「なんですって! 馬鹿じゃないの! あの神ゲーを覚えていないなんて! というか、この世界がその宝学の世界だって気が付いていないの?」
「それ、本気?」
「あなたの弟、月長拓海だって攻略キャラじゃない。それで思い出さないなんて。馬鹿でしょ」
瑠璃は呆れた顔をするが、私は一人っ子なので、弟なんていない。
「……いや。弟。まだいないけど……」
「あ、そうね。弟ができるのは中学一年でお父さんの再婚相手で連れてくるんだったよね」
「うわ。お父さん、再婚するんだ……」
お父さんの浮気で、幼稚園の時に離婚している私にとって嫌な情報だった。ちなみに母に経済能力がないという理由で父が私の親権を裁判で奪い取った。そして、母は二か月前に別の男性と再婚している。
「そうよ。それで、ちょっと生意気な弟キャラの拓海のお姉さんで、瑠璃ちゃんの友人兼ライバルキャラ。続編ではあなたが主人公版も出て、瑠璃ちゃんよりも、鈴ちゃんは攻略キャラが三人だけで少ないけれど、その分内容が濃いのよね。ちなみに私は光鈴が一番好きなカップよ! クール&クールでたまにデレる鈴がかわいくてね!」
「はぁ……」
まだ会ったこともない光という人のカップリングを言われてもな……。
「と、言うわけで。あなたに協力してほしいの」
「え?」
「私、攻略キャラについて調べに調べつくしているの! その中で、一人だけ予想外の行動をしていたのがあなた。だから絶対前世の記憶があると思ったのよ!」
「そうなの?」
「えぇ。私オタクだからね! 少年時代の小話とかいろいろ読んでいたの。でも、鈴ちゃんはね。小学生の時は飼育委員でウサギ担当なのよ。でも、あなた学級委員と図書委員をやっているでしょ。だから、絶対、私と同じだと思ったの」
「そうだったけ? 一番勉強ができるって理由で学級委員押し付けられたんだけど」
「そうなの。他の人は私の知っている通りに、動いているけどあなただけ違ったの」
「それで、協力するって?」
「宝学の攻略よ!」
「……逆ハー狙い?」
「この、愚か者!」
なぜか、頬を叩かれた。びっくりして、瑠璃沢を見ると肩を震わせて怒っている。
「逆ハーなんて、この宝学にそんなエンドはないでしょ! ノーマルエンドはあるけど、それは友情エンドで、逆ハーなんて言える品物じゃない! それに、宝学のアニメだって、メインヒーローの金剛エンドだったじゃない!」
瑠璃沢の迫力に、私はドン引きだ。
「……ごめんなさい」
「いいのよ。邪道な事を私が考えていると思われたと思うと、つい興奮して叩いてしまったわ。ごめんなさい」
「それで、私に何を協力してほしいんでしょう?」
「私を見てどう思う?」
「へ? えっと、んっと……」
テンションが高いイカレタ少女?
「私、瑠璃ちゃんじゃないのよ」
「え?」
「瑠璃ちゃんと性格が全然違うの! 瑠璃ちゃんは、金剛相手だと、才女でどんなつらいことも前向きに考えて、金剛の心の闇も打ち負かし支えるだけじゃなく共に横を歩くだけの強さを持った少女! 赤玉相手だと、少し泣き虫だけど、お料理上手で、気配り上手。そっと寄り添って付き従って歩くような優しい女の子!
猫目相手だと、我儘少年を窘めるお姉さんで、非行に走る猫目を、危険を顧みず止めに入るちょっとおせっかいだけど勇気のある女の子!」
「あー。それ攻略キャラ全部に言うの?」
「だめ? まだあと四人、居るけど」
「瑠璃ちゃんが、キャラごとで性格が若干違うのはやってるから知っているよ」
宝学は一年間という期限が決まっていて、その中で恋愛をする物語だ。ルート確定が早い段階であり、選択肢で主人公瑠璃の性格が選ばれていく。攻略キャラにあった性格が最後には出来上がり、攻略キャラの好きなタイプというのになっている。
「瑠璃ちゃんになりきって、誰かを落とす? そんなの、宝学に対する侮辱だわ!!」
「……。そう」
瑠璃沢は宝学をこよなく愛しているのだろう。それは十分わかった。それに、瑠璃沢がちょっとやばい性格なのも十分わかった。
「それでね。宝学でキャラ達に瑠璃ちゃんの代わりになるかわいい子をおぜん立てしてあげたいの。だって宝学ってクリアすると、輝かしい幸せが手に入るけど、バットエンドだと死人も出る、鬱エンドじゃない。キャラ達を幸せにしたい! でも私には無理! 瑠璃ちゃんみたいには絶対できない! だから、同じ同志のあなたと一緒に、彼らに幸せになってもらいたいの!」
「別に、彼らの人生なら彼らが好きなように過ごせばいいんじゃないの?」
「あ! すごい! すごい! 鈴は、ちゃんと鈴ちゃんなのね! その台詞、猫目が補導されて警察の厄介になった時に、『あなたの人生なんだから好きなように過ごせばいいのよ』って冷めた目で、瑠璃ちゃんと猫目に言うセリフとおんなじだ!」
瑠璃沢が嬉しそうに興奮する。ちょっと、付き合うのが嫌になってきた。
「……そう、で。悪いけど、私、宝石学園にはいかないから。別の高校に行く予定なのよ」
「ダメ! 絶対ダメ! 鈴ちゃんが別の高校に行ったら宝学が成り立たないよ!」
「いやだよ、なんでそんな面倒そうな、宝石学園なんて行かなきゃいけないのよ」
「鈴ちゃんは中等部からの入学なんだよ! 今から受験しなきゃ!」
「いやよ、中学受験とか、何が楽しくてしなきゃいけないのよ。大体、私立の宝石学園は学費が高いんだら嫌だよ」
「何を言っているの、月長財閥のお嬢様でしょ!?」
確かにうちは金持ちだ。だから何だ。前世の記憶があるせいで、父親の不倫を冷めた目で見て早く自立しようと思っている私。神様が前世を消してまっさらな状態で転生させるのには、意味があるんだろうなと思う今日この頃。私のように、前世の記憶があるせいで、親を冷めた目で見ることになる。
学校のチャイムの音が流れてくる。5時になると流れるチャイムの音は小学生に遊ぶのを止めて帰るように促すものだ。瑠璃沢もその音を聞いて腕時計を見ると私を睨みつけた。
「私。鈴が宝学に入るっていうまで、毎日毎日会いに来るからね!」
「えー」
瑠璃沢は私の手を掴んでちょっと複雑な笑みを見せた。
「……妄想じゃなくて、よかった」
そう呟いた瑠璃沢は前世の記憶、それもゲームの世界という頭が可笑しいとしか思えない物を持って生まれた不安が現れていた。
それから、毎日毎日、やってきて、宝石学園に入るように進めてくる瑠璃沢を追い払う日々が続いた。結局私は、瑠璃沢の恐ろしいくらいの執念にまける。でも、瑠璃沢も中等部から入学するのを引き換えにした。本当の『宝石学園高等部ッ!』は名前の通り高等部に入学するところから始まるゲームで、瑠璃ちゃんも高校からの入学をする。だが、無理やり入れられる宝石学園に一人で入るのは嫌だったので、瑠璃沢も道ずれにした。中学から入った方が宝学のキャラたちをより観察できるし、幸せにさせられるよ、と瑠璃沢を騙し透かしたのだ。
なんだかんだで、私と瑠璃沢はすっかり仲が良くなっていた。
中学の入学式三日前。いつものように私の家にやって来た瑠璃沢がチャイムを鳴らしながら泣いていた。モニター越しに見て驚いてすぐに玄関まで迎えに行った。
「ずずー、ずずー」
涙と鼻水がとめどなく出ているようで、顔をぐしゃぐしゃにしている。持っていたハンカチを瑠璃沢に渡して、私の部屋まで連れていった。
何をそんなに泣いているのか、私は泣きじゃくる瑠璃沢が落ち着いてくるまで根気強くまった。落ちつた頃を見計らいどうしたか聞いてみた。
「私、フラグ折っちゃった。もう、私、もう、主人公じゃないんだと、思うと、わかってやったことだけど、やっぱつらい」
「フラグ?」
「そう、フラグ」
「何の?」
「覚えていない? 瑠璃ちゃんは、中学生になる前にペンダントを、宝石学園の前で拾うの。学校前ってことで、学園に届けようとするんだけど、他校生は入れないって断られて、交番に届けるの。三か月して持ち主が現れないから、瑠璃ちゃんのところに戻ってくるの。ペンダント。ほら、パッケージで瑠璃ちゃんが手に持っているペンダント覚えていない?」
涙声の瑠璃沢に言われて思い出してみる。確かに持っていた、ペンダント。そして「宝石学園高等部ッ!」でキーアイテムになるものでもある。確か、ルート確定すると、確定した人が落としたペンダントとなり、二人の物語にかかわってくるはずだ。
「私、そのペンダント、拾ったんだけど、それに、金剛家の家紋が、彫ってあったから、すぐに金剛のものだとわかったの。だから、金剛家のポストに入れてきたの」
涙を流しながら、詰まりながら泣いている理由を教えてくれた。
瑠璃沢は宝学に出ているキャラたちの家はもちろん、家族構成、趣味、行動範囲すべて調べている。だから家に届けるぐらい簡単にできたのだろう。
でも、そのキーアイテムのペンダントがなければ、ベストエンドを見ることはできないはずだ。
「それで、よかったの?」
私は瑠璃沢が異様なまでに、宝学を愛している事を知っている。最近では、中学の過ごし方を決めると言う会議を、春休みなのをいいことに三日に一度は私の家に泊まりに来て行っていた。会議と言っても、ほとんど瑠璃沢が一方的にしゃべるのを私が聞き流しながら、勉強をしている。うるさくなると、『瑠璃ちゃん』が成績下位者だったら攻略対象キャラに馬鹿にされそうだね。というと、主人公大好きな瑠璃沢は一緒に勉強を始めるのだ。表情がころころ変わる瑠璃沢は面白いし、可愛いと思う。何だか駄犬になつかれたようなそんな感じ。
「いいの、だって、あのペンダントを落としたと親族に知られて、鞭で打たれて、入学式まで地下室に入れられてご飯も食べさせてもらえないの。その傷が背中に残っちゃうの。ひどいよね、家宝だからって、子供にそんなことしなくてもいいのにね。一週間閉じ込められて、金剛気が狂うかと思ったって、それから暗くて狭いところが嫌いになるの。瑠璃ちゃんに語るそのスチルが切なくて辛くて、何度見ても泣いちゃうの。両親殺害エンドを回避することもできるし」
瑠璃沢を慰めるように背中をこすっていた手が止まる。今、最後に気になることを言っていた。
「両親殺害エンド……。そんなエンドがあったの」
「バットエンドの一つだよ。ペンダントが戻ってこないと、金剛家のごたごたを解決できないから、色々遭った後にちょっとした理由で金剛が、金剛家に火をつけるの」
「ちょ、ちょっと聞いていいかな?」
「何?」
「宝石学園ってヤンデレ系なの?」
「違うよ。本当に忘れているのね。闇を持っているキャラは多いけど、別に瑠璃ちゃんに対して監禁したい、とか俺だけを見られないなら目を潰してやる系の人とか、異様に独占力の強い人はいないよ」
「そうだよね」
私がやったことのある乙女ゲーでヤンデレはいなかった記憶がある。私はあまり好きではないのだ。独占力の強いキャラとかぐらいならまだいいが、キチガイとしか思えないヤンデレは見ていると病院行け! と言ってコントローラーやゲーム機を投げ出したくなる。
「……鈴は、続編は買ってないんだね」
「え? うん、二人ぐらい見て売ったから、続編が出てたとしても買う気なかったからね」
涙を止めた瑠璃沢がなぜかちょっと気の毒そうに私を見た。
「何? も、もしかして、続編の月長鈴が主人公のはヤンデレ系なの!?」
「ち、違うよ! ヤンデレ系じゃないよ! ちゃんと正当系! キュンキュンしちゃうんだから!」
瑠璃沢が慌てた様子で弁解するが、微かに目が揺れている。
「本当でしょうね!」
私は瑠璃沢に詰め寄る。
「あ、あのね。鈴ちゃんはクールビューティーなの。でね、大人っぽいの。でね、あのね、」
「なに? はっきり言いなさいよ」
「あの、続編の『続、宝石学園高等部裏ッ!」 は18禁なんだ」
「はぁ?」
「あ、でも、恋愛でそういう行為ってつきものじゃない? 別に変に考えてほしくないんだけど、強姦まがいなことはあるけど、そこにも愛があるから!」
私は、瑠璃沢の頭をべしっと音を立てて叩く。
「愛のある強姦ッ馬鹿か、強姦は強姦だ! 前に鈴は内容が濃いって言っていたけどそういう意味か!?」
何てことだ。中学はもう宝学に決まっているが、高校は絶対違う学校へ行かなければ。
「鈴! 違う学校行こうって考えてるでしょ!? いやだ、だめ、だめ! 一緒の学園生活過ごしてくれるって! ほら、この署名したの忘れたの?」
私が宝石学園に入学すると約束した日、一緒に宝石学園へ行きますと、一筆書いた。それを鞄から出して、瑠璃沢が主張する。私はその紙を奪って、さっきとは違う泣き顔の瑠璃沢の目の前でびりびりに破いた。
「酷いー」
「うるさい。そんな犯罪が起きそうなにおいのする学校になんて行くか」
「……強姦まがいするのは、拓海だから学校に行かなくてもイベント起きるかもしれないよ」
「まだ見たことも聞いたこともない義弟!? じゃあ、お父さんの再婚に反対する娘になる。再婚相手の奥さんいじめとうして別れさせる」
「あぁ。やっぱり鈴は鈴ちゃんだ!」
目をきらきらさせる、瑠璃沢を怪訝そうに見る。
「そのイベントね! 再婚相手のお母さんを蔑ろにすると起きるイベントなんだよ」
「くっ」
「それに、落ち着いて考えてみて。私、瑠璃ちゃんのイベントも、鈴ちゃんのイベントもどちらも熟知しているよ。もし、危険があるとしたら私と一緒の学校にいるなら教えてあげる! でも違う学校なら教えない!」
「卑怯だわ!」
「あぁ。確か鈴ちゃんのイベントに交通事故イベントや、ナンパで強姦されそうになるとかあったなぁ。でも、そうだよね。そういうの含めてこれから起こるかもしれない鈴の人生だと言うのなら私は、何も手助けしない」
「友達に不幸が起きると知っていてほっておくの?」
「私は助けたくても、鈴が私の手を振り払うっていうんじゃない」
瑠璃沢がにっこりと笑う。私は瑠璃沢を恨めしく思い睨みつけた。
「宝石学園高等部まで一緒だったら鈴が嫌だって事は先に教えてあげる。どうする?」
私は負けた。駄犬に噛みつかれた。人生何が起きるかわからないが、わかっている不幸なら回避したいと思うのは誰もが思う事だ。
結局私は瑠璃沢と同じ学校に通う事にしたのだった。