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星空にお祈り

星屑×軍服×腕章×ミミズ×小瓶

 


 男と出会ったのは、星の綺麗な夜のことだった。いつものように天体望遠鏡を覗いていると、向こうから声をかけてきたのだ。

「あんたも星が好きなんだな」

 振り返ると、軍服を来た男がすぐ後ろに立っていて、ぼくは酷く反応に困った。呆然と立ち尽くすぼくを見て、男はふっと息を吐く。

「隣、いいか」

「……どうぞ」

 そう返すと、男はぼくの隣に腰を下ろし、たばこを一本取り出した。オレンジ色の光がたばこの先に灯る。

「いい夜だな」

「そうですね」

「星空を見たのは30年ぶりだ」

 男の声は、温度のない雪のような声だった。男が辿ってきた人生も、感情も、すべて覆い隠した真っ白な声。

「なあ、俺の話を聞いていかないか。誰でもいいから話したい気分なんだ」

 無言で頷く。男は「ありがとう」と笑い、そっとたばこを天にかかげた。



「俺は、この街の地下に広がる貧民街の住人なんだ。ほら、あんたも穴蔵って言葉は聞いたことあるだろ。俺は、そこでは結構名の知られた存在だった。望んで地下に堕ちた好き者だってな。ついたあだ名がミミズだ。最近じゃ、周りの奴ら、皆俺のことをミミズって呼ぶよ」

「望んで?」

「そうさ。見てのとおり、俺は元軍人だ。金はないが、住む家くらいはちゃんとこっちにもあった。だが、俺は望んで穴蔵へと住居を移したんだよ」

「どうしてそんなことを?」

「逃げたんだ」

 沈黙が流れた。男は、たばこをを深く吸うと、気持ちを切り替えるように頭を振った。

「俺にはな、ダチがいたんだ。あいつの事はまだちっせえ赤ん坊の頃から知っていた。家が近所だったのもあって、どこに行くのも一緒だった

 あいつは、星を見るのが好きな奴でな。あんたと同じだ。望遠鏡を買うお金はなかったが、星が綺麗な夜にはよく外で星を見て過ごしたんだ。俺もよく付き合わされたよ。

 そんなある日、俺達が暮らしてた街の近くに、流れ星がおっこちてくる事件があったんだ。まあたいした事件にはならなかったが、あいつはひどく喜んでね。星崩を拾って来よう!って、俺を引きずって行ってさ。これが星崩のかけらだ~って言って黒っぽい石のかけらを小瓶につめた。俺も貰ったよ。石の入った瓶」

 肩を竦める男の首には、確かに小瓶が下がっていた。中に入ってるのは、石と、それからなにかの布きれだろうか。

「今も、とってあるんですね」

 そう言うと、男は意外にも首を振った。

「いや、俺はあれを、貰った次の日に捨ててしまったんだ。子供っぽいからってな」

「え……じゃあ、その瓶は、」

「俺のじゃない。あいつのだ」

 その言葉に思わず黙り込む。男はちいさく頷いた。

「ああ、あんたが思ってる通りだ。あいつは死んだ。戦場でな。死体を回収できたのは幸いだった。あいつは二階級特進した。一瞬で引き離されちまったよ。この瓶に入ってるのは、石っころと、それからあいつが生前つけていた腕章だ。俺と同じ二等兵だ……柄じゃねぇんだよ兵長なんて。俺の知ってるあいつは、石っころを星のかけらだと信じて疑わないような、子供のまま大人になっちまったような、そんな奴なんだよ。死んじまっても、それは変わらねぇんだよ」

「……」

「あの日から、俺は星が嫌いになった。星を見るとむしゃくしゃした。星が大好きだったあいつはもういないのに、なんで当たり前の顔して空に張り付いてんだ。星が大好きだったあいつが、独り占めせずに分けてくれたあの石を、なんで俺は捨ててしまったんだ。あいつの好きなものを、なんで平然と踏みにじったんだってな。

 そうなるともうダメだった。俺は逃げるように地下に潜った。ミミズってあだ名は俺にピッタリだと思ったよ。地べたはい回って糞でも食ってるのがお似合いだってな」

 男の声は淡々としていた。ぼくはなんだか無性に悲しくなった。

「じゃあ……どうして、こちらに戻ってきたんですか……?」

「……」

 はじめて、男の顔に変化が現れた。ぐっと何かにつまったような顔をして、新しいたばこに火をつける。

「……昨日、あいつの奥さんに会ったんだ」

 囁くような声。

「俺を探しに、わざわざ穴蔵まで降りてきた。そんで言ったんだ

 もう自分を責めるのはやめてください。主人は私によく言ってました。星が特別好きだったわけじゃない。あいつと星を見てる、その時間が好きだったんだ。小瓶に詰めたのは、星屑じゃなくて、あいつとの絆なんだって。それを聞いた私が、あの人はその小瓶を捨ててしまったのよと詰ると、あの人は苦笑して言ったんです。いいんだ、目に見える絆の形がなくたって、あいつと星を見てる間、俺達は確かに一つだった。それだけでいいじゃないかって」

「……!」

「そして、奥さんはこう続けた。私はあなたを許せないけれど、あの人はあなたが苦しむ事を望みはしない。あなたが星を見ることから逃げた事をきっと悲しんでいる。だから、もしあの人の事を想う気持ちがあるなら、また星空を眺めてほしい。その時、きっとあの人はあなたの傍にいる、ってな。

 それを聞いて、思ったんだ。今日は久しぶりに、ほんとうに久しぶりに、星を見ようって。ずっと地下に潜って、ミミズとまで言われた俺だけど、前向いてみようって。そんで、ちゃんとあいつに、お礼と謝罪とお別れを、ずっと言えなかった想いを、言おうって……!」

 男の肩は震えていた。男の声は震えていた。ぼくはただ黙って瞼を閉じる。

 男はしばらく俯いていたが、やがて震えた指で新しいたばこに火をつけた。

「一番最後に会ったとき、あいつは言ったんだ。また一緒にたばこでも飲みながら星を見ようって。お前と星を見ながら飲むたばこは特別なんだって。だから……」

 たばこを空にかざして男は笑う。涙にぐしゃぐしゃの顔で、それでも精一杯の笑顔で。

「俺もお前と飲むたばこ、好きだったよ」


 今までありがとう。


 おやすみなさい。






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