9.見栄と嘘と真実 その1
離宮までの道は外灯がちゃんと備えられていて、クレインやヒースの姿が見えた。
ろうそくではない魔法の明かりは、思いの外明るく歩くのに不自由はなかった。
離宮の入り口では、侍女達が待っていて、俺たちが入ると、扉が閉められた。
近衛や侍従長達は入り口で見送ってくれた。
普通の男はここに入れないのだろうか?
いや、昼間老人達はちゃんと中へ入ってきた。
この離宮に何か特別な決まりとかがあるんだろう。
それとも、就業時間とかだったりするのだろうか。
今度聞いてみよう。
リリの離宮での執務室へ入り、違和感を覚える。
なんか家具の配置が今朝と違う気がする。
「もしかして、机がひとつ増えてる?」
真新しい大きな机には、筆記用具と辞書、いくつかの紙がおかれていた。
リリの机と垂直に並んでいるが、部屋自体に狭さは感じさせない。
最初からそこにあったかのように自然だ。
椅子もかなりゆったりしていて、立派なものが置かれている。
忙しそうな侍従長が用意してくれたのだろうか?
案内してくれていた侍女さん達は、俺たちが雑談をはじめたのを見て奥へ下がった。
リリの着替えの支度でも整えに行ったのかもしれない。
部屋には二人きりとなった。
離宮の中は防音もしっかりしているから楽にしていいと言われ、ほっと息をつく。
「執務用の部屋は東の離宮にも用意する予定だが、ここにも必要かと。
グレッグは別に部屋を用意したほうがよかったか?」
「俺の机って事だよね。私室も一緒の方が嬉しいけど、リリはいいの?」
「公式に発表した以上、これからはグレッグも狙われる。私が側にいても防げるものでもないかもしれないが、ミーナや侍女達には、それらの心得もある。
その…黙っていたのは悪かったとは思っているのだが…」
王冠をつけたまま、申し訳なさそうにリリは言う。
そう言えば昨日は命を狙われる可能性があるとは言われなかったが。
まぁ、当然といえば当然のことだよな。
「女の子に守ってもらうのは格好悪いな。まずはヒースに剣術でも習おうかな。
騎士団長なのに剣術できないって致命的だしな」
「怒らないのか?」
「団長の件だったら、俺になんかつとまるのかなって今から心配してるけど。
俺の身が危険になるってのは、俺が家臣だったら、邪魔なものは排除するだろうし。
リリの家族の話も聞いていたし。予想はできた。
リリの側にいたいのならそれくらい当然かなって思うけど?」
「私の側に…」
失敗した。
リリに変に責任を感じさせないよう軽く言ったつもりが、彼女には辛いことだった。
当たり前だ。自分の家族のことなのだから。
大人のくせに、なぜこうも気が回らないのか。
大きく息をすって、リリの瞳をじっと見つめる。
「リリの一番側にいたい。
髪を乾かすときは俺を呼ぶこと。
それから、眠るときは必ず俺の側に来ること。
食事もなるべく一緒に取ること。
その指輪は絶対外さないこと。
婚約者ならそれくらいのわがままは許されるよね?」
「……怖くはないのか?」
「ここに来たときに死んでいたかもしれない。
いつもなら侍女さんたちがリリのそばにいたはずだから、捕まえられて、そのまま打ち首か牢屋入りの可能性もあった。
俺の現れたところが、海のど真ん中だったらおぼれ死んでいた。
それを考えたら、まあ今ちゃんと生きてるし、衣食住しっかり保証されてるし。
それに、まだ目の前で刃物を振り回されたわけでも、実際殺されそうになったわけでもないからなぁ。
困ったなとは思っているけど、まだ怖いという実感がないから」
半分は嘘である。一度だが毒殺されかけている。
まるっきり怖くないわけはない。
リリには、俺は大丈夫だと思わせたい。
ちっぽけな見栄だったりするが。
「グレッグのいた世界は、幸せだったのだな」
「平和だったよ。争いはあったけど、直接自分に危害が加えられるとかは少なかったし。
働けば、食事も娯楽も手に入った。ここよりもそういう刺激は少なかった」
「私は、願ってしまった。助けて欲しいと」
「それで俺が現れた? リリにとって俺は白馬に乗った王子様かな?
でも、大臣よりも酷い男かもしれないよ?」
リリは小さく首を振る。俺に向けられるのは悔恨の表情。
「リリ? 泣きそうだよ?
俺はリリのためにここにいるかもしれないけど、リリのせいでここに来たんじゃないよ?
もしかしたら、リリが祈ってくれたから無事に生きているのかもしれない。
それともリリが召喚魔法で呼んでくれたの?」
「毎日神に祈っていたから」
そうかもしれないとさらに表情を暗くする。
何だろう。何がきっかけで女王様はこんなに脆くなってしまったのだろう。
「何が怖いの?
俺が死んで悲しいと思われるほどまだ仲良くなってないと思うけど?」
「何故、貴方はそんな風に真っ直ぐでいられるのですか?
何故、私を恨まないのですか?」
幸せな世界から俺を呼んでしまったと後悔しているのか。
それとも、俺に責められてほっとしたいのか。
だか、さっき言った助けて欲しいと願ったというのは彼女の本心。
神様しか縋り付く相手のいなかった、たった一人の女王様。
俺を見上げているリリをぎゅっと抱きしめる。
「リリ、俺はこの世界に一人。それを知っているのはリリだけ。
もしリリに俺なんていらない、さっさとどっかいけって言われたら、どこにも行く当てがない。
だから俺は大人しくここにいるんだよ。
リリの言うこともちゃんと聞くし、俺にできる限りのことはする。
リリのお祈りだけで俺がここにいるわけではないことを知っている。
ここにいる間はずっとリリの側にいて、助けられる事は助けてあげる。
大丈夫だよ、リリ。俺はこう見えても結構強いから。
リリにいらないって言われないように頑張るから。
俺はリリを裏切れないから。頼ってくれていいよ?」
細くて、柔らかくて、いいにおいのリリ。抱きしめているとふんわりと温かい。
頬に軽くキスをして少し離れる。
リリは頬に手を当てて、じっと俺を見た。
「それとも、もう俺はいらない?」
首を横に振ってくれるリリ。少しだけほっとする。
これが俺をだまして利用してやろうというのならいくらでも裏切ってあげるのだが、なぜかリリの俺に対する態度は、嘘が見えない。
真っ直ぐで、守らなくてはならないと思わせるもの。
これが演技だったら天才だ。
まだ暗い雰囲気の彼女の手を取り、衣装部屋へと向かう。
ドアを開くと、待ちかねたらしい侍女さん達に囲まれた。