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8.お披露目と前祝いと

 広間といわれて思い描いていたのは、体育館だった。

式典などにも使われ、少し高くなっている壇上には貴賓席が設けられたり、学長が挨拶したりするそんな場所だ。

実際には、その数倍の広さ、豪華さだった。

 所々に立つ柱は上から下まで綺麗に彫刻が施され、広間の端から端は見えないほど広く、綺麗な花があちこちに飾られ、天井から吊り下げられた照明は、水晶でできているのか、キラキラと輝き、とても明るかった。

中にいる人々もきらびやかな衣装で着飾り、ざわざわとうるさいほどだったが、俺たちがはいるとぴたりとそれは止んだ。

人々は膝を折り、リリが中央の玉座のような立派な椅子に座るまで顔を上げない。

俺はリリの横に立った。


「顔を上げよ」


 女王陛下の言葉は隅々まで届いたと見えて、全員が真っ先に陛下を見つめ、隣を見ていぶかしげな表情をする。中には首をかしげている人もいる。

見慣れない顔にこれは誰だっけと思いだしている人もいるのかもしれない。

 そんな中から一人の男が悠々と歩いてきて、一礼した。


「女王陛下におかれましてはご機嫌麗しく。

本日もお美しいご尊顔を拝し、我ら一同恐悦至極に存じます」


 リリの方に近寄ってそう言ったのは、身分がありそうな服を着た年配の男。

鈍い金色の髪に濁った緑の瞳、顔も悪いわけではないが、性格は悪そうだ。

男としては、リリを褒めたのだから何か言ってくれるだろうと待っているようだったが、女王陛下は男を一瞥しただけ。


「皆、忙しいところよく集まってくれた。明日、私は二十歳になる」


 リリの綺麗な声が大きな部屋に響く。静かにしていた人々が口々におめでとうございますと祝いの言葉を述べながら、俺の方を見ている。


「隣に立つのは我が婚約者、グレッグだ。本日宣誓も済ませた。

これより後、私と同等の力をこのグレッグに与える。皆、心得るように」


 今まで不審、疑問の視線が、一気に敵意と値踏みするような視線に変わる。

特に最初に丁寧な挨拶をした男はすごい勢いで睨み、そのあと、引きつったような笑みを浮かべてから口を開いた。


「陛下、ご冗談が過ぎます。見たことのない男を連れてきていきなり婚約者などと…」

「ソロン公、冗談ではありませんぞ。昼間、私が証人として立ち会いました」


 金を貸してくれた老人が喜々として前に出てきた。

なんかすごく誇らしげに笑い、俺の方を見て嬉しそうに何度か頷いた。


 ソロン公、確かリリと婚約するはずだった大臣。

魔力が高いということだったが、それほどでもない。

多少強めの攻撃魔法なら何度か使える程度だろう。

リリよりもかなり弱いと俺は思うのだが、この国の人たちにとっては違うようだ。

公爵ということなら、王族の縁戚なのだろうか。

確かに広間に金色の髪は大臣とリリだけだ。

あとの人は金とは言えない茶色や、黒髪や、赤い髪、白髪。

貴族で金髪は珍しいのだろうか? 

町中でも金髪はあまりいなかったような気がする。茶色や赤い髪は結構いたけれど。


「セニールの言う通りだ。身分はないが、グレッグはこの場の誰よりも魔力がある。

私の夫になる資格は十分であろう?」 


 ざわざわとうるさい。

どうやら、茶色い瞳は魔力がない人の証というのがここの常識らしい。

こげ茶の髪に鳶色の瞳の俺は、魔力のない一般市民の典型といったところなのだろう。

それを婚約者だと言ったのは、大臣とどうしても婚約したくない陛下のわがままだとか、陛下の言葉を信じないのは不敬だとかいろんな話が聞こえてくる。

 確かにこの中で魔力があると言えるのはそう数がいるわけではない。

しかし目の色や髪の色だけで判断できるというのは俗説だとわかる。

後方の数名は茶色い髪だが魔力はある。

後ろの方に追いやられていると言うことは、魔力がないと思われているからなんだろうが。

さて、どうしようか。


「陛下、何をすれば魔力があると証明できる?」


 小さな声でそう聞くと、リリは満足げに笑う。

いつもとは違う女王様らしい微笑み。


「ソロン公は人形を大きな火で燃やし尽くしたことがあると聞いた。

それ以上のことができれば皆、納得するのか?」


 頷く人、俺を睨みつける人、疑う人、色々だが、セニールじいさんはなんだか嬉しそうにこっちを見たままだ。

一人でも期待してくれているのなら、それ相応の事をしたい。


 広間は特別に広いと言っても、城の中だからな。あまり派手なことをやると後片付けが面倒そうだ。

ここには、大きな窓と、外に出られるテラスがあるようだ。


「部屋の中でやるには危ないよ。

この外は庭だよね? もうすぐ暗くなるから、小石をいくつか集めてもらえる?」


 体格のいい騎士団の皆さんが、小石をこれでもかというほど持ってきてくれた。

夕闇が迫り、初めて聞く夜の鐘は思ったよりも大きなものだった。


「では明日の陛下のお誕生日の前祝いに」


 手に小石を持ったまま一礼して、テラスから庭へ出た。大勢の視線がついてくるのがひしひしと感じられる。教授達の前での発表に比べれば緊張はないが、どうにも鬱陶しい。

 城から少し離れ、安全だと思ったあたりで振りかえると、騎士達がずらりと並んでいるのが見えた。

他の観客は広間から出てくる様子もなく、リリと老人だけがテラスにいた。

白い衣装が輝いていて、まるで女神のように見える。

リリに手を振ってから、いくつかの呪文を唱え、夜空に思いっきり小石を投げあげる。


三・二・一!


小石が大きな音を立てて爆発する。

砂粒にまで小さくなったものが強い光を発しながら落ちてくる。

間をおかずに二つ、三つと投げあげる。

水の波紋のように夜空に光の花が咲く。

ゼミ発表の打ち上げでよくやった簡易花火だ。

派手な音と光。時間をかけて組み上げた呪文だと文字や、形、色なんかも工夫できて、遠距離での実験時にのろし代わりに使ったりもする。


 最初は破裂音に驚いて、剣を構えていた騎士達も、何度か繰り返されることによって、慣れてきたのか、ただ空を見上げていた。

リリは胸元で手を組み、夜空を見ていた。


 手元にあった石もつき、腕が少しだるくなったところでリリの元に戻る。

遠くで見ていたときも輝いて見えたのだが、近くに来てみるリリは一層綺麗だった。


「お気に召しました?」

「とても。すてきなプレゼントでした」


 俺を見るリリの目は本当に綺麗で、抱き寄せたくなるのをじっとこらえ、手を取って先ほどの場所まで戻る。今回は、周りの人々が俺の側からざっと離れた。


「グレッグの魔力は見ての通り。

東の離宮を魔法騎士団の拠点とし、以後、グレッグを魔法騎士団、騎士団長兼指南役に任命する」

「…仰せのままに。女王陛下」


 一礼したあと顔を上げると、リリは手を差し出した。

手を取って口付けると、ほんのりと頬が染まった。

どうやら彼女の意図していたこととは違うらしい。


 大人しく手を取って、退出する。大きな扉が後ろで閉まると、ため息が出た。

確か打ち合わせでは騎士団の先生だったような気がするのだが、今、団長にも任命されてしまったよな?

荷が重いんじゃないだろうか。俺には。

女王陛下の決めたことを今更撤回しますとは言えない雰囲気ではあるが、何とか方法を考えなくては。


 控え室でずっと待っていたのか、侍従長が一礼して迎えてくれた。


「陛下、食堂に晩餐の支度が調えてありますが、離宮にお戻りになりますか?」

「こちらでよい。ただし誰も通すな」

「かしこまりました」 


 侍従長は、食堂までの案内をして侍女に後を任せるとまた他の仕事があるのかすぐに出て行った。忙しい人だ。


 食堂はリリの離宮と違って広かった。十人以上座れるテーブルに二人分の料理が並べられている。

数種類の野菜料理、魚料理、肉料理とパンと飲み物。

こうやって一度に並べるのがここの作法なのか、朝と同じような配置になっている。

リリと向かい合わせに座り、彼女は神様への祈りを。

俺は祈る神はいないので、学生の時にやった毒味の呪文を唱える。


 …困ったことに反応があった。俺のだけ。


今でも覚えている、古代の宮廷文化とその魔法というレポートを書くのに調べた特殊な魔法のいくつかのうちのひとつだ。

呪文を唱えると、毒殺の可能性があるものだけ赤く光って見えるというもの。

当時は確か、たばこの吸い殻を混ぜた水で検証した。それと似たような光り方をしている皿がひとつ。

おいしそうな魚の煮物だったのだが、これはあきらめよう。

 その他は実においしい夕飯だった。食前酒も、ワインに似た果実酒もデザートにだされた甘い果実もとてもおいしかった。

 この食べられない一皿、誰が用意してくれたんだろうか。

給仕をしてくれたのは、見たことのない侍女。行動もおかしなところはなかったし、魚を残してもあっさり片付けてくれた。この人は違うだろう。


 それにしても、婚約発表してすぐとか、すごい行動力だ。

殺されないうちに犯人を捜そう。

昼までは毒味なんてただの冗談だった。

先ほどの大臣の俺を呪い殺しそうな目を見てふと思いついただけだったのだが。

まさか本当に反応があるとは。


 食事中は会話しないのがここの作法なのか、それともここで話をすることがよくないのか、リリは黙ったまま食事を終えると、静かに立ち上がった。

俺よりも先に侍従長が戻ってきて、リリの椅子を引き、案内をしてくれる。


目的地は城の外、離宮のようだ。



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