7.支度の間
馬車を降りて、城内に入った途端、リリはハンナさんに、俺はミーナに連れられて別々の部屋に押し込まれた。服を奪われ、湯浴みをしろと風呂場に押し込まれ、今まで着ていたのよりも数段豪華なものに着替えさせられた。
上着は俺にあつらえたかのようにぴったりで、袖も首周りも裾も今まで着ていたのとはまるで違った。金糸銀糸の服は少し首周りがきつく、袖も短めで、肩が動かしづらかったのが、今回のは、宝石付きで重くはなったが、生地も柔らかく、少し光沢のある紫と自分では絶対に選ばないような色だったが、着心地は数段上。動きやすかった。
着せてくれた人の機嫌はすこぶる悪かったが、手つきは丁寧で、完璧だった。
「ミーナ、リリはどこ?」
仕事を終えて、さっさと出て行こうとした彼女を引き留めて、訊くと、本当に嫌そうにこちらへと言って案内してくれた。俺がいた部屋からそれほど離れていない部屋にリリはいた。
真っ白のドレスに身を包み、幾人かの侍女が濡れた髪を乾かしている最中だった。
側によって侍女さん達の邪魔にならないよう鏡台の前に座るリリの髪に触れる。
「お邪魔しました」
魔法でふわりと乾いた髪にタオルを持っていた侍女がぎょっとしている。
ミーナと同じ年くらいだろうか。俺の顔を気味悪そうに見た。
鏡の中のリリが見える距離まで下がる。
化粧をしていなくても白く柔らかく美しい顔。
「ありがとう、グレッグ。助かります」
鏡越しにリリがお礼を言ってくれると、ハンナさんが一礼してリリの髪をすき始めた。
腰まである長い髪が高く結われ、残りを背中に流すようにする。
化粧も午前中にしたようなきつい感じではなく、どこか優しい柔らかい印象。
最後に金色の王冠が載せられて少し優しげな女王様の完成だ。
「綺麗だね。リリ」
「グレッグの服は父が若いとき式典のために作らせたものです。似合いますね」
「リリの隣に立っても大丈夫?」
「はい」
短い返事をきいてようやく彼女に手を差し出す。
肘まである白い手袋は細い糸のレースでできていて、リリの白い肌が見える。
素手よりも色っぽい。
綺麗な手がそっと重ねられて、リリはゆっくりと立ち上がる。
白という清らかなイメージの色を身にまとっているのに、色気を感じる。
襟もレースだが大きく開いているわけでもなく、裾も足が隠れるほど長い。
髪も化粧も上品で、どちらかというと清楚という雰囲気なのだが。
傾国の美女といわれても納得のできなのだ。
これで大臣しか婚約者候補がいなかったなんて絶対おかしい。
この色香で、迷わない男の気が知れない。
「陛下、殿下、お支度が調いましたら広間へお願いいたします」
いつの間に入ってきたのか、確か侍従長と呼ばれていた男が扉を開けて待っていた。
釘付けになっていた視線をはがし、リリと共に歩く。
心なしかリリの手に力がこもっているように思う。緊張しているのだろうか。
いくつかの扉を抜けて、大きな両開きの扉の前で侍従長は立ち止まった。
扉の前には騎士が二人。
「リリ。ちゃんと守るからね、婚約者殿」
空いている手でリリの手を軽く押さえると、目だけで女王陛下は笑った。
大きな扉はゆっくりと開かれた。