6.町の市場で発見
教会から近い立派な商店で一番安い革袋を買い、そこに余分な金貨と大きい銀貨をしまう。
貨幣は、金貨、銀貨は大小の二種類、銅貨のようだ。
細かいのを服の隠しにしまい、市場へと向かう。
城の近所は高級店ばかりで、気楽に見て回るという雰囲気ではなかったから、さっさと移動した。
市場は城からだいぶ離れたところにあったが、活気は凄かった。
食料品、衣料品、雑貨や家具まで置いてある。
それぞれが敷物の上に商品を並べたり、荷車をそのまま店にしていたりと色々だ。
リリの手を取りながらクレインの後に付いていく。
ヒースたちは少し離れたところから付いてきているようだった。
物資は豊かで平和な国というのが市場を見ての印象だ。
リリも物珍しそうにあちこち目を向けていたが、目立つほどではない。
「リリも市場はあまり来ない?」
「外にこんなに長く出るのは5年ぶりです。
父がいたときは時々代理で他国にも行っていましたが、一人になってからは年に数度、あの教会までしか…」
「そっか。聞いといてよかったよ。何か食べながらちょっと話をしようか」
お昼時だからか、あちこちの屋台からいい匂いがしていた。
たぶん城に帰れば用意してくれているのだろうが、遠いごちそうよりも近くのこのおいしそうなにおいたちだ。
ほどよく客のいる店に並んでみる。パンの間にいろんな物をはさんで売っている。
店主はそれほど愛想がいいわけでもなく、大柄の男だ。
顔もいいというわけではないから、売っているものがうまいのだろう。
「親父さんのおすすめ二種類。それと、飲み物も売ってる?」
「酒以外なら、はす向かいの果物屋に頼みな」
慣れた手つきで、干し肉を加工したものや、野菜、フライのようなものがそれぞれ少し硬そうなパンにはさまれていく。
代金を払って、いわれた果物屋へ向かう。
鮮やかな果物しか見えないが。
「ここで飲み物を頼めっていわれたんだけど」
「ちょっとまってな」
店番らしいおばさんは、そばで木箱を開けていた旦那らしき男に何か頼んでくれた。
男は大きななたを器用に使い、瓜のような大きな果物を加工していく。
中の種を取り出すと、それをおばさんへと渡す。
おばさんは、柑橘系の実をいくつか切り、その瓜の中に絞っていく。
そして最後に麦わらを二本さして手渡してくれる。
中をのぞくと、瓜の中は綺麗なオレンジの液体で満たされていた。
「ちょっと大きいけど銅貨二つでいいよ。
お嬢様は食べ歩きなんてできないだろう?
この先に広場があるからそこで食べるといいよ」
「ありがとう」
パンを持ったまま、リリをつれていわれた通り歩いて行くと、いくつかの椅子や、座れそうな岩のある広場があった。
周りでは楽器を弾いたり、芸をしている人がいたりと賑やかだ。
平らな岩のひとつにリリを座らせ、パンをひとつ渡す。
隣に立って自分の分のパンをかじってみる。
干し肉と果物のような甘い野菜が入ったものだった。
お城の中の柔らかいのと違って、食べ応えがある。
「リリ、食べないの? おいしいよ?」
両手でパンを持ったまま口にしようとしないリリ。
端の方をかじって、ジュースも飲んでみせる。
「毒味終了。ちょっと潰すようにすれば、リリの小さい口でも入るから」
それを聞いてようやく手が動いた。端をちょっと潰してから口をつける。
彼女の口にはどうも大きすぎるらしい。
食べ物は粗野だが、リリが食べる姿はなんだか上品だ。
ゆっくりと味わいながら幸せそうに食べている。
「とてもおいしいです。初めて食べました」
「リリの食事には向かないだろうけど、結構この町では食べる人多いみたいだね。
嫌いじゃなければこっちも食べてみる?
それよりもちょっと甘い感じだけれど、おいしいよ」
少しためらった後、俺の持っていたパンを食べて嬉しそうにするリリ。
王族ならこんな風に外で食べるなんてほとんどないのだろう。
少し離れたところで見ているクレインは何ともいえない顔をしていたけれど、とめようとはしなかったので良しとしよう。
のんびりと明るい日差しの中細かな打ち合わせをしながら、少し長めの昼食を終えると、二人でまた市場の中を歩いた。
古着屋を見つけ、いくつかの丈夫そうな服を買い、ふと振り向くと、リリが向かいの雑貨屋の方をじっと見ていた。
視線の先には毛のふわふわした柔らかそうなぬいぐるみ。
「リリ、どれが一番かわいい?」
彼女の手を引いて、ぬいぐるみの前に来ると、幸せそうに微笑んだ。
白や茶色の小動物のぬいぐるみ、馬のようなもの、ネズミのようなもの、神殿にあった像のようなもの。
それらの中からリリが遠慮がちに指さしたのは、大きさも子犬くらいの犬のぬいぐるみだった。
白いのを手に取り、触ってみる。
手触りもいいし、針が残っていたり、リリを傷つけそうなものは使われていないことを確認して、代金を払う。そのままリリに手渡すと、首を振って拒否された。
「私は大人です。人形など小さな子供のもつものです。いりません」
「リリの部屋まで、俺が持つね。枕元においておきたい。おいてもいい?」
リリは少し困ったように考えてから、小さく頷いた。
服の入った袋の中につぶれないようそっとのせる。
リリは時々その袋を気にしながら市場の中を歩いた。
服も買い、市場の様子もざっとだが見ることができた。
そろそろ戻ろうかと思ったとき、ふとリリの足が止まった。
彼女が見ていたのは、人形でも髪飾りでもなく、果物の山の前でじっと隙をうかがっている子供。
焦げ茶の髪の十二くらいの少年に見えた。
着ているものは丈夫そうだが、所々つぎはぎや穴の目立つ着古した服。
裕福とはいえない格好だ。
果物屋の親父も少年のことが気になるのか、他の客を相手にしても目を離そうとしない。
「グレッグ、あの子、魔力があります。防御、補助、回復が少し。綺麗な色です」
それを聞いて、果物屋へ向かう。
防御と補助はわかるが、回復まであるって、便利だなぁ、ここの世界。
少年のじっと狙っている柔らかそうな果物をいくつか買い、はい、と少年に持たせる。
「頼みがあるんだ。それ運ぶの手伝ってくれないか。
もちろん駄賃は払う。運ぶ先はこの先の教会。だめかな? 頼まれてくれないか?」
「何だよ、おじさん、いきなり」
まぁ、このくらいの子供にしたら、二十六の俺はおじさんだろうが。
少しいらっとする心を押さえ込んで笑顔にする。
「教会に何人かいるから差し入れしたいんだけどさ、荷物が多くなりそうだから手伝って欲しいんだ」
「やめときなよ、騎士様。荷運びなら他のやつに頼んだ方がいい」
果物屋の親父は、汚いもののように少年を追い払おうとする。
少年は何も言わずそっぽを向いた。
「いや、この子に頼みたいんだ」
「いいよ、おじさん、運んでやるよ」
「ありがとう、俺はグレッグ。君は?」
「エル。この親父より、向こうのおばさんの方がうまいの売っているぜ」
エルと名乗った少年は、果物屋の親父の怒鳴り声を無視してすたすたと道を歩いて行く。
その先には少年を見つめるリリ。
「リリ、エルが教会まで荷物運びを手伝ってくれるって。
さっきあっちにかごを売ってたからそれに色々買ってみんなに持って行こう」
「あんた、おじさんの彼女? 変わっているね」
結構失礼なことをしれっと言って、リリを見る。
「リリだよ。彼女も普段は城の中で仕事をしているんだけど、今日は二人ともちょっとだけ遊びに来たんだ。エルはこの町に住んでいるのかい?」
「俺たちが町に住んでいるわけないじゃないか。おじさん、よそ者だろう」
「そうなんだ。昨日からここに来たからさ、何にも知らないんだ。
エル、町には詳しいだろ? これからも色々教えてくれないかな?
俺も大人だからさ、他の大人に聞くのはちょっと恥ずかしいなと思っていたんだ。
リリはいいとこのお姫様だから町には詳しくないし。助けてくれるとありがたいんだけど」
「おじさん田舎者なのか。いいぜ。今日の案内料は銅貨三枚にしといてやるよ」
なぜか偉そうにエルはいい、金を受け取ると、かごはここ、食べ物はこっち、果物はこの店がいいと次から次へおすすめを教えてくれた。
さすがに酒のはやりは知らなかったようだが、他の店の親父にお勧めを聞いてそれもそろえてくれた。
優秀な案内人だった。
リリと二人で、市場の中を案内されながらおとなしくついて行く。
彼の勧める店はどれも新鮮なものを適切な価格で売る良心的な店主の店ばかりのようだ。
「リリ、どうしたの? 疲れた?」
かごに食料をもう詰められないほど買い込んだ頃、リリが足を止めた。
振り返ってみているのはエルよりは年上の少年たち。
親の手伝いなのか、大きな木箱を荷車に載せている。
金色の髪で身なりも悪くない。十五くらいだろうか。細身だがか弱いというわけでもない。
「グレッグ、あの、真ん中にいる彼もです。
ずいぶん偏った魔力。攻撃系特に、水。
彼なら騎士団でもいいくらいの魔力なのに…」
昼食から護衛に回ったクレインを見つけ、手招きする。
静かに寄ってきて、俺のそばに立つ。少年をスカウトしてくれるよう頼むと、また静かに彼は立ち去った。
「おじさんの知り合い?」
「リリのお兄さんみたいな人。俺は信用ないから見張られてたんだよ」
「なんだ。彼女じゃないんじゃん」
「昨日から口説きはじめたんだ。エルも協力してくれ」
「やーだよ」
日が暮れる前に帰るんだからとエルに言われ、急いで歩き出す。
日暮れにはまだ時間はあったが、思ったより長く居すぎた。
荷物を持っていない手でリリの手を引く。教会にはすぐに着いてしまった。
騎士たちは教会の中にいるのか、それともエルがいるから出てこないのか、姿が見えなかった。
教会の敷地内で、エルに礼を言って荷物を受け取る。
「エル、あさっての昼の鐘の頃、城に来て色々教えてくれないかな?
市場のおいしいものを三人分買って持って来てくれると嬉しいんだけど。
城の門で待ってるから」
今日のお礼とあさっての分だと言って、小銀貨を握らせる。
びっくりして目をまん丸に見開いたエルは、俺の顔と、自分の手を交互に見て、銀貨をぎゅっと握りしめた。
「わかったよ。田舎者のおじさん。あさっての昼な!」
最後まで名前を呼んでくれなかった生意気な子供は、それだけ言うと、元気に駆けていった。
「リリ、明後日の昼は一緒にエルの買ってきてくれたもので昼食はいかがですか?」
「わかりました。時間を空けます。あの子も魔法騎士にしてもらえますか?」
「本人がやりたいって言ったらですよ? リリの見立てでは素質はあるようだから、後は俺の教える魔法がこっちの人が使えるかどうかにかかっているかな」
不思議そうに首をかしげたリリの手を引いて、教会内へとはいる。
司祭の姿は見えなかったが、騎士達が揃って出迎えてくれた。
手近な人におみやげといって荷物を渡すと、年若い騎士はあっけにとられて、間抜けな顔をした。
「お待たせしました。わがままをきいてくれて感謝します」
一礼してからリリの方を向く。
再びリリを軽く抱きしめて、魔法を解く。
金色の髪、赤いドレスの美女は動かずに俺の顔を見ている。
騎士の誰かがほっと息をついた。
騎士達には、リリとミーナが入れ替わったように見えるのだろう。
「戻りましょうか? 女王陛下。お手をどうぞ」
少しおどけてリリに手を差し出すと、白く細い手が俺の腕に添えられた。
クレインの案内にしたがって、馬車へと向かう。
来たときと同じように隊列を組み、ゆっくりと城へ戻った。
馬車の中でこのあとあるお披露目の打ち合わせをしっかりしながら。