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58.バラトンまでの道


 前回訪れた教会の前は、今日はひっそりとしていて、周りに人影はない。

確か市場があった方はこちらだったと思うのだが、今日はにぎやかな売り声は全く聞こえなかった。


「今日は市場は休み? ずいぶん静かだけど」

「常設の店をのぞいて今日は休みです。明日から西側の通りに市が立ちますから」


 日にちによって、店を出して良い通りが決まっていて、今日は店舗として営業しているところ以外の店は出してはいけない日なのだそうだ。

馬車の荷台や、布を敷いただけの店は場所代が安い代わりに決まった日しか店が出せないそうだが、今のところ不満は出たことがないらしい。

店の場所もくじ引きで決めるのだそうで、目当ての店を見つけるのも街の人たちのひとつの楽しみになっているという。

他の街も同じ形式なのかと聞いたら、怪訝な顔をされた。


「いや、俺の知っている店って動かないものだったから」

「小さな町や村では商売をしている店は少ないですからね。

街の門まで少しありますから、この近くの貸し馬屋で宜しいですか?」


 近衛の馬を断ったから、ここから街の馬を借りてバラトンまで移動することになった。

本当なら街の門のそばに貸し馬屋が沢山あるそうなのだが、そこまで歩いて行くには少し時間がかかると言うことだった。


「門まで徒歩以外の選択肢はないの?」

「このあたりは騎士団の馬以外は乗り入れが禁じられていますから、今少し歩いて頂くことになります」

「門までなら辻馬車か門のそばまで乗合馬車に乗るということもできますが」


 珍しくいつもは黙っているリッジが教えてくれた。

城近くの店は貴族(お金持ち)専用という雰囲気があるから、そちらの方が良いと判断したのだろうか。


「騎士様が乗るものじゃない? 

俺のためなら気にしないで欲しい。

街の中をあまり見たこと無いから普通の人と同じようにやってみたい」

「わかりました。ではこちらへ」


 大きな通りに出ると、屋根のない馬車がいくつか走っていた。

ヒースがさりげなく手を上げると、そのうちの一台がそばで止まった。

屋根はなく、ゆったりと四人くらいが座れる丈夫そうな一頭立ての馬車だ。

他の走っている馬車も似たような作りで、どうやらこの街のタクシーと考えて良さそうだ。


「どちらまで?」

「門のそばの貸し馬屋まで」

「かしこまりました。足下お気をつけてお乗り下さい」


 御者の男はヒースの姿を見て、丁寧にそう言った。

通りの向かい側でも同じように馬車を止めた男達が、威勢良く御者と言い合っているのを見ると、こちらはどうやら上等な馬車らしい。

それとも騎士様を乗せると言うことで上品に喋っているのだろうか。

席に着き、用意されていたクッションを背にあてると、御者は一声かけてから出発した。


辻馬車(タクシー)は、のんびりと大通りを走り、城下町の壁へと向かっていく。

城の敷地も小さな町くらい大きいが、王都は流石大都会、町の壁が遠くに見える。

街の壁は二階くらいの高さで、街全体をぐるっと覆っているようだ。

所々に兵士が立っているのが見えたが、街の中は平和そのもの。

街の人たちも、兵士を気にするでもなく、子供達も走り回っている。

女性も買い物なのか一人で籠をさげて歩いているし、店舗も大きく扉を開いて、活発に商売している。


「王都は街自体が元気で豊かなんだ。これも陛下のおかげかな?」

「本当にありがたいことです。

騎士様方が、しょっちゅう見回りをしてくれますから、安心して商売ができますよ」


 御者は前を見たまま答えてくれた。

去年も実り豊かで、作物もそれほど上がらず冬が越せたと教えてくれる。

やはりどこもタクシーの運転手はお喋りなようで、治安があまり良くなかった区画が今は格段に住みやすくなったとか、東側の市はどこの店が安くなったとか、珍しい小物を扱う店ができたとか色々なことを知っていた。

その御者おすすめの貸し馬屋のそばで馬車は止まった。


 馬車を降りたヒースが振り返った御者に銀貨を投げると、男はそれをしっかりと受け止め、更に愛想良くまたご利用くださいと声をかけて、去って行った。


「辻馬車に銀貨一枚は多いよね?」

「通常の倍払ってます。一人なら銅貨三枚。二人以上なら五枚が相場ですから」


 チップなのか、情報料なのかはわからないが、良いお客だったな俺ら。

 貸し馬屋通りといっても良さそうなくらい、馬の看板が目立つ。

御者の言っていた青い馬の看板の店に入ると、ご帰領ですかと声をかけられた。

マントに背負い袋で中の服は見えていないはずだが、貴族に見えるらしい。

生誕祭が終わって、王都観光を終えた人たちが続々と自分の領地に帰っているらしく、安い馬や貸し馬車は残ってないとのことだった。


「他の店にしますか?」

「大人しくて丈夫な馬が残っていればそれで。

駆け足は無理かもしれないけど、普通にのっかっているのなら何とかなると思う」

「馬が苦手な方ならちょうど良いのがおります。

大人しくて器量よし、ちょいと値は張りますが、三頭まとめてなら大銀貨二枚。

いかがです?」

「馬を見てから決める」


 貸し馬屋の男は、自信ありげに笑うと、お待ちくださいと、奥へ引っ込んでいった。


「ふっかけられてる?」

「相場より少し高いですが、自慢の馬なのでしょう」


 連れてこられた馬は確かに器量よしだった。

目は澄んでいて、黒々としているし、毛並みは輝くようで、よく手入れされている。


「確かに美人だ。決めていい?」

「はい」

 代金を払おうとするヒースを止めて、店主に大銀貨二枚を渡した。

「確かに。では、保証金を」

「保証金?」

「東のチタ川に向かうのなら、バラトンに、西のココ川ならボルゴに同じ看板の店がありますので、そこへ馬を返して頂ければ、馬と交換に保証金をお返しします。

それ以外の町や村へ向かうのでしたら、店のものを一人つけますので、お好きなところで降りて頂いて構いません」


 馬を乗り捨てていいという発想は無かった。

貸し馬屋は基本的に船に乗る人のためのもののようだ。

港までの移動手段だから、こういうシステムが成り立つのだろう。

俺の質問が世間知らずを証明してしまったせいか、身分証の提示を求められた。

ヒースが代表して騎士の身分証を見せると、男は、納得したようだ。

たぶん世間知らずの男の護衛を騎士がさせられているとでも思ったのか、お務めご苦労様ですと、話していた。

開き直って、保証金の値段を聞けば、一頭金貨一枚だという。

高いと文句を言ったら、いい馬はどんなに買いたたかれてもこのくらいで売れるから、借りた馬を売り払われないように、適切な価格だと言われた。

騎士の身分証が無ければ本当ならもっと高いくらい良い馬なんですよと言われたら、素直に払うしか無かった。

おかげで馬は庶民には高すぎる乗り物だと理解はした。


「バラトンか、ボルゴの青い馬の看板の店ですね。必ず返します」

「そのようにお願いします」


 ヒースの手を借りて、何とか馬に乗せてもらうと、いい笑顔で男は見送ってくれた。

もちろん騎士二人は颯爽と馬にまたがり、リッジが先導、ヒースが真横に並び、乗馬の指導をしてくれた。

昔乗ったロバよりも、高い視界に気分良くまたがっていると、大きな門が見えてきた。

城門よりも広い街の門は、左側通行のようで、行儀良く出入りしている。

どちらかというと、入る方が手間のようで行列ができていた。

俺たちはリッジが見せた身分証で三人とも素通りさせてもらえた。

騎士というのは本当に凄い。


 門を出ると、冷たい風が吹き付けてきた。

少し開いていたマントをきちりと止め、前を向くと、前と左右に延々と道が続いている。

東へ向かう道は、見渡す限り小さな緑が芽吹いていた。

たぶん麦とかだろうが、ずっと先の方まで畑なのだ。


「見事だな」

「南門の付近は畑ばかりですからね。

東と西門の方は家畜や、野菜を主に作っていますからこれほど整然とはしていません」

「そう言えば、エルの孤児院は門の外だって聞いたけど」

「東に外の教会があります。孤児院も併設されていますのでそこではないでしょうか。

その周りには王都に住めないものや、市民証を得られなかった者達が住んでおります」


 ヒースによると、一番大きいのが南門。

東と西門はその半分で通行にも時間がかかるが、利用者は多いそうだ。

この街の外にある畑のほとんどは、街の中の人が使っていて、先ほどの辻馬車よりもっと安い乗合馬車で畑まで通勤というのがこの街の人たちの常識らしい。

家畜が居ても街まで帰ってきてしまうそうだが、それはどうなんだろうか。


 顔が凍るようなと言うと大げさだが、筋肉が動かしづらくなるくらいには冷たい風の中、馬の背に乗せてもらって、のんびりと移動していると、ぽつり、ぽつりと雨が降ってきた。

フードをかぶると、移動には支障が無い程度の小雨だ。


「乗馬を習いたいとおっしゃっていましたが、初めてにしてはずいぶんお上手です。

厩舎での手入れにも詳しく、馬にも慣れていらっしゃる」

「小さい頃はうちにいた家畜にのって遊んだりしたから、落ちないようにのっかっていることはできるけど、走らすのは自信が無い。

動物の世話もその頃していたことだから、何となく覚えているくらいだし」


 学校へ行く前は、ロバに乗ったり、嫌がる羊に乗って、振り落とされてみたり、羊の毛を刈ったり、そんな毎日だったから、どんな動物もそれほど苦手では無い。

学校に入ってからは、車や二輪車などがあったから、乗ることもなかったが。

たぶんヒースが言いたいのはそういうことでは無いのだろう。

俺が、ただの田舎者にしては色々おかしいんだろうな、きっと。

 それでも俺の横に並んで、俺が馬から落ちないよう気にかけてくれている。

護衛騎士だからと言うだけではないような気がするのだが、どうだろうか。


「もう少し背筋を伸ばし、どっかりと腰を下ろさないように。

馬の動きに合わせて下さい。

過度に足に力を入れたり、腹を蹴ると、走り出しますので、お気をつけ下さい」


 確実に筋肉痛になりそうな体勢を取ると、そのままバランスを崩さないように維持して下さいといわれた。

きついと文句を言いたいのだが、ヒースもリッジも言葉通りの姿勢で辛い様子はどこにもない。

太ももがじわじわと鍛えられているのがよくわかる。


「もうすぐ畑も途切れますので、そこからは速度を上げてみましょう。

昼頃にはバラトンにつけるはずです」

「バラトンは川のそばにある街なんだよね?

そう言えばここ川が無いけど、王都の水はどこから引いている?」


 見渡す限りの畑で、普通なら、そばの川から畑に水を引くとか、ため池が作られていてその水を使うとかするはずなのだが、それらしいものは見当たらない。

足が少し震え始めていて、気を紛らわそうと景色を見ていたから間違いないはずだ。

ずっと畑と小屋しか無かった。

雨が多い地域なら、わざわざ水をためなくても良いが、七日に一度の小雨では雨が多い地域とは言いがたいだろう。


「王都や、区画された畑には地下に水の道が通っていますから、水が無くなるということはありません。街の中でも四軒にひとつは共同の水場がありますから」


 地下水と言うことなのか、水脈が通っているのか水道のようなものがやはり魔法具で動くらしい。畑にはスプリンクラーのような物か、井戸のような汲み上げる装置、大きな建物は、一度建物の屋根部分のタンクに水が溜まり、蛇口をひねると、水が出てくるという仕掛けができているそうだ。

水が出なくなるとか、故障とかは無いのかと聞けば、一瞬だけ黙ったが、聞いたことがありませんと答えが返ってきた。

川の近くだと川から水を引いているが、町中で水に困ることは滅多に無いという。

ここは科学とか、動力エネルギーというものには縁がなさそうだが、その分、俺の居たところより‘魔法具’という違う文化が進んでいると言えるだろう。


「そのまま馬の動きに合わせて、少しずつ速くしていきましょう。

良い馬のようですから、もう少し肩の力をぬいても大丈夫です」


 速度を上げて、力をぬけと難しいことを言ってくる。

だんだんと速くなる馬の揺れに舌を噛まないよう口を結んで乗っかっているのが精一杯なんだが。


 畑を抜けると、たぶん雑草だろう様々な緑に変わり、低木、まばらな木々へと景色が変わっていく。

馬を走らせることに慣れてきたのか足は張っているが、顔を拭う程度の余裕は出てきた。

横にいるヒースはフードをかぶらず、濡れるにまかせている。

前方のリッジも同じようにしている。

視界が塞がるのがイヤなのか、騎士はこの程度の雨は気にもしないのか。

 天候のせいか、すれ違う人は少ないが、皆同じようなフード付きマントを羽織り、黙々と歩いている。

馬で移動する人は少ないものの、思ったより人が行き来している。

さすがに女性一人で歩いているのは見ないが、街道もある程度安全で物流もあり、街道自体も綺麗だ。

王都への道ということを差し引いても、これは女王陛下(リリ)の努力の結果なのだろう。

足やら背中が悲鳴を上げ始めた頃ようやく次の街が見えてきた。



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