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57.出立の朝


 いつものように明かりがついたままの部屋で、ゆっくりとベッドから起き上がる。

先ほどまで妙にはっきりした夢を見ていたせいか頭が重い。

いい夢だったら良かったんだが、同僚から、延々と俺だけ異世界に行ってずるい、自分も呼べ。

できなければ、どうやって行ったか教えろと散々耳元で叫ばれるという本当にやられそうなイヤな夢だ。

実際向こうと繋がる手段があったなら一晩中念話で同じ事をやられるに違いない。

向こうと繋がっていなくて本当に良かったと初めて思った。


 朝の支度を終えて、小さくまとまった荷物を背負って離宮の執務室に入ると、既に昨日仕上げた書類は消え、机の上は綺麗に調えられていた。

 食事を取る部屋に入ると、既に侍女さん達は働いている。

顔なじみになった彼女らは作業の手を止めて、深々と一礼してくれた。


「おはようございます。陛下はまだおやすみですか?」

「ただいまお支度の最中ですので、こちらにかけてお待ち下さい」


 食器が並びはじめたテーブルに温かそうなお茶が置かれ、座るよう促された。

ここのお茶は香りの良いハーブティーが多い。

朝らしくすっきりとした香りを楽しんでいると、支度を終えたのかリリが入ってきた。

立ち上がって出迎えた俺のそばに寄ってきた彼女はいつもより寂しそうな顔だ。


「おはようございます。グレッグ、顔色が悪いです」

「おはようございます。少し夢見が悪かっただけですよ。

ただの寝不足ですから」


 無理して出かけなくてもと言われないうちに、リリを席に着かせ朝食を始めてもらう。

ゆっくりとした食事を終えて、席を立とうとしたら、ミーナが大きな布でできた何かを持って部屋に入ってきた。


「すぐに止むとは思いますが、外は雨が降りそうです。外套をお召し下さい。

それとこちらをお忘れです」


 そう言って差し出されたのは見覚えのある剣と、ずしりと重い革袋、それにフード付きのマント。

剣は左の腰に吊り下げられ、旅費だと言われた革袋には沢山の金貨が詰まっていた。

たぶん一般庶民だったらこれだけあれば遊んで暮らせるくらいの額だと思う。


「馬の購入代金込みだよね。落とさないよう気をつけます」

「いえ、馬の代金は、書状にも書いてありますが、城に馬を納めたときに払います。

それは、全額旅費です。

使い切ったり、落としたりすると、補充はできませんので気をつけて下さい」


 きちんと封がされた手紙を渡してくれながら、リリはそう言う。

 預かった金貨は世界一周旅行でもするんだろうかという金額だと思うのだが。

王族ならこれくらい使い切れるのかもしれないが、(庶民)には多い。

何しろ旅費は俺の小遣い(金貨五枚)で何とかしようと思っていたくらいだから。

俺の世界なら、講師の初任給以上だと思うんだ、この金貨一枚。

金貨五枚あれば、たぶん三人でも五泊くらい豪遊できる。

いくら貨幣価値がわからないといっても、その程度だと言うことくらいはわかるんだが。

リリの顔を見ると、少なかったですかと訊かれた。


「家が買えそうな金貨だと思うのですが」

「旅先では何があるかわかりません。持っていなければできないこともあるでしょうから」


 そう言われてしまえば返すこともできない。

礼を言って、背負い袋と、服の隠しに分けてしまう。


 離宮の玄関には、旅支度のヒースとリッジ、騎士服のマーリクとクレインが待っていた。

リリをクレインに預け、出立前に挨拶に行きますと告げると、俺はミーナと護衛を連れ騎士団本部へと向かった。



 いつもより早い時間だというのに、本部前は人や荷車でいっぱいになっている。

ルーセント達見習いは、その荷車の整理、ルイスとラザン達(侍従と使用人)は職人達に説明をしているようだ。

人の間を縫って玄関までたどり着き、鍵を開けたところでルイスが俺に気付いた。


「ミーナ、ここの鍵を預けるから、中に誰も居ないことを確認して戸締まり宜しく。

あと、鍵を使うときはちょっと魔力を込めて欲しい。お願いできる?」

「お預かり致します」


 思ったよりあっけなく引き受けてくれたミーナは俺の用事がそれだけだと知ると、離宮の仕事があるからとさっさと戻っていった。

それと入れ替わるようにルイスが俺の方へ駆け寄ってくる。


「おはようルイス、昨日の書類直したけど届いてる?」

「おはようございます殿下。

ご指示の通り職人達には説明をいたしました。

使用人棟からということでしたので、今日中には窓の設置と内装を終える予定でおります。それで、騎士様方の宿舎は本当にあれで宜しいのですか?」

「まだ見習いだからね。正式に騎士に叙勲されたら変える予定。

で、問題の魔法具は?」

「明日の朝メッテル補佐官が技術者と共に点検整備を行ってくれることになりました」

「それなら安心だ。ルイス、後は頼む。

職人の皆さん、お願いします」


 本部の扉を大きく開け、中に入っていく職人達の邪魔にならないよう脇に避けていると、大柄なジンが彼らに混じって荷運びを手伝いつつ彼らを誘導しているのが見えた。

取りあえず中庭に荷物を置いてからそれぞれの作業場に散るようだ。

他にも騎士団に入ってくれた人たちが、それぞれにできることを手伝ってくれていた。

忙しそうなラザンにひとつ頼み事をして、リリの執務室へと向かった。



 「プラト伯には書状を渡せば、手配をしてくれます。

気に入る馬が居ない場合は無理に買う必要はありません。

気をつけて行って来てください」

「陛下もあまり無理をなさいませんように。

何かあったら、これ(指輪)に助けてとお願いしてみてください」


 後半はリリの手を取りながら、小さな声で言うと、はいと答えてくれた。

出かけると、外を見てこなくてはと決めたのは自分のはずなのに、この手を離すのが惜しくなってくる。


「行って来ます。あとはお願いします」


 リリのそばに立つクレインに頭を下げると、彼が黙礼してくれたように見えた。

今までだって、ずっとリリを守ってきたのはクレインなのだから、余計な一言だったのかもしれないと閉じた扉の先で思った。

さて、出かけるからには、しっかりと情報収集。

頑張ろう。


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