54.将来計画
中庭は綺麗になり、侍女さん達の姿はなかった。
貴族達も帰ったようで、下働き数名が掃除用具を持って俺たちを待っていてくれた。
そして、ラザンとジンがルイスと一緒に書類の仕上げをしているようだった。
「皆さん今日は本当にありがとう、手伝ってくれて助かりました。
明日から十一日まで、ここは改装に入ります。その間はルイスの指示に従って下さい。
レオ、ルーセント、エルはマーリクと一緒に訓練。
十二日には、先ほどの貴族達がここに入りますので、協力お願いします」
こちらがお願いする方なのに、言われた皆が深々と頭を下げてくれる。
自発的に仕事を見つけ、丁寧に対応し、俺の気付かないとこまで手伝ってくれる。
下働きでこのレベル。やはりお城勤めは皆エリートなのだろうな。
本日は解散と声をかけると、怖い顔のルイスが俺の方にやってきた。
「指輪の個数変更と、サイズの発注し直し、それから、家具の手配の追加、合格者への騎士団規則等の資料の作成に、送付の手配、一緒に入団の手引きなんかもあると便利だと思うけど、それも作って欲しい。
それと、改装の差配ルイスに任せるから、みんなの力を借りてやってもらえる?
今日はそこにいるラザンとジンが手伝ってくれると思うから」
怒られる前にとそれだけ並べ立てると、ルイスはあっけにとられたようで、反論が出てこなかった。
ラザンとジンは、預けた指輪を返しながら、結果を報告してくれた。
彼らには、見本の指輪で受験者の指のサイズを測ってもらった。
自分たちの分もちゃんと測ったかと確認したら忘れていたようだが。
子供達も今のところは小さい方で大丈夫のようだ。
引き続き宜しくと声をかけると、二人は元気よくお任せ下さいと答えてくれる。
「マーリクは子供達の体力作り。
あとは馬の手入れも教えておいてもらえるとありがたい」
「殿下、俺は殿下の護衛ですから、お側を離れるわけにはいかないのですが」
「三日間だけだから。頼む」
ヒースが頷いたのを見て、彼はわかりましたと答えてくれた。
これでこちらの心配はしなくていい。
本当なら改装中も色々やりたいことはあるのだが、全てを一人では無理だろうし、今は何より知らなければならないことがある。
全員を本部から出して、施錠等をし、城へと向かった。
俺とリリと護衛だけで陛下の執務室に入った。
まずはリリの魔法を解く。
侍女服から女王に戻った陛下を見て、クレインがそっと息をついていた。
「色々見てきたいので三日ほど外泊許可を下さい」
「外泊? どこへ出かけるのですか?」
「二泊三日で帰ってこられる最長距離の街? できれば誰かの領地。
害獣退治も騎士団の仕事に入れるなら、どんなものか見てみたい。
あとは移動手段として、騎士団に馬が欲しいから馬を育てているところが近ければそこも見たいけれど」
「兵舎のそばに使っていない厩舎がありましたね。あれは二十頭入りましたか?」
「はい、陛下」
リリの質問には迷いなくクレインが答えた。
机の上にあったベルをリリが鳴らすと、男が一人入ってきた。
東方の害獣退治について武官長を呼ぶように告げると、リリはそのまま席に着き、ペンを取って書類を作り始める。
軍馬の搬送依頼書のようだ。
「では、この時期なら東へ向かい、バラトンで船に乗り、プラト領ヨウロに向かって下さい。
軍馬の育成も行っていますし、グロリア領にも近いのですが、二年ほど害獣被害は作物と家畜のみ少々と報告が来ています。領主は水の防御魔法が得意です。四十代後半ですが、子供が魔法を使ったという記録はありません。
グロリア伯の話、武官長にも聞かせ対策を講じます」
先ほどの話が本当なら、他の領地でも被害が出ているはず。
跡継ぎが魔法を使えず、被害の申告をおさえているという可能性も高い。
有意義な校外学習ができそうだ。
案内や他に人手がいるなら誰かつけてくれると言われたのだが、ヒースとリッジがいれば大丈夫だと断った。
マーリク一人が留守番ですかと不満そうにしていた。
騎士団の話や、馬の話をしている間に、武官長、侍従長が文官を連れてやってきた。
文官は侍従よりもそでの広いゆったりとした服装だから一目でわかる。
彼ら文官は、城の中での書類仕事の専門家。
武官である騎士と同格で、大臣達の部下。
今までは直接お世話にならなかったが、これからは色々お願いすることが出てきそうだ。
外に待たせていたロベルトも中に入り、先ほどの話をしてもらうと、皆が真剣な顔で彼を見た。
「過剰に兵を得るための虚言でないと陛下の前で誓えるのだな? グロリア伯」
「昨年は、羽うさぎ、灰色熊等の討伐は行いましたが、青獅子は取り逃しました。
あれは、近隣の領地でも討伐された知らせがありませんでした。
十日ほどは山に戻りませんから、どこかで被害が出ているはずです」
羽うさぎは文字通り、大きな羽のような耳を持つ普段は大人しいうさぎだが、土の月と木の月あたりになると、異常な食欲を見せ、畑の作物や家畜だけでなく、人にまで襲いかかるそうだ。生息地は森や草原で、数は多く、その時期に兵や、近衛は中央の警戒に当たり、害獣となった羽うさぎを狩る。
灰色熊は普段山の中で暮らしているのだが、一年に何度か山から下りてきて暴れるのだそうだ。
青獅子はグロリア領の辺りでは一番大きく凶暴な害獣で、訓練された兵と、ロベルト親子で何とか追い払える程度。素早く、力強く、爪と牙で木の盾でも切り裂かれてしまうほどだという。
陛下のためにと言うよりも俺のためにロベルトは丁寧に説明してくれた。
武官長は昨年現れた東部の害獣で青獅子の記録は二件、うち、ロベルトの言う時期に合うものはないという。
それだけ凶暴な相手なら助けを求めても何の問題もないと思うのだが。
あるいはグロリア領で暴れて、そのまま住み処へ戻ったのではないのだろうか。
そんな疑問を口にしたら、動物を襲わずに住み処に帰るなどまずあり得ないと言われた。
武官長達が難しそうな顔で話し合っている間、小さな声でヒースに確認を取る。
害獣を見つけたらまずどうするのかと聞いてみた。
領民を避難させ、街の門を閉ざして、騎士団や兵の到着を待つのが、普通の領主の対応だとヒースが教えてくれた。
近衛も兵士達と一緒に害獣退治をするからか、羽うさぎなどの中央に出現する小さなものはよく知っているという。
「騎士団の訓練として、それらが暴れる前に殲滅するとか、どう思う?」
「羽うさぎは害獣になっていない状態ならば、人を見れば逃げ出します。
殿下ほど素早く魔法が使えるのであれば捕らえることはできるでしょうが、殲滅してしまえば、それらを捕食していた肉食動物が人を襲う可能性が高くなります。
また、草食動物が草を食べなくなれば、植生が変わり、とれなくなる山の恵みも出てくるでしょう。害獣でない動物を意味なく殺すことはおすすめできません」
食物連鎖とかいう考えはこちらにもあるらしい。
普通と違う、狂った状態にあるのが‘害獣’と呼ばれ、退治し、そのあとは焼いて処分。
普通の獣は猟師などが取ってきて毛皮をはいだり、食用としてさばいたりするが、害獣を食べようとか、加工しようという馬鹿はいないそうだ。
説明を受けた俺が少し感心していると、ヒースはやはりご存じなかったのですねと呟いた。
「群れで移動するやつが全部害獣になって襲ってきたら、いくら騎士団でもきついんじゃない? それとも近衛には魔法を使える人が多いとか?」
「近衛は魔法を使えるものは少ないのです。ほとんど武力のみで退治しています。
群れる獣でも害獣となると群れから離れるようで、私が出会ったのは最大で四頭でした。
その時は泥ネズミでした。
騎士五名、兵士十名であたり、負傷者八名、場所はここより南西のココ川の川岸、発見者は船の見張りだったと記憶しております」
ネズミとうさぎはどちらが強いのかと聞くと、ネズミの方がたちが悪いとのことだった。
騎士団が見回るのは主に王都の近隣と、直轄地それと、各領地に年一度から二度査察に行くのだという。
ヒースの話を聞くと、害獣になるのには、何か別の条件があるように思える。
うさぎなどが食料を求めて狂ったように攻撃してくるのなら、群れ単位で害獣になるはずだ。それに、害獣の処分法も何か象徴的だ。
焼いて浄化するとか、そんな感じに聞こえた。
何らかのウィルスとか、病気で狂ってしまったとかその方が俺としては納得できるのだが。
「魔法騎士団が将来、害獣退治を行うと言っています。
武官長はそれまでの間、騎士団と兵で調査と討伐を」
リリ達は、今までの領主達の報告をもう一度洗い直し、三ヶ月後の土の月には東西の領地にある程度の期間滞在できるよう準備を始めると話していたのだが、いきなりこちらに話が振られた。
できるだけ姿勢良く立ち、武官長の視線に応える。
「魔法騎士団が、東西の害獣退治?
…近衛が直轄地と王都の守りだけに専念できるのであれば、治安も向上しましょう」
間はあったが、武官長は肯定してくれた。
近衛が楽になるくらい、魔法騎士団が活躍できるようにならなければならない。
少しは期待されていると喜ぶのと同時に肩に何かがっしりと重いものがのっかった。
「十日ほどで北の領主達が数名騎士を派遣してくるはずです。
彼らとグレッグなら、近衛と共に討伐隊に組み入れることができるでしょう。
二度と虚偽の報告がなされないよう徹底的な調査を命じます。
報告は書面と責任者が口頭でするように」
「恐れながら陛下、‘騎士団長’を危険に晒して宜しいのですか?
魔法で支援していただけるのはありがたいですが、護衛がいても戦闘となれば、万全はありません」
「グレッグなら大丈夫です」
女王陛下は俺を見ながらはっきりと言った。
何だろう。なんだか照れる。
「では、団長殿と、魔法騎士団の活躍を期待して計画をいたします。
宜しいですね?」
顔は女王陛下を向いているが、武官長は俺に聞いているのだろう。
いいえと答えることはできない。
しっかりはいと答えると、満足そうにロベルトを連れ武官長は出て行った。