52.青春だった
「自分の呼ばれたい愛称、年齢、魔法が使えるかどうか、志望動機ややりたいこと、得意なこと、不得意なことを教えて下さい。一人ずつこちらに来て私の前でお願いします」
三人ともが若い男で、顔立ちはそれなり、魔力も使えるだけある。
ただ、性質だけが良さそうとは言えない感じがする。
今までの人たちと違い、わかりやすく言うのなら、まだ反抗期継続中ですという顔。
ロベルトは、わざとそういうのを連れてきたのだろうか。
さっさと彼らを落として、試験を終わらせて、次へ行こうとして。
あるいは自分との差を際立たせるためにか。
三人の中には、先ほど生意気な態度だったこげ茶の髪の男もいる。
目が合うとなぜだかわからないが睨まれた。
「そちらの人からどうぞ。
素直に思っていることを言ってください」
なるべく優しげに聞こえるよう言い、手で目の前を示すとようやく少し離れたところに男が立った。
前髪が鬱陶しいくらい長く、うちの寮生なら、そろそろ床屋に行けよと声をかけたくなるほどだ。目に入りそうな髪を左右に分け、整髪料で固めているのか、髪自体が固いのか、つやつやと光って見える。他の二人も前髪が長いところを見ると、これがはやりなのか、彼らが仲がよい証拠なのか。
「ジョナス。二十二」
嫌そうに俺の前に来てそれだけしか言わない。
立ち方もバランスが悪く、片足だけに体重をかけた休めのような形。
とてつもなくやる気がなさそうだ。
取りあえず東西の領地を定期的に回るためには、ある程度の人数が必要だ。
戦力になりそうなやつは全部つり上げねば。
「他に言うことは? 言いたいことでもいいですよ」
「特にありません」
「さっきはあんなに元気に質問してくれたのに、私がちゃんと魔法を使えると知ったら、その元気はなくなりましたか?
それとも自分が魔法を使えるようになるとは思えないから試験に受かりたくなくなった?」
「どうせ落とすんだろう?」
彼はこちらを見ず、俺に聞かせるでもなく呟く。
そう言われると、受からせたくなる。
ちらりとヒースを見ると軽く頷いた。
どうやら彼もしくは、彼らが近衛を首になった人たちらしい。
三人とも茶色っぽい髪、身長も同じくらいで、着ているものも上等だ。
ここの常識では、典型的な魔法の使えない、身分の高い家の跡を継げない人たち。
名前だけの騎士団に入ってやろうとやってきたのだろう。
どうせろくな魔法も使えない、女王の隣に立つときの飾りにしかならない騎士団に入ってくれようと。
だけど、うちに入ってくれるのなら目一杯働いてもらわないと。
それこそ、悪さをする気力も体力も根こそぎ奪うくらい。
それにはまず、彼らをやる気にさせないと。
ちゃんとした騎士団として働こうと意欲が出るように。
少しのことでは逃げ出さないように。
「落とすかどうか決めるのは私です。
でも、残念ですね、受かる気がないなんて。
魔法の才能もありそうなのに。
ジョナスのような若く見た目もいい男が魔法騎士になれば、きっともてるだろうになぁ」
一緒に連れてこられた後ろの二人は、同じくやる気がなさそうだったのに、最後の一言を聞いて、ゆっくりと大きく開いていた足を閉じ、傾いていた姿勢を正した。
彼らには効果があったようだ。
問題の目の前の男はといえば、さらに不機嫌そうな顔になる。
「貴族の子息なら、綺麗な女性と話すなど当たり前のことなのでしょうが、私は先日の陛下の生誕祭で、沢山の綺麗な方にかこまれて、びっくりしました。
やはり魔法を使えると、注目を浴びるのだと気付かされましたよ」
背後にいるリリの視線が多少気になるが、彼らにとって、魔法騎士団に入ると、とてもいい事があるかもしれないと思わせなければならない。
貴族で、身なりも良いということは、金に困っていないし、働かなくても生きていけるはずだ。そうなると、残るは名誉か、色気かどちらかだと思ったのだが、釣れた様子はない。
挑発もだめ、えさにも食いつかない。
あとは何があるだろうか。
三人の中で一番強い魔力なのがこのジョナス。
城の中を歩いている侍従達がよくて三くらいの魔力しかない中、六に近い五もある。
中心になって活躍は難しいだろうが、やる気さえあれば、戦力として充分期待できる。
大勢の前で俺を馬鹿にするくらいの度胸があるのだ。
考えなしとか、冷やかしに来て文句だけ言って帰ろうとかしていたのかもしれないが、いざというとき動けるタイプのように思うんだが。
「近衛とはまた違った騎士団ですが、人々に憧れてもらえるような騎士団であり続けたいと思っています」
勝手にすれば良いとでもいいそうな冷ややかな視線をよこす。
これはだめかなと思いつつ、魔法騎士団が正式に稼動しはじめたら、いつも陛下のそばにいられて、自分には幸せな職場だと呟くと、ジョナスの顔色が変わった。
彼は陛下が好きなのか? もしかして。
だからなのか、俺に反抗的なのは。
憧れの女王陛下に、突然現れた婚約者。
そんなやつが作る騎士団なんか失敗させて、その場から引きずり下ろしたくもなるよな。
まして俺は貴族でもなく、急に現れて、憧れの人をかっさらわれたようなものだ。
俺でも文句のひとつも言いたくなる。
「陛下のそばで近衛と共にお守りできるよう騎士を鍛えていくつもりです。
ジョナスは近衛にもいたことがあるそうですが、健康上の理由で退団したとか。
今は元気そうですが?」
「近衛は肌に合わなくてやめた、だけです」
小さな声だったがこちらを見て、初めてまともな返事を返してきた。
近衛を規律違反で首になったのは知られているようだし、紛い物の魔法しか使えないやつだと恥をかかせようとしたが失敗した。どうせ試験は落とされるのだろう。
だが、もし受かれば陛下のそばに行けるかもしれない。
でもこいつの下につくのは嫌だ。
そんな心の声が聞こえてきそうだ。
どうやらうまく釣り上げられてくれた。
「わかりました。次の人、こちらへどうぞ」
ジョナスのえさが女王陛下なのはちょっと気になるが、にこりと笑って俺は終了を告げた。
頭を下げたのか、首をかしげたのかわからないような礼をして、ジョナスは下がった。
後の二人は、彼と違い、心を入れ替えてまじめに働くつもりだと宣言してくれた。
その後の面接は多少緊張やら、俺に対するおびえで固くなっていた人はいたものの、さくさく進んで何事もなく終了した。
親に強制的に連れてこられた地方貴族の子供や、暇だったからのぞいてみただけの人、やけに世辞を言う調子のいい男、東の離宮に入ってみたかっただけなんて人もいたが、それぞれそれなりに騎士団に興味や、やる気を持ってもらえたようだった。
ルイスにも、試験後の彼らの様子を知らせてもらい、少し話をした。
十一日には、全員分の書類も整うというので、騎士団の稼動は十二日からと決まった。
貴族なら城下に屋敷や宿泊施設があるそうで、三日ほどなら負担はかからないというので、合格発表に少しだけ時間をもらった。
ラザンとジンを呼び出し、仕事を頼むと、結果を待ちわびている受験者のいる中庭へと戻った。