51.領主の主張
「失礼いたします」
どうぞと言うのとほとんど同時に飛び込んできたのは、確かクレインに詰め寄っていた年配の男。
がっちりした体格、貫禄ある面構え、俺なんかよりよほど騎士団長という役職が似合いそうだ。
警戒するヒースが見えていないのか、気にならないのか、俺の目の前に立って、きちりと礼をする。
こちらの騎士特有の胸の辺りに手を当てて、上半身を倒す感じのものだ。
「グロリア領、領主ロベルトと申します」
「領主? 確か、試験の受験者ですよね? ロベルトさん?」
「入団試験を受けに参りました。
領地は息子達に任せ、陛下のお許しがあればすぐにでも爵位も譲る算段をいたします。
是非、私を団員の一人に。お願い致します」
白髪も混じってはいるが、ルーセントよりも少しくすんだ豊かな赤い髪。
少し長めの髪を整髪料で固めているのか、お辞儀をしても髪は揺れなかった。
肌は少し日に焼けていて、面接した中では一番丈夫そうだ。
「クレイン、知り合い? 現役の領主様みたいだけど」
リリの斜め前に立つ男に聞いて見ると、軽く頷いてはくれた。
答えてくれない彼に代わり、ヒースが教えてくれた。
元騎士団員で、南方の炎の盾と言われていた人らしい。
現在は、東方のグロリア領に婿として入り、領主を務めているそうだ。
「年は取っておりますが、体力には自信があります。また、実践的な魔法の使い方にも、騎士団員としての戦闘にも長けていると自負しております」
今までの人たちとまるで気迫が違う。
自分を絶対入れろ、入れないと損だぞとアピールしてくる。
「面接は三人ずつと声をかけたのですが、他の人はどうしたのでしょうか?」
「もめていたので先に入りました。
魔法騎士団が、団長の権威付けのためだけだと思っていた者達は戸惑っているようですし、先ほどの魔法を見て怖じ気づいた者達も多い。
侍従や他の者達に話を聞きましたが、正式な騎士はまだいないとか」
「その通りです。ロベルトさんは何故魔法騎士団に入りたいのですか?」
地位がないとか、騎士になりたい人たちが魔法騎士団に入りたいと思うのはわかる。
だが、この人は、今、領主を務めている人なのだ。
自分で年を取っているとは言ったが、まだ引退するには早すぎる。
かつて騎士だったそうだから、騎士になるという夢を叶えるためということもないだろう。
魔法に興味を持ったからというなら、中庭組に入っているはずだ。
「私は中央だけでなく、より多くの民に安心して平和で豊かな暮らしを送ってもらいたい。
リュクレイに住むもの全てを守れるようになりたいと思い参りました。
現在、北、南、近衛と騎士団はありますが、東西の領地は手が足らず、領主が兵を雇い何とかやっているのが現状です。
魔法を使えるものが数人でも育ち、それらの領地を回ってくれれば、どれだけ民は安心するでしょうか。
私はそのために働きたいのです」
「北と南の騎士団は山賊や海賊から国を守るために働いていると聞きました。
近衛は、王を守るためですよね。東西の領地には国の兵はいないのですか?
もしくは、騎士団を東西にもなんとか兵をまわしてもらうとか」
「年に一度程度の見回りや、その場限りの派兵では足りないのです。
団長は市井のお生まれだとか。それでは御存知ないのかもしれませんが、東西の領地にいる兵は領主直属で、そのほとんどが領民です。
盗賊などなら魔法を使える領主と数人の兵で間に合います。
ですが、害獣が出たとなると、町の門を閉ざし、領民は家に篭もり、過ぎ去るのを待つしか手がないのです。下手に追い払えば近隣の領地に被害が移るだけ」
「害獣?」
初めて聞く言葉だ。うちの方では、害獣と言えば、オオカミ、野犬、所によっては熊とか虎とか巨大鳥とか、凶暴なものもいるが、ここではどれだろう。
魔法と兵力両方でも倒せないものとなると、数が多いのだろうか。
町の中にいれば安全なのだとしたら、空は飛ばないのだろうから、獣なのか?
「団長は、中央のお生まれですか?
城のある中央付近では、近衛騎士団が随時討伐しますので、害獣など見たことがないという民も多い。
害獣とは、作物を荒らし、人を傷つける生き物の総称です」
「中央とはほど遠い、もっと田舎の人のいない森の中に住んでいました。
森の中で獣に襲われたりはしましたが、大体その日の夕飯の材料でした。
それを害獣と呼ぶのなら見たことはありますが」
「……そうですか。
団長ほどの力があれば、たとえお一人でも害獣退治など雑作もないことでしょう」
少しだけなんだか、あきれたようなそんな雰囲気が漂う。
ロベルト達のいう害獣と俺の思い描くものが同じかどうかはわからないが、俺の魔法なら倒せるだろうと判断されたのだ。
この人はグロリア領の領主としてではなく、もっと広い地域の人たちを救いたい。
そのために魔法騎士団に入りたいということらしい。
冷やかしでも、魔法の見学でもないようだ。
「私は、陛下を守り、陛下の代わりに働くことが努めだと思っています。
ロベルトさんのご希望に添えないこともあるかもしれませんよ?」
「民を救うことは、陛下をお助けすることに繋がる。そうは思われませんか?
先ほどの、団長の魔法の一部でも使えるものが増えれば、それは可能なのです」
説得するつもりが逆に説得されている気がする。
人々を害獣や様々なことから守ることで結局は陛下を守ることになる。
確かにその通りだ。
だがそうするとなると、魔法騎士団のあり方を根本から考え直さなければならなくなる。
城の中では陛下にくっついて歩くだけのお飾り。
町中では、小さな魔法が使える便利な集団。
人目のないところで治山治水のお手伝いと、領土の保全をなどと思っていたのだが、どうやらこんなに平和なのは、城のある中央一帯と、騎士団のいる北と南だけらしい。
そういえば陛下の祝賀会で、地方の領主達に是非領地に遊びに来て欲しいと熱心に誘われたが、ただ陛下の寵愛を受ける男と仲良くなりたいのだろうと聞き流していた。
彼らとしては、領地に来て、俺に害獣退治をやってくれというお願いでもあったのかもしれない。
東西の領地の害獣退治に必要なのは、移動手段と、核になる人と、知識。
思っていたよりもかなり攻撃的な魔法を覚えさせないといけないな。
色々なことが頭を過ぎる。
その間もロベルトは俺をじっと見ていたようだ。
軽く息をついて、真剣な眼差しに答える。
「陛下の許可をいただいてからとなるでしょうが、私がそれをするには知識がたりません。協力をお願いします」
「お任せ下さい。私の知る全てをお教え致します」
スパルタ教育確定とロベルトの顔に書いてある。
面接が終わらないと落ち着かないでしょうからと、彼は言い、外でもめている受験生を、三人引っ張ってきてくれた。文字通り首根っこ掴んで。
ルイスが、部屋の外で乱暴にしないようにとか、騒いでいたのだが、それをものともしない。
「では団長、手早く面接を終わらせて、私に時間を下さい。
まずはグロリア領付近の現状をご説明しますので」
一礼して出て行く領主様は、連れてきた三人を鋭い目で睨みつけていた。
しかし、彼らは自分の手や首の辺りをさするのに忙しく、領主を見てはいなかった。