50.それぞれの理由
「ガルと呼んで下さい。年は十九です。魔法は使えません。
得意なものは馬術です。不得意なのは細かいことです。
身分は低いですが、騎士になれるかもしれないと聞きこちらに伺いました」
「騎士になりたいと? 近衛でなくこちらを希望したのは何故?」
「幼い頃足を怪我したので、今も足を酷使することはできません。
騎士として働くには不十分だと近衛の試験には落ちました」
ずいぶんと素直だ。
潔いと言えなくもない。
「魔法騎士団なら、活躍できると思った?」
「盾にはなれます。伝令兵としてお役に立つこともできると思います」
そうだよ、ここは‘騎士団’なんだ。馬術訓練も考えなくてはいけない。馬も要る。
馬以外の移動手段を作るという手もあるが、最初は馬だろうな。
貴族の子弟なら、乗馬くらいは常識として身につけているだろうが、兵としての騎馬技術は特殊だろう。
ガルは魔力も平均以上、魔法よりも騎士になることの方に重点を置いているようだが、興味がないわけではないようだ。
中庭でも、皆の話を真剣に聞いていた。
後は彼にあったものを見つけるだけだ。
「魔法騎士団では、騎士見習いから下働きまで全員に何かしら魔法を使えるよう訓練します。魔法を覚える覚悟はありますか?」
「騎士になれるのでしたら、苦手なことも努力します」
「わかりました。では次の人、こちらへ」
少年は一礼して、心配そうにしているキルスの隣へ戻った。
注意深く見ていたら、ガルは少しだけ片足をかばうような歩き方をしていた。
言われなければ気付かないほどだが。
治癒はフォローしてくれる人がいない状態でする事はできないが、強化や補強することはできるかもしれない。
うまくいくようなら本人に覚えさせればいい。
次は黒髪の青年だ。
「ニルスと申します。年は二十五です。魔法は使えますが、本日はこの試験を受けた後、領地に帰る予定でおりました」
「面接を受けに来たのは冷やかしだったと?」
「正直申し上げればそうです。ですが、殿下の魔法を拝見できて心が変わりました。
私でもできるものであれば、殿下の元で魔法を訓練し、騎士として働きたいと思っております。爵位は兄が継ぐ予定ですし、この時期の仕事は済ませてきました。
得意なことは、農作業です。苦手なことは、計算ですね。よく間違えるので。
宜しくお願いします」
頭を下げてすぐに次の人に代わるべく後ろに戻ってしまう。
俺の魔法を見てやる気を出してくれたというのはありがたいのだが。
「ニルス、私の魔法を覚えて領地に帰るというのはできませんが、それは了承してくれますか? 理由は魔法の訓練のときに全員の前で説明します」
「殿下の魔法は殿下の許可がないと使えないと言うことですか?」
「そう考えて下さい。それでも入団を希望しますか?」
少し考えていたようだが、ニルスははっきりと頷き、はいと答えた。
自分の覚えたい魔法を覚えて、領地に帰るという考えの人も多いだろうし、俺の目の届かないところで好き勝手やろうという人がでないとも限らない。
ニルスは、自分の領地に魔法を覚えて帰ろうという典型だろう。
こういう人たちにも、魔法騎士団でずっと働きたいと思ってもらえるようにしなければならない。
「殿下、リチャードとお呼び下さい。年は二十八です。魔法は使えます。
今よりも多くの魔法が使えるようになればと思い参りました。
得意なことは書類仕事、不得意なことは絵を描くことです」
きちりと頭を下げる男は、とてもまじめそうで、これぞ好青年といった雰囲気だ。
愛称をといったのだが、本名だろうな、名乗ったの。
服も上等そうなものを着ているし、いいところの子息なのだろう。
少し緊張しているようだが、こちらを真っ直ぐ見て、俺の返事を待っている。
「魔法を覚えて何をしたいですか?」
「剣や槍よりも魔法が強いということを証明したいです」
意外と攻撃的な性格なのだろうか。
それとも強さを証明しなければならない環境にいるのか?
「すぐにも強い魔法を覚えられるとは限りません。また、適性がなければ使えない可能性もあります。その場合、見習いや、下働きになるかもしれませんよ?」
「きっと騎士になります。ご期待下さい」
魔法を使える人だからだろうか。自信満々だ。
期待させてもらおう。
最後は俺よりだいぶ年上の男。
中庭で話していたときもこの男が中心だった気がする。
「では、最後の方」
「グレン、三十四歳。魔法は二種類使えます。殿下の魔法が間近で見られると聞き参りました。得意なのは水の魔法。不得意なのは社交です」
青年二人よりも少しだけ魔力が高い男は、それだけ言うとお辞儀をして元の位置に戻ろうとする。
俺の前にもう一度立つよう言うと、素直に従ってくれた。
「魔法を見るだけなら、見学者でもよかったのではないですか?」
「見学者では間近に見ることができないと侍従が言っておりました」
ルイス、たまにはいい事する。
俺の魔法が見られると、受験者を募ったのか。
それなら冷やかしは多いだろうな。
だが、ニルスのように気が変わってくれる人も多いはず。
「騎士見習いには色々な魔法を見て、覚えてもらう予定です」
「色々な?」
「騎士団に入る気はありますか?」
「領地に戻っても、居場所はありません。お願い致します」
そうか、ここに来る人たちは、皆、領主になれないだろう人たち。
もしかしたら、この人達よりも、兄弟の方が沢山の魔法を使えたり、強い力を持っているのかもしれない。
リリも言っていた。地方領主の中には魔法が使えるものが居ると。
魔力って、遺伝するとは言わないけれど、親子で結構似るとか俗説があった気がする。
元々貴族の人たちは魔力がある人中心だったのだろうから、その子孫も魔力の高い可能性はある。
それに家ごとに口伝のような形で魔法が伝えられているのなら、彼らの使えると言った魔法はその家代々のものだけなのではないだろうか。
魔力があるのに使えない人が居るのは、その口伝が途中で間違ったとか、ちゃんと覚えられなかったからという可能性もあるかもしれない。
これだけ人数が居れば、そこら辺も聞き取りできる。
こちらの魔法について、何かわかるかもしれない。楽しみだ。
「見学者も含め、今この部屋に居る人たちは、魔法に興味があり、私の使う魔法を覚えたいと思ってくれた人たちだと思います。
理由はそれぞれ違うようですが、好奇心を持ち、来ていただけたこと、感謝します。
以上で面接は終了です。食事を取りながらしばらくのんびり過ごしていて下さい」
全員が静かに部屋を出て行く。
扉がきっちり閉まったのを見てから、後ろを振り返った。
リリが綺麗な字で彼らの特徴や、言ったことなどをまとめてくれていた。
「キルス八、ガル六、ニルス五、リチャード五、グレン六」
ちょうどグレンのところが終わったようなので、数字を言ったのだが、リリの手がぴたりと止まった。
ペンを持ったまま、顔を上げ、何か言いたそうにしている。
「グレンは七でもいいかと思うけど、六で。
書いておいてもらえる?
リリの‘印象’も数字にして同じように書いてほしい。
騎士としてでも人としてでもリリの思った通り、俺のと違っても気にせずに」
「…わかりました。
本名とかけ離れた愛称を名乗ったものも居ますが、それも書いておきますか?」
「同じ愛称の人が居たら区別するために書いておいて欲しいけど、それ以外はそのままでお願いします。見学の人も、わかれば名前をメモしておいて欲しいけど」
わかりましたと、返事をすると、リリは彼らの名前の横にリリの‘印 象’を数字にして書いていく。
上から、六、四、五、六、八と俺のとはだいぶ違う数字が並ぶ。
リリには魔力が光として見えるらしいから、使える属性によって強く見えたり、弱く見えたりするのだろうか? それとも俺が邪魔で正確にはわからないのだろうか。
俺が邪魔で見えにくいかと聞いてみると、ちゃんと見えていますと返事が返ってきた。
ここにいる人たちが育っていけば、俺とリリの見え方の違いの理由もわかるだろうか。
不安そうにしているリリに、宜しくねと声をかけていると、コンコンと忙しないノック音が響いた。