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5.初めてのお出かけ

 今日はいい天気で、空には雲ひとつない。

離宮の周りは人もなく、なだらかな下り坂の石畳の道の先に本宮と思われる城が見えた。

白い石造りの五階建てくらいの城は、観賞用というよりは要塞のようながっちりとした作りだ。

門番やら、警備中の兵隊に何度かお辞儀をされながら本宮とは別の小さな建物に向かう。

建物の中から、何人かが慌てた様子で駆け寄ってきた。


 一人は俺と同じ茶色の髪、あとの二人は黒髪だった。三人とも同じ服を着て、腰には剣を帯びている。顔もりりしく、騎士らしい。


「陛下、このようなところにおいでになってはなりません。お戻り下さい」


 地面に膝をつき一人が頭を垂れたままそう言う。茶色の髪の男だ。年は俺と同じくらいだろうか。あとの二人はそれより少し若い。

魔力はあまりないが、鍛えられた体をしている。三人ともが、この男は誰だと思っているのだろうが、不躾な視線はなかった。


「昼までに教会へ行きます、護衛をなさい。

クレインとヒースは話があります。付いてきなさい」


 女王様は、騎士たちの返事を聞くとさっさと本宮へ向かう。

俺の腕に添えられたリリの手は外されることなくそのままだ。


 さすがに本宮の方は、侍女や衛兵などの働いている人、先ほどの侍従のような格好の人、高そうな衣装を着ている貴族らしき人々など、多くの人がいたが、リリの姿を認めると、頭を下げ、通り過ぎるまで微動だにしない。

見事なものだ。


 両開きの大きな扉の部屋の前まで来た。

門番のように両脇に立っていた男たちが扉を開けてくれる。

離宮にあった執務室のような作りだった。


正面に大きな机。両脇に書棚があり、手前左側に長椅子と低いテーブルが置かれている。

この部屋には窓があり、外の光が入ってきている。

リリは正面の机につき、書類を作り始める。

俺はわきで見学、付いてきた騎士二人は入り口付近で直立不動だ。


「グレッグ、茶色の髪の男がクレイン、黒髪がヒースです。

ヒース、本日より、我が婚約者グレッグの護衛を任じます。

クレイン、あと二名ほど護衛を選ぶように」


 書き上がった書類をヒースの方に向けると、ぎこちない動作で彼はそれを受け取り、深々とお辞儀をする。


「グレッグといいます。よろしくお願いします。ヒース」

「精一杯務めさせていただきます、殿下」


 背も高く、細身だがしっかりした体格の男。まじめそうな感じだ。


もう一人の男、クレインは目の辺りがハンナさんに少し似ている。肩幅のしっかりした男。

二人とも体力はありそうだ。魔力は少ないけれど、筋力強化とか、反応の補助くらいなら短時間の発動で戦闘力は上がる。そういうのを覚えてもらえば、騎士としても戦力上昇になるんじゃないだろうか。


「失礼いたします」


 扉の外から声がかかり、三十過ぎの男が入ってきた。騎士の服よりも裾が長く華美な服装。顔立ちも優しげでおとなしそうに見える。


「よいところに来た、侍従長、手続きを頼む」

「陛下、そちらは、どなたですか?」


「婚約者のグレッグだ。今から神殿に行って宣誓してくる。それとこちらの処理を。

夜の鐘までに広間に人を集めておけ、城にいるものだけにでも婚約者の披露目をする」


 書類を手早く作り、侍従長に渡すと、時間だからといって立ち上がる。俺が手を出す暇もない。

肘を見せるようにすると、ようやく俺の方を向いて、手をのせてくれた。


クレインたちに護衛してもらいながら城の外へ出る。

立派な四頭立ての馬車と騎士団が待っていた。

馬車の周りには、先ほどの老人と若い侍従、御者らしき男がいる。


 俺とリリだけがその馬車へ乗り込み、他の人たちは馬や、その影に隠れていた小さい方の馬車へ乗り込む。


「教会へ行くんだよね? ここの神様は一人? それと、宗教はひとつだけかな?」

「神は一柱。名を呼ぶことは禁じられている。他国も多くは同じアウリト教が主だ。地方や農村では精霊信仰もあるが、首都ではあまり聞かない」

「食事のときに、両手を組んで祈っていたのも、その神様?」

「ああ。あとは感謝祭や慰霊祭、葬式などの他に月に三度ほど祈りの日があり、多くの人が昼の鐘まで祈りを捧げている。このときは貴族も民も争いは禁じられている」


「リリ、女王様口調」


 しまったという顔でうつむいて口をきゅっと結ぶ。何も言わずに黙っていると、リリが申し訳なさそうに俺を見る。


「女王様しなくちゃいけないときはいいよ。今から気合い入れなきゃいけないんだろ?」

「夜の鐘までは少しあるが。…許してくれるの?」

「宣誓が終わった後、少し時間をくれるなら許してあげよう」


 にこりと笑うと、リリは明らかにほっとした。


 揺れる馬車は、城の敷地を通り、城門から町へ。

貴族の屋敷が多い区画を抜けて、市場にそう遠くない場所に神殿はあった。

町の賑やかな空気が少しだけ感じられる。


 教会の建物は立派で、神の使いなのか、不思議な動物の像が左右に建っていた。

馬車から降りると、騎士団以外の人はいないらしく、すんなり中へ入ることができた。

たくさんの椅子が並べられている教会の中は、はめられたガラスが全て青いせいか、神秘的な雰囲気だった。


 中央の通路をリリの手を取りながら歩くと、長いローブのようなものを着た壮年の男性が待っていた。正面には太陽のマーク。これがこの宗教のシンボルなのだろう。


 太陽のマークのそばでリリが立ち止まる。同じように待っていると、後から老人と侍従が司祭らしき人に箱を手渡した。

磨かれた重厚な箱は金属の飾りが付いていた。ひとつは神殿のマークだろう太陽のマーク、もうひとつは、片羽を広げた鷲と王冠のマーク。

それを司祭は丁寧な仕草で開け、中から書類をとり出す。一枚は先ほど書いた誓願書。もう二枚は宣誓書らしい。司祭の言葉の後にサインするよういわれた。


「今日この時より神の御名のもと、お二人は婚約されました。

おめでとうございます」


 司祭が言うと、そばにいた老人と若い侍従、騎士たちがそろって祝いの言葉を述べてくれた。

一国の女王にしては少ない観客ではないのだろうか? 

それとも婚約だからいいのだろうか?


「陛下、お祈りをなされるのなら、私共は先に戻っていますが」

「そうしよう」


 リリはその場で両手を組み、目をつぶって祈りはじめる。

老人は一礼して出口へ向かってしまう。

俺はそのあとを追いかけ、建物から出たところで老人を引き留めた。


「セニールさん、女王陛下に魔法の先生をやってほしいと言われたんですが、それって給料でますよね? その給料の五日分くらい貸してもらえませんか?」

「殿下? 必要なものがあればいって下さればそろえてお持ちしますが」

「買って欲しいのではなくて、貸して欲しいんです。お願いします」

 頭を下げると、老人は少し笑って、懐から金貨を五枚出してくれた。ここの相場はわからないが、結構な大金ではないだろうか。


「お貸し致します。町中は殿下の方がお詳しいかもしれませんが、治安も万全とは参りません、くれぐれもお気をつけください」

「ありがとうございます」


 老人はこの後俺がしたいこともわかってくれたのか、穏やかな顔でそれだけ言って、城へと戻っていった。普通に考えたら、身分のない俺がなじみのあるはずの町に来て、欲しいものを買って帰りたいのだと思ったのだろう。城まで潜り込んでいて、この町見たの初めてですとか、町中歩いたことないんですよとかそんなあり得ない話しをするわけにはいかない。さて、どうしようか。


 教会の中に戻ってみると、リリが長い祈りを終えたところだった。

真っ赤なドレスに高く結い上げた金色の髪、そこにいるだけで輝くばかりの美貌。

町中では浮くな。


「夕方まで少し時間くれるんだよね? 少しじっとしててね、リリ」


 教会の大きな扉の影に彼女を連れて入り、軽く抱きしめるようにして呪文を唱える。

体を離すと、うまくいったのか、頬を染めて、立ち尽くすミーナに似た女性。

茶色の髪をきちっとまとめ、地味なワンピースを着ている。

本物のミーナと違うのはたぶん瞳の色。本物は黒かったが、こちらはリリの透明な茶色。

 何をされたのかわかっていない彼女は、何度か瞬きをしてから俺を見た。


「どうかな? ヒース」


 俺のそばで動けなくなってしまった護衛に、リリを見せてみる。


「陛下は?」

「リリはここだよ? 幻覚の魔法」


 ちょっと殺気立っていたクレインたちにもにこりと笑顔でそう言うと、皆ぽかんとしている。

こういうのもないのだろうか? ここは。


「グレッグ、いったいどういう…」


 自分の姿が見えていないリリには何のことかわからないようだ。

今度は自分の服に手を当てて、着ていたものを騎士たちが着ていたものに似せてみる。

見ている方には一瞬で着替えたかのように見えるはずだ。


「これと同じで、リリの顔と衣装をミーナに似せてみた。

これなら少し町の中を歩いても大丈夫だと思うんだ。

俺は田舎者だから、この町に詳しい人に案内して欲しいんだけど、ヒースは詳しい?」

「町中においでになるのですか?」

「騎士の格好の男と、貴族の女の子が町を歩いていたら変?」

「いえ。その…」

「ほんの少しの間だけだよ。夜の鐘までには帰らないといけないし」

「クレイン、案内を。ヒースは数名をつれ、護衛を。

他のものは馬車を隠し各自待機」


 騎士たちは女王様の言葉に深々と頭を垂れる。

ミーナに似せても、やはり中身が違うと受ける印象が違う。

威厳というか気品というかそんなものが中からあふれてくるのだろう。


「クレイン、お願いします。あと、所持金が金貨しかないので、最初に換金してくれるところか、金貨でも買い物ができる財布とか売っているところに案内して下さい」

「かしこまりました、殿下」


 女王陛下の言葉なら皆従うのだろうか。思ったよりも素直な返事が返ってきた。


初めての町はどんなだろうか。少しわくわくしながら、リリの手を取り歩き出した。



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