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47.職人の技 その2



 机と椅子だけの部屋に戻ると、コッブさんが帰ってくるのを待ちながら、お茶をすることになった。

先ほど玄関で対応してくれた女性が、可憐なカップに薄い緑のお茶と、クッキーのような菓子を持ってきてくれた。彼女もここの技術者の一人だという。


「それにしても、あんなに長い魔法式を何も見ずに。

ここの皆さんは凄いですね」

「いいえ。コッブさんとアンリさんは特別です。

ここの技術者は皆作るものを担当を決めて、多くて、一人四つくらいを覚えて作るのですが、二人はここで作れるもの全て覚えてるのではないでしょうか。

たいていどちらかに頼めば作ってくれますから」


 魔法具というのは、手提げランプから調理器具、印刷機や工業機械もあるらしい。

その中でも普通の人が使うようなものは輸出可能だが、俺のイメージする‘機械’のほとんどがこの国専用のようだ。

大きなものほど壊れやすいのかもしれないと、メッテル補佐官達は思っているようだ。


 それから、魔法具の一番の特徴を教えてもらった。

魔法具というのは、普通の魔法と違って、人を傷つけたり、戦いの道具としては使えないのだという。

たとえば、コンロと同じ様に火の出る武器を作らせたが作動せず、他の魔法具も、少し形状を変えただけでそのほとんどがまともに動いてくれなくなるそうだ。

相当細かい条件付けがされているのか、それだけのために組んだ魔法式だから動かなくなってしまうのか。

この魔法式だけを研究する部署もあるそうだが、はかばかしい結果は出ていないそうだ。


「メッテル補佐官は、なぜそんなに親切に教えてくれるんですか?

先ほどコッブさんが、私のことをスパイかもしれないと言っていたのに」

「生誕祭前日の殿下の魔法、私は拝見できましたので、みんなに知らせたのですが、残念ながらここからでは城の影になり、少ししか見られませんでした。

 今まで魔法の力を見せる人たちは皆、何かを壊したり、見ていてあまり気持ちのいい魔法は使ってくれませんでした。

ですから、みんなを幸せな気分にしてくれた殿下の魔法は素晴らしいと思います。

お披露目にそんな魔法を使う方ですから、悪い人の訳がありません。

それに、コッブさん、自分で気に入った仕事しかしないので有名なんです。

あの人の弟子を五年やっていたから知っています。

あの指輪で殿下が悪いことをしようとしていると思っているのなら、自分で作るなんて言い出しません」


 補佐官は、幼い頃からここで手伝いをしていたが、残念ながら素質がなかったらしく、五年ほど前から管理庁の仕事をするようになったのだという。

一応補佐官の方が技術者よりも位は上だが、いまでもコッブさんには頭が上がらないと彼は嬉しそうに話してくれた。


「ランプの中でさえ他人に見せるのは嫌がる人が、自分から殿下に見せたのです。

よほどあの指輪の図面に興味を持ったのではないでしょうか?」


「私が中を見れば、何か反応があると思ったから見せてくれたと?」

「そうかもしれません。

二〇〇年前のサングレイや、四〇〇年前のソーニクロフトのように魔法式の天才というのは突然現れて、消えるものだといわれていますからね。

殿下もそんな天才かもしれないと思われたのかもしれません」


「先ほどのランプまでは見たことあるなと思いましたが、アンリさんの作っているものは全くわかりませんでした。

ああいった魔法式を彫っていて、火が出たり、風が出たりはしないのですか?」

「そういったことは聞いたことがありません。

ですから、殿下の紙が燃えたのが不思議でなりません。 

殿下もあれが燃えるとは思っていらっしゃらなかったのですよね?」


「はい。全く。

描いていても今まで燃えたことはありませんし」

「不思議ですね」


「本当に」


 まじめな顔で答えると、補佐官も少し悩んでから頷いた。

ランプを作るときに火が出ないということは、道具にも何か魔法が発動しない仕掛けがあるんだろうな。


 護衛が少しだけ、俺を疑わしい目で見ていたが、補佐官はそれに気付かず、続けて、俺の魔法も不思議だと言った。


「いつも厳しい陛下が、殿下の魔法は素晴らしいと褒めていらっしゃいました」


「こちらの皆さんにも、今度は広々としたところで見ていただけるといいですね」 

「それには長官が変わっていただかないと無理ですね。

今の長官は侯爵が右大臣になられたすぐ後に就任しました。

最初は前任と変わらなかったのですが、ここ数年は、技術者を建物から出すことを厳しく取り締まり、備え付けの魔法具の修理などには法外な額を要求するということです。

前の長官は、私たちを守るためにこの建物を管理してくれたのですが、今の長官はまるで自分の利益の……いえ、あの、殿下に言うべきことではなかったですね。

長官が何を言っても、書類を奪い取ってでも、殿下のご注文は私たちで必ず行いますので、ご安心ください。

出来ましたら、今言ったことは忘れていただければと…」


「お前は口数ばかりが多い。そこをどけ」


 ノックもせずに扉から入ってきたのはコッブさんだ。

真っ直ぐこちらへ歩いてくると、手に持っていた布を俺にくれた。

ハンカチのような布に包まれていたのは、銅の指輪。

きらきらしているが、飾り気はない。

小指の第一関節ぐらいの太さで、大きいのが五、小さいのが二。

内側も見てみるが、つるんとしていて、触っても何かが彫られた跡はなかった。


「サイズの試作ですか?」

「完成品だ。

若造、説明もしていないのか?」

「すみません、殿下。

魔法具は本来刻まれた式を隠すための工夫をしています。

それも技術者にしかわからない特別な技法ですので、説明は避けますが。

それは殿下の図案の通りの指輪だと思います」


 二層にした銅の真ん中に、文字を刻んだ部分を入れて指輪を作ったのだろうか?

それとも文字が隠れるようにコーティングでもしてあるのだろうか?

まあ、魔法語が刻まれているというのが本当かどうかは試してみればいい。


 一つを指にはめて魔力を込めてみる。

杖を持ったときのような安定したこの感じ。

そして、もうひとつの仕掛けも……ちゃんと、機能した。


「ありがとうございます。これで魔法騎士団として活動できそうです」

「それがないと活動できないのか?」


「魔法の杖の代わりに使おうと思っています。

剣と杖を両手で振り回すのは間抜けですから。

この指輪だけでもある程度の魔法は使えると思います。

素晴らしい出来です」

「まあ確かに両手に持って歩くのは間抜けだな。

わかった。残りは急いで作っておく。ではな、殿下。

これはもらっていくぞ、若造(メッテル)

「だから、殿下は偉い方なんですから、コッブさん!」


 俺の書いた魔法陣を三枚とも持つと、彼はまた仕事場に戻ったようだ。

あの魔法陣でコッブさんは何を掴もうとしているのだろうか。

少し楽しみだったりする。


「申し訳ありません、殿下。お許しください」

「正式にお邪魔しているわけでもないですし、ちゃんと挨拶してくれましたから」

 たぶんあの老人は忙しい時間を割いて俺の注文を作ってくれたのだろう。

こんなに短時間にちゃんとしたものが出来るとは思っていなかった。

怪我もしていないようだし、色々面白いこともわかった。

幸いにも、不敬罪だと騒ぎ立てるような男はここには一人しかいない。


「ルイス、ここには殿下と呼ばれそうな人は入っていないことになっている。

今いるのは、侍従とその護衛。

わかっているよね?」


 念を押すと、渋々だがルイスも頷いてくれた。

補佐官はもう一度俺に謝ると、長官が戻ってくるといけないからと、席を立った。

ひとつ残った指輪の図案は補佐官が大事そうにしまった。


「色々失礼しました。残りはでき次第お届けに上がります」

「よろしくお願いします。何かあったら東の離宮に(魔法騎士団本部)来て下さい」


 挨拶もそこそこに外へ出ると、今度は門番をしていた騎士に止められた。

身体検査をするのだという。

服の上からぽんぽんと体を叩かれて、それで終了のようだ。

まずルイスが受け、騎士達、俺の順だった。


「懐に入っているものを出してもらえますか?」

「ここで作ってもらった指輪です」


 ただの銅の輪っかに見えるものを二人の騎士が真剣に見ている。

この二人が見張っているのは、技術者の逃亡と、魔法具の持ち出しだろう。

ちゃんと仕事をしている。さすが近衛騎士団。


「ご協力いただき、ありがとうございます。お通り下さい」


 ルイスが心配そうに俺の方を見るからか、門番が指輪のチェックを丁寧にした。

それ以外は、本当に優しい門番だった。

ヒースがちらりと二人に目礼しているようにも見えたし、本来なら絶対は入れないところなのだろうなここ。

 来たときと同じ様に、離宮から木々の間を抜けて本部への道へ戻る。


「ルイス、侍従の仕事、一人じゃつらいようなら手伝いを頼もうか?」

「いいえ。大丈夫です殿下」


「俺はスパイ容疑で捕まるのも、処刑されるのも絶対いやだからね?

次回からは正式なご招待でなければあそこには入らない。

今回は彼らにとっても、長官の不正を訴えるとか、職場環境の改善を陛下に伝えて欲しかったんだろうけど、俺はそんな権力ないから」

「メッテル補佐官が長官を訴える? ですがあれは本人が忘れて欲しいと…」


「でも聞いてしまった。一度聞けば気になる。

さらに調べるか、陛下に俺がこっそり、こんな話を聞いたよと言ったら?」

「陛下ならお調べになると思います」


 黙ってしまったルイスに代わり、ヒース(護衛)が答えた。


「俺もそう思う。たぶん陛下なら気付いていると思うけど。

本人にその意識はなかったとしても、補佐官は俺に助けて欲しいとサインを出してきた。こちらの仕事は引き受けるから、自分たちを助けて欲しいと。

もしルイスが忙しくなくて、他に相談できる相手がいたら、俺を連れて行く前に気付いたはずだと思うんだ。何かおかしいなと」

「ですが、あの指輪の図案について話がしたいと補佐官は言っていました」


「コッブさんはそうだと思う。補佐官もコッブさんの願いを叶えたいとは思っていただろうけど、彼が本当に聞いて欲しかったのは管理庁の現状だろうね。

今回はそれで済んだからいいけど、俺を消したい人はいっぱいいるはずだから、下手したら今頃みんなで処刑台の上だったかもしれない」

「申し訳ありません。殿下」


「ヒースはちゃんと仕事していた。俺が入るという所の安全を確保して無事に連れ出す。護衛ならそこまですれば役目は果たしている。

だけど、ルイスのしたことは?」

「殿下を危ない目に遭わせていたかもしれないことでした」


 書類仕事は全部こなして、本部の改装の日程から、騎士の面接まで全部一人でやっているのだから、まぁ、無理させすぎているんだろうな。

あちこちで焦って、色々おかしくなっている。


「これから騎士団の面接のはずだから、その中に適任がいればその人と、いなければ、侍従の誰か。出来れば口が堅くて、頭の柔らかい人にルイスの仕事を手伝ってもらおう」


 おとなしくなってしまったルイスは、素直にお願いしますと答えた。



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