46.職人の技 その1
魔法騎士団本部に向かおうと、城から出ようとしたところでルイスが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「今から本部に行くけど、何か急ぎ?」
「殿下、私も参ります」
いつもなら俺の数歩後を歩くルイスが、俺の隣に並ぶようにして少し早足で城から出る。それに釣られるように、俺の歩みも早くなった。
寝起きしている離宮への道から東に枝分かれした先が本部なのだが、ルイスは辺りを見回すと、本部への道の途中で観賞用に植えられた木々の中に入っていく。
何かあるのだろうかとついていこうとしたら、護衛に止められた。
「殿下、こちらへ。お急ぎ下さい」
人目を気にしながら、ルイスが俺を呼ぶ。
「少々お待ち下さい」
マーリクだけが先に行き、俺達は周りに誰もいない道の真ん中でただ待つ。
しばらく待ったが、叫び声も妙な音も聞こえてこない。
「見に行ったらまずいんだよね?」
警戒中の二人はもちろんですとばかりに軽く頷くと、油断なくあたりを見ている。
安全が確認できたのか、マーリクの合図に、最初にヒースが、続いて俺達も木々の中へ入る。
木々は腰のあたりの高さに綺麗に揃えられていて、見た目も美しい。
そこに穴を開けるように俺達が分け入っていくと、少し先にまた違う道が見えた。
「こんなとこに道があったんだ」
「西の離宮がまだ後宮だった頃の名残です。現在はほとんど使われておりません」
後宮とは王様の側室や、王妃が住んでいた場所で、先代の陛下が必要がないからとそこを魔法具管理庁の建物としてしまったそうだ。
警備もしやすく、部屋も大小様々あり、そのほとんどが丈夫な作りで、廊下も広く出来ているため、大きな魔法具も運び出しやすいという。
後宮使わなくてもったいないから、他の施設にしてしまおうとは大胆なことを考える王様だったんだな。
そういう前例があったから、魔法騎士団本部を王族の鍛錬施設に置くことも特に反対がなかったのかもしれない。
ぐるりと塀に囲まれ、正面に大きな木が植えられた建物が見えてきた。
二階建ての城より小さな左右対称の綺麗な作りだ。
入り口には二人騎士が立っている。
「私が先に立ちますので、皆様は口を開かず、静かにお入り下さい」
「ここ、魔法具管理庁なんだよね? 勝手に入って良いの?」
「ですから、お静かにと。中で説明致しますので」
今まであまり友好的ではないと思っていたのにいきなり自宅に招かれたようなものだ。
不思議でならないが、取りあえずルイスのいう通りおとなしくついていく。
「補佐官のメッテル殿に呼ばれて参りました。通っても宜しいでしょうか?」
「お通り下さい」
引き留められるかなと少し緊張したのだが、すんなりと中に入れてもらえた。
ルイスはどんな魔法を使ったのだろうか。
正面にある大きな木をぐるっと回って、建物の入り口へと向かう。
建物の壁際には、昔は花が飾られていた花壇だったのだろうが、今は緑の葉がいくつか植えられているだけだった。
所々枯れてしまったのか土がそのままでているところもあり、少し寂しい感じがする。
玄関の扉には上の方に色ガラスがはめられていて、何となく女性的だ。
呼び鈴を鳴らすと、中から若い女性が出てきた。
侍女とは違う服装で、エプロンもなく、スカートも膝下のこちらにしてはやけに短いもの。
その女性がルイスの名を聞くと、こちらへどうぞと案内してくれた。
床は石畳のような素っ気ないものだったが、天井や壁には所々に、花や蝶などのかわいらしい絵が描かれていて、扉にもそれぞれに綺麗な花のマークが彫られていた。
花弁が四枚のかわいらしい花の扉を女性は開け、すぐに呼んで参りますので中でお待ち下さいと言うと、もと来た方とは反対に出て行ってしまった。
部屋の中は大きなテーブルと、椅子が十脚。後は特に何もない。
「ルイス? メッテルって誰? 俺は何でここに入れたのかな?」
「メッテル殿はこちらの補佐官で、ご注文の指輪の図案を宝石商に見せたときに同席していただきました」
制服と同じ様にそろいの指輪を作るとルイスは理解したらしく、まずそれを宝石商に見せたらしい。
そこに細かい仕事ならば自分たちの方が適任だとここの補佐官が名乗り出て、話し合いの結果、こちらに頼むことにしたのだという。
「怪我をさせてしまった話は聞いたんだよね?」
「はい。長官はそれに甚くご立腹でした。
ですが、補佐官と怪我をした本人が是非殿下にお話を伺いたいとのことで、長官がお留守になる朝議の間にこちらに」
「それ、俺がここにいるのばれたら良くないと思わない?」
「今日しかなかったのです。
魔法具が全く使えないのでは、魔法騎士団本部は機能しません。
空調、調理場、上下水も長く使っていませんので改修工事が必要です。
殿下とお話が出来たなら管理庁の方が長官を説得して下さると約束いただいています。
それに、午前中ここの門番をしているのはヒース殿と親しい二人。
事前に話をしてありますし、長官以外はあの図案に興味を示してくださったと…」
外から扉がノックされた。
この場合俺が返事していいのだろうかと少し迷ってから、どうぞというと、若い俺と変わらないくらいの男と、小柄な老人が入ってきた。
若い方は魔力も低く、少しぽっちゃりとした優しげな男だ。
老人の方は黒髪混じりの白髪だが、魔力はこの国だと強い部類に入る。
もう少し若ければ騎士団にスカウトしたいくらいだ。
「グレッグですはじめまして」
「私は補佐官をしておりますメッテルと申します。こちらは、技術者のコッブです。
技術者はここから滅多に出られないもので。
わざわざ足をお運びいただきありがとうございます。
早速ですが、先日の指輪の図案の件をお伺いして宜しいでしょうか?」
もう一度同じものが描けるのかと聞かれ、出来ると答えると紙とペンを渡された。
前回と同じ様に制限をかけたものを目の前で書くと、二人は食い入るように俺の手元を見ていた。
「これで怪我をされた方がいたとか。申し訳ありませんでした」
俺が謝っても二人は紙をじっと睨んで、動かない。
ルイスは不思議そうに二人を見ている。
「メッテル補佐官、この図案に何か?」
「やはり同じだ」
右手だけ手袋をした老人が、ぽつりと呟いた。
この人が魔法語を知っている人だろうか?
「魔力灯ですか? 明かりの方だけですかね?」
「こことここは魔力灯、こちらは携帯用ランプ、これは調理器具に入っている」
「では、これは明かりとか炎とかに関するものですね?」
「わからん。儂が触ったのはたぶんこれとこれだ」
老人と補佐官は紙に触れないようにしながら、二人だけで話し合っている。
俺達がいることをこの二人は覚えているのだろうか?
「これは触れると燃えるんですよね?」
しばらく二人で何か話し合っていたのだが、途中で俺達を思い出してくれたのか、補佐官の方が紙を指さしながら俺に聞く。
そういえば先ほどからあれだけこの紙について話しているのに触ろうとしなかった。
「いや、そういうわけではないと思います」
「殿下はどこで魔法式を学ばれたのですか?」
「魔法式?」
「これは魔法具に組み込まれるものの一部だ。
これを知るのは技術者か、ここに勤めていたもののみ」
なるほど、こちらの魔法語は魔法具として発展してきたのか。
法則や書き方などが違うから、俺の書いたものは彼らには何かの一部に見えているのだろう。
明かりや調理器具なら、炎や光りに関する単語。
彼らはそれを単語としてみていないのかもしれないが、確実に何か意味あるものとわかっているようだ。
残念だが、この二人は俺と同郷ということはないようだ。
「これは魔法がうまくいくおまじないだと親に教わったものです。
親はその親に教わったようですが、ずっと北の方の森の中に住んでいたらしいので、こちらに勤めていたことはないと思いますよ」
「親御さんのお名前を伺っても宜しいですか?」
「父はエミール、母はカタリナといいました。二人とも、もういませんが。
他にも冷たい風が起こる模様や、光るだけのもの、火をおこす模様も知っています。
それも書きますか?」
二人とも過去に働いていた人に同じ名前はいなかったと話している。
どうやら、老人の方が補佐官よりも偉そうだ。
知っているものは是非書いてくれと言われて、三枚の紙にひとつずつ発動制限付きのものを書く。
すると、老人が、これは何だと指さした。
どの紙にも共通して書き込んだ制限の一文だけを。
「何か紙に書くときはこれを書いてからというのが決まりでした。
これも何かの一部ですか?」
返事はなかったが、老人だけが知っているということが重要な問題らしい。
メッテル補佐官が難しそうな顔で腕を組み、ひとりごとを言い始めてしまった。
「うるさいぞ、若造。作業途中のあいているランプもってこい」
「部外者に見せるには許可が……」
「儂が許可してるんだ。いいからもってこい」
補佐官は、底が抜けたようなランプを上下逆さにして持ってきた。
油を入れる一番下の部分がなく、上の覆いだけ。本当に作りかけのランプだ。
よく見れば、ランプの芯だけが丸い板の真ん中からぴょいとでている。
老人はそれを受け取ると、口の中で何か呪文を唱えた。
何かが光るわけでも、変化したようにも見えないが、そのランプを俺に渡す。
「底をよく見てみろ」
「コッブさん、こちらは偉い方なんですから…」
睨まれて黙った補佐官は放っておいて、いわれた通りのぞいてみたのだが、暗くて見えない。
何か文字のようなでこぼこがあるようには思うのだがはっきりしない。
小さく明かりの呪文を唱えて、見やすくなったランプの底にはずいぶんと見慣れた文字も並んでいた。
半分くらいは魔法語だこれ。
虫食いの本のように所々にわからない文字のようなものがあるが、光がずっと続くような魔法陣にものすごく似た何かが彫られている。
「魔法具のランプってみんなこんな風になっているんですか?」
「それが一番新しい魔法式だ。といっても一五〇年ほど前のものだ。
単純なものはその程度、複雑なものはもっと長い式が刻まれている。
変な魔法は使えるし、魔法式はわかるようだし、他国のスパイじゃなければ、我が女王陛下は相当いい目を持っていらっしゃる」
「魔法式がわかったわけではないですよ?
ただ見慣れた模様があるなと思った程度で。
この明かりの魔法については、うちは魔法具なんてものはなかったので、これが我が家の明かりだったんです。
スパイじゃないという証明は出来ませんが、もし魔法具専門のスパイなら、右大臣と、もめるようなことはしないと思います」
昨日の練習のせいか、俺の魔法を使うことに何の意識もしていなかった。
護衛やルイスは多少慣れているからか、珍しそうにしてはいるが、怯えたりはしない。
補佐官は少し落ち着かない様子できょろきょろしているが、こちらも変に思うより先に、これはいったいどこからでてきたのかとか、何で浮いているのかとかそんな好奇心に満ちた目だ。
「右大臣ともめたんなら、長官が仕事を受けてくるはずがない。
その指輪、儂が作ろう。
素材は柔らかい金属。出来れば銅のような光るものがいいとあったが、サイズは?」
「大人の男用と、子供用や女性用の二種類で、お願いします。
今のところ男が五〇、小さいのが十もあれば足りると思います」
「試しにいくつか作ってくる。若造、アンリの工房を見せてやるといい」
「アンリさん今、織機作ってるんですよ?」
「そんなことは知ってる。他国に持ち出しても使えないんだ、安心だろうが」
コッブ老人は、図案の紙も持たず、部屋を出て行ってしまった。
暗記してしまったのだろうか。
「ええと、殿下、宜しければ織機を作っているところをご覧に入れたいと思いますが」
「見ても他国に持ち出せないとはどういうことでしょうか?」
「織機自体は持ち出せるのです。
過去何度か輸出しようとしたことがありまして、持っていったのですが、我が国の領土内でなければいくら魔力を流しても故障してしまうのです。
もちろん、その、何度か盗まれたこともあったり、技術者が連れて行かれたりもしたのですが、動かすことは出来なかったようです」
「見られても盗める技術ではないから、見せてくれると?」
「建前上はそうです。
あの人の敵は長官と右大臣なので、二人に敵対した殿下ならというのもあると思います。
アンリさんの部屋はこちらです。皆さんもどうぞ。
部屋の中には入れるのは二人くらいまでだと思いますが」
大輪の花が描かれた扉を開けると、銀髪のような輝く白髪の男がこちらに背を向けて作業をしていた。
補佐官は無言で、彼の机を示した。
音を立てないよう静かに側により、手元をのぞいてみた。
大きな扉ひとつくらいの金属の板に、細い柄のついた道具で、一文字一文字刻んでいくのが見えた。
何か仕掛けがあるのか、金属の板がそれほど力を入れているようには見えないのに削れていく。
これは読めない字が多い。
魔法語ではないのか、それとも俺が知らないだけなのか、またはこちら独自の魔法語なのか。
板の上半分は作業が終わったのか、隙間なくびっちりと書かれているが、ランプと違って単語しかわからない。
魔法陣を使って、疑似魔法具なら作れるだろうかという淡い希望は儚く消えてしまった。
魔法陣の場合は、使う人のイメージも大切だし、何より魔力を貯めておくことができない。
ランプのようなものなら、光を持続させるだけでいいが、複雑なものは駄目だ。
ぱっと見て解読できるような能力はないし、こちらの人が長いこと解読できないものを、そんなにすぐわかるわけがない。
だが、研究している人たちにヒントとして、魔法語の意味を教えていくくらいは出来るかもしれない。
それがうまくいけば、他国に持っていったときに故障しても…。
本当に故障なのだろうか。
さっきコッブさんは俺の書いた制限の部分に反応した。
織機は一度売ってしまえば壊れるまで需要がない。
それで作る大量の織物がこちらに輸入されるようになったら、この国で織物を作っている人たちの利益が減り、ひいてはこの国のためにはならない。
他国で織機がコピーされたらもっと国益というのを損なうはずだ。
それで作った人が、最初から制御をかけていたのだとしたら?
魔法具の研究。
魅力的だが、もうちょっと情報収集して、個人的にやった方がいいかもしれない。
手っ取り早く女王陛下の助けになるかと思ったんだがな。
「そこに立っていると、気が散る。
見ているなら少し離れてくれ」
低い声に言われて顔を上げると、この部屋の主、アンリさんと目があう。
この国では初めて見たモスグリーンの瞳。
謝って、後ろに下がり、再び手元を見る。
手本やメモなどは全くなく、それでいて彫っていくリズムは一定。
大きな板いっぱいの文字を全部覚えているのだろうか。
補佐官が扉の外に出るよう示したので、おとなしくそれに従い、先ほどの部屋に戻る。
長くなりました。