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44.失敗は成功の元



俺がいじめているわけではないのだが、泣きそうなリリ、怒ったような不機嫌な顔で俺を見るミーナ。

この二人に今、はさまれている。


 最初のミーナがうまくいったから、リリはもっとうまくいくだろうと思っていた俺が甘かったのだろうか。

なぜだかリリの呪文は少し、いや、やり直すごとにどんどん悪くなる一方なのだ。


「らいてゅるわんと? ふぁいてゅるがらんと?」

「リリ、ちょっと休憩しようか。落ち着いてゆっくりやればできるから。

深呼吸して、ちょっとのびをしてみよう」


 何がいけないのだろう。

リリの記憶力には問題ない。聞く方が不得意なのだろうか?

気分転換にと腕を動かし、肩を動かしていると、ミーナが珍しく寄ってきて、俺に囁いた。


「私ができて、陛下がうまくいかないのは、何かあるのではないのですか?

私にはちゃんと呪文を唱えている陛下の魔法がうまくいかないのは何らかの理由があるように思うのです。たとえば、立っている位置とか、手の高さとか」


 さすが、魔法に舞が必要な国。考えることが違う。

見当はずれな意見だったが、それで理由がわかった。

こちらの人たちには、呪文のわずかな間違いがわからないのだ。

俺が聞いていると、かなり違う発音なのだが、どうやらミーナには同じ呪文として聞こえている。

リリは違いが少しわかっているようで、何度も言い直しては首をかしげている。

俺と同じ音が出せずに苦戦しているのだ。


「リリ、次はできるから。ゆっくり言うから、それと同じ様にゆっくり唱えて。

我が手に光を(ライテルトガント)』」


『らいて ると がんと』


 手のひら大の大きな光の球が、リリの顔の前に浮かぶ。

少しだけほっとしながらそれを見ていると、リリは真剣な表情で、その光を維持しようとしている。

魔力量は問題ないし、このまま少し続けさせた方がいいかもしれない。


「リリ、呼吸を止めないで、ゆっくり息をして。

そのまま維持しよう。

光の中心に少し強い核みたいなのがあるから、それに意識を集中」


 全体に光っていたものの中心にしっかりとした光の元ができる。

一回目でこれができれば、魔力コントロールはいい方だろう。

少しまぶしそうだが、つらい様子もなく、呼吸も正常だ。


「ゆっくりと五を数えたら光を消して」


 光の球の外側がぼんやりと薄くなり、最後に核の部分が吹き消すように消えた。

無意識なのだろうが、完璧だ。

普通の人なら、核を作るのに何回も練習して出来るようになり、消してくれと言われると、集中が切れて、光の球が一瞬で消える。

リリの場合は最後まで、魔力をコントロールし続けて、核に集中していたから、核の部分が最後まで残り、消えたのだ。


魔力があって、才能もあって、集中力もある。教えるのが楽しそうだ。


「ちゃんと出来ていましたか?」


「完璧でした。

呪文に慣れれば、もっとすんなり出来るようになるから、忘れないうちにもう一度。

今度は維持せず、続けて二度呪文を唱えてみようか」


 正しい呪文を記憶したからか、二回とも言い直すことなく魔法は成功した。

リリはほっと息をつくと、片手で目元をこすった。


「目が痛い? 目を瞑って、力を抜いて、楽にしててね」


 俺の片手をリリの目元と首に当て、しばらくじっと待つ。

先ほどから明るい光を見続けたせいで、目が疲れてしまったのだろう。


「温かいです。これも魔法ですか?」

「ただ手を当ててるだけだよ。治癒はあまり得意ではないから。ごめんね」

「いいえ。凄く楽になりました。ありがとうございます」


 リリは首も細くて、顔も小さい。

俺の片手で両方とも楽々覆えてしまう。


「殿下、陛下もお疲れのご様子。そろそろ終わりになさってはいかがですか?」

「じゃあ、ミーナももう一度おさらいして出来たら、終わりにしよう」


 俺をリリから早く引き離したいのだろうミーナは、少し焦り、何度か呪文を間違え、最後にはリリに違う箇所を指摘され、ようやく成功させた。

リリはもう違いもわかるようになっているのが少し嬉しく、ミーナの間違い方から今後の教え方の注意点を学ばせてもらえて、有意義な魔法教室となった。


 転移魔法で衣装部屋に戻ってすぐ部屋を追い出され、リリにまともにお休みと言えなかったが、充実した一日を終えることが出来た。




 寝ぼけた頭で手を伸ばし、指先に触れるのがひんやりとしたシーツしかないことに首をかしげながら目を開ける。

 薄いブルーを基調とした寝具に、やっと目が覚める。


ここは俺の新しい寝室だ。

リリの部屋から出て少し歩いたところに二部屋も用意してくれた。

ひとつはソファセットがあるだけの部屋。

もうひとつが、クローゼットとダブルベッドの豪華な寝室。

水場はないので今まで通り浴室は向こうを使うことを許されたが、着替えなどの荷物は全部こちらに揃っていた。

犬のぬいぐるみだけはリリの所に置いてあるそうだが。


 照明を見れば、まだ淡い光り。たぶん離宮の朝の時間にはもう少しあるのだろう。

寮にいるときなら、散歩しながら朝食を買い、大学で授業の用意をしてからのんびり食事となるのだが、ここでは早起きしてもあまりやることがない。


 着替えは侍女さん達の指定があるだろうし、食事も用意が出来るまで待っているしかない。護衛もなく外出はまずいらしいし、そうなると、出来ることは部屋の中で体を動かすくらいか。

軽くストレッチをして、血が巡ってきたところで、部屋を物色してみる。


 昨日は寝間着代わりの服を探しただけで中はよく見なかったが、綺麗に揃えられた衣服、まだ上手に着られたことのない帯のような飾り、それと、豪勢な金の指輪などの装飾品がチェストの中にあった宝石箱に詰まっていた。

俺の金貨もちゃんとそこに入っている。

そういえば最近現金もって歩いてないな。使う間もなかったけれど。


 町で買った古着を着て寝室から出てみる。


ソファセットしかない部屋には、呼び鈴がある。

壁に水晶玉のような丸いものがついていて、それを撫でると侍女がご用伺いに来てくれるらしい。

寝室の壁にも同じものがついているのだが、そちらは緊急用と言うことで立って動けるようならこちらの方を使って欲しいと言われた。

侍女とは言え女性を寝室に入れるなと言うことなのではないかと俺は思った。

それも、寝室から出るときは見苦しくない格好でお願い致しますというハンナさんの言葉があったから思いついたのだけど。


 つるつるした呼び鈴の表面を軽く撫でると、しばらくして扉がノックされた。


「早くにすいません。着替えて執務室に入りたいのですが」


 何を着たらいいですかとは聞けず、それだけ言うと、扉の向こうで侍女が、かしこまりましたと答えてくれた。

自分の着るものを選ぶのも人任せ。

楽で良いと言ったらいいのか、不自由だと嘆いたらいいのか。

……学校の制服を着ていると思えば、あまり変わらないか。


 二度目のノックにどうぞと声をかけると、ハンナさんと侍女二人が洗顔道具と今日の衣装を持って入ってきた。

ソファの上に着るものを綺麗に並べ侍女は出て行く。

ハンナさんは俺の世話をするために残ってくれたようだ。


「顔を洗って着替えるだけなら一人でも出来ますよ?」


「はい。本日はこちらをお渡ししなければと思い参りました」


 首からぶら下げるよう長いひものついた袋を手渡される。

開けて中を見てみると、赤、黒、白、青の紙に包まれた何か。

赤い紙を慎重に開けてみると、中には白い粉が入っていた。


「これは薬ですか?」


「赤は止血薬です。傷口に振りかけてお使い下さい。

黒は吐剤です。何か異物を飲んでしまったと感じたときに服用して下さい。

白は解毒、特に麻痺毒の一部にしか効果はございませんが、手足のしびれ痙攣など異常を感じたときに服用して下さい。

青は鎮痛剤です。こらえきれない痛みの時のみ服用して下さい」


 何だろうか。とても危機感をあおるラインナップだ。

どれも決定打にかける気休め程度の効能。

そして最後はなんだか、死ぬときは痛い思いをしなくていいようにと聞こえる。


「殿下は昨日、先代陛下が毒殺か病死かとお尋ねになりました。

また、殿下は先日の生誕祭の夜食にほとんど手をつけられなかった。

城での昼食で何か体調に変化があったのではありませんか?」


 見られているってわかっていても、自分の顔が引きつってしまったのがわかる。

これは素直に言うべきなんだろうけど。


「離宮で作る食事は全て、作った直後、配膳前に毒味を行っております。

ですが、城の方では陛下のお食事のみ毒味を行っているとのことです。

陛下は、毒味役がいることをご存知ありません。

先代のことがあってから、私と、城の侍女頭が密かに行っていることです。

殿下のお考えもおありだとは思いますが、何かありましたらお知らせ下さい」


「生誕祭の時は少し気分が悪くなっただけです。

では、陛下のお食事は心配しなくていいんですね。それを聞いて安心しました。

今までその毒味で何かあったとかは…」


「幸いなことにございません。

私共侍女は殿下に信頼していただけるほど月日を共にしたわけでも、殿下に忠誠を誓っているわけでもございません。

ですが、陛下を大事に思って下さる方を、少なくとも離宮の侍女達は蔑ろにすることはございません」


 リリを大事にしている限り、俺を大事に扱ってくれると言うことか。

リリにとっても離宮の侍女達は特別な様に、離宮の侍女達にとってもリリは特別なのだ。


 俺は本当に自分のことしか考えていないのがよくわかった。

この国で一番狙われやすいのはどう見ても女王陛下だろう。

今日から三食リリと一緒に取ろう。何があっても。


「陛下や俺が食べなかったものはどうなるんでしょうか? 

誰か厨房の人が食べたりすることはありますか?」


「ございません。全て廃棄することになっております」


 ほっと息をついたのをハンナさんに見られてしまったが、彼女は何も言わなかった。

なぜ捨ててしまうのかとごまかすように聞くと、偉い身分の人から直接いただいたものでなければ、泥棒として処罰の対象になるからだそうである。

捨てるのは、偉い人が捨てるようにと残していったものだから、問題ないという不思議な話だった。


俺の残した毒入り魚や果実酒も、ハンナさんが何かあったと言っていないから無事処分してもらえたのだろう。そう信じたい。

次からは自分で処分しよう。

もう‘次’にはあいたくないが。


 薬の礼を言って、身支度を済ませると、離宮の執務室で昨日残した書類仕事を始める。

武官長とセニールさんが担当の書類はほとんどこちらの希望通りになったようだ。

後は魔法具管理庁がサインしてくれればだいたいなんとかなる。


さて、今日からいよいよ貴族の坊ちゃん方の選別だ。



ここまで読んで下さりありがとうございます

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