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43.月下の魔法教室


 離宮に帰って真っ先に侍女さん達に今日のことを詫び、少しだけ落ち着かない様子のリリと食事を済ませて、風呂から出て、さて寝室でリリの特訓をと思ったら、仁王立ちのミーナに行く手を阻まれた。


 今日から寝室立ち入り禁止、俺の部屋を用意したからそちらに行けと言われる。


「今日の待機の担当もミーナなの? 毎日徹夜じゃ大変じゃない?」


「本日の担当ではありませんが、殿下がご自分のお部屋に入られるまでここに居ります」


 少し話すだけだからと言っても通してくれる様子はない。

荷物を取りに入るだけでもといったら、俺のものは全て新しい部屋に移したから、お部屋に入りご確認下さいと、とりつく島もない。


「ここでリリと話をするならいい?

俺の部屋にお越しいただくのも、もちろん駄目なんだろうから」


「当然です」


「今から魔法の練習初心者編をやろうと思う。リリを呼んできてもらえる?

ミーナも見張るなら、一緒に覚えて。リリを守るんでしょう?」


 にっこり笑いながら言うと、やっとかしこまりましたと言って寝室に入っていった。

しばらく待っていると、いつもとは違う紺色のワンピースを着たリリが出てきた。

ドレスでも寝間着でもない姿は新鮮だ。

金の髪を三つ編みにして垂らし、少し緊張した様子だが、普通の女の子のようだ。


「ここで待機する人は、ミーナが呼びに行く事になっているのかな? 

その人に俺がこの部屋から出るまで待っててもらえる?」

「ミーナがこの部屋を出るまで誰も来ません。

大きな音がしても入らないよう言ってあります。

グレッグ、宜しくお願いします」


 膝を軽く折り、リリが上品に頭を下げる。

 さすがリリ。魔法の練習というのをよくわかっている。


「では二人とも、手をつないで下さい。目を瞑って、大きく深呼吸」


 二人の小さな手を取り、転移魔法を使う。

一瞬で、離宮の衣装部屋から、騎士団本部の決めてあった場所に移動した。


俺の足だけがっちり土の中に埋まるが、二人は無事だ。


 今日はリリと二人で魔法の練習をすると思っていたから、騎士団本部の中庭に二人が立つスペース分だけ罠のない場所を作ったのだが、三人になってしまったので、俺が罠にはまった。

素直に目を閉じて深呼吸している二人は、それに気付いていないようだ。


罠解除して泥を落とし、建物内にしかけた防犯魔法を探ってみるが、誰かが入った様子もない。

建物内は、月明かりだけの静かな空間だ。

視界は良好とは行かないが、目が慣れればぼんやりと人の姿はわかる。


「はい、では目をゆっくり開けて」


 どうしてこういたずらをした後というのは、どきどきわくわくするんだろうか。


二人がきょろきょろとあたりを見て、次に俺の方を向いて、リリは俺の手をぎゅっと握ったのに対し、ミーナは俺の手をふりほどき、リリをぎゅっと抱きしめ、無事を確認した。


「ここは魔法騎士団本部、中庭です。

俺が自分で目印をつけた場所に瞬時に移動できる魔法で、二人をこの場所にお連れしました。

気分が悪いとか頭が痛いとか、体の不調がなければ、早速練習に入ります」


「グレッグの魔法は、なんと言えばいいのか。

不思議です。

普段より長い呪文だったのはわかったのですが、なぜあれだけの長さでこんなに不思議なことができるのですか?」


 少し震えているミーナと違って、リリは落ち着いている。

俺が呪文を唱えたのを、耳を澄まして聞いていたようだ。


確かに転移の呪文は普段の髪を乾かしたり、幻覚の魔法よりはずっと長い。

ここの魔法よりは数段短いが、どうしてできるのかと聞かれると返事に困るな。


「俺の魔法は、適切な呪文と、しっかりしたイメージ、それを実現できる魔力さえあれば、誰にでもできます。

ただ、転移魔法は危ないから他の人には教えるつもりはありませんが」


「危ないとは?」


「壁の中や、土の中、海の中に転移して、パニックを起こして、そのまま誰にも気付かれずに…という可能性もありますからね。

 いずれ、リリには女王様らしい魔法を覚えてもらおうと思っています。

しかし、最初はみんな一緒。明かりの魔法です」


 リリの手を放し、手のひらを上にして、両手をぎゅっと握ってから開く。

それと同時に少し強めの光の魔法を使う。

両手の上にはこぶし大の光の球が浮き、白い光で俺達を照らした。


「この光は意識を逸らしても消えませんが、二人がこれからやるのは、集中していないとすぐ消えてしまう簡易の光です。まずは呪文と魔力を使うことに慣れましょう」


 ここまで初心者向けの先生は今までやったことがない。

だいたいが口がまわるようになる五歳くらいから魔法を覚えるから、本当に子ども向けの、自分が覚えた練習しかわからない。


俺の最初の先生は母親だったから、実用性重視。

部屋の明かりや、料理用の火の魔法、泡立て器なしで卵をふわふわにする風魔法とか、女王様が使えても使い道ないだろうし。


短くて、簡単で、言いやすい呪文を考えないと。

本当に、魔法語の辞書が欲しい。


「ミーナ、大丈夫ですか? 気分が悪いなら休んでいてもいいですよ?」

「大丈夫です。まず私がやりますので、陛下は離れてご覧になっていて下さい」


 優しい侍女は、リリに震える声を聞かせまいと必死になっている。

何も知らされずにいきなり転移魔法を体験したら、こうなるのか。

次回はないだろうが、少し自重しよう。


「怖いことはしません。リリやミーナを傷つける魔法でもありません。

少し肩の力を抜いて、こちらへ来て下さい」


「丁寧な言葉を使って、何のつもりですか」


 無意識に営業用のしゃべり方をしていた。

先生をしなくてはと頭のスイッチが切り替わってしまったようだ。

気をつけよう。


「せっかく優しい先生をしてあげようと思ったんだけど。

ミーナはいつも通りの方がいいらしいから、元に戻そうか。

大丈夫、そんなに怯えなくても、聞き慣れない呪文を唱えると、ぽんとこういう光が出てくるだけだから」


「怯えてなどいません」


 さすがミーナだ。

一呼吸で言い切って、本当に震えていた手が止まった。


「その調子。では、俺が言うのと同じ言葉を言って。

我が手に光を(ライテルトガント)』」


 目の前に小さな光の球ができて、すぐ消える。

ミーナは、大きく息を吸い込んで、区切るように呪文を唱えた。


「らい ふぇると がんと」


 うんちょっとおしい。

結構発音しやすいように単語を選び、ゆっくり言ったつもりなのだが、早すぎるようだ。


もちろん魔法は発動せず、何も起きない。


「だいたいあってる。

今度は手のひらを上に向けて水をすくうように。

その中にあの光の球が入るイメージで、もう一回」


「『我が手に光を(ライテルトガント)』」

「『らいてるとがんと』」


 小さな光は、ミーナの手の上に一瞬のったのだが、彼女自身のきゃっと言うかわいらしい悲鳴と同時に消えた。


「大成功。

光が出たら、それを見つめ続けてずっとそこにあってくれと思い続ければ、その光は消えない。

ただし、魔力が足りなくなると、光が弱くなったり、具合が悪くなったり、眠くなったりするから、それらの兆候があったらすぐやめること」


「続けているとどうなるのですか?」


「気絶する。倒れて頭を打ったりすると危ないから、絶対にやめること。

わかった? ミーナ」


「…わかりました」


 ちょこっとだけぼーっとしたままのミーナに少しだけ心配になりながらリリのそばへ行く。

期待と、不安と、緊張と、きらきらとした目をリリは俺に向けてくれた。


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