40.強面の役者
案内されて、武官長の部屋に入る。
五人が押しかけても部屋は広く、余裕があった。
部屋の中には、正面に大きな事務机、左右に書類棚、手前にソファセットとリリの執務室と似た配置なのだが、この部屋の方がどこか堅苦しい。
原因は中央に立っている武官長殿だと思うが。
「自ら罪を認め出頭してくるとは殊勝。
減刑は難しいが、せめて苦しまないよう願い出よう」
芝居でも見ているかのような気分になる。
立派なひげの役者が、舞台中央で一人、台詞を言っているかのようだ。
そんな風に思っていたからか、内容が頭に入るまで少し間があった。
「身分を偽り、陛下や国民を謀り、離宮を所有しようとした。死罪は免れん。
ヒース、罪人を説得し、ここまで連れてきたのは……」
「ちょっと待って下さい、俺いつの間に罪人に?」
「では、いつ、どうやって、何を目的に、城に入った?
許可を得ずに城に入るのは立派な犯罪だ。
また、披露目の時の魔法具はどうやって手に入れた?
そして、お前は何者だ?」
俺がどうやって城に入ったか。
俺が聞いた噂では、リリが以前から恋仲だった俺をこっそり引き入れたとか、荷物に紛れて入ってきたとか、どこの物語の話だと聞きたいような手段で入ったことになっていた。
武官長のしたような質問を今まで、直接俺に聞いてきたのはミーナ以外誰もいない事に今、気付かされた。
俺、ずっと女王陛下に守られていたんだな。
情けない。それさえも気づけていなかった。
「身分を偽りと言われましたが、俺はどこかの偉い人でも、ダンガリアとかローゲン公国とかいう国の人間でもありません。
俺はグレッグという名のただの男です。
披露目の時の花火は俺の魔法です。魔法具を使ったわけではありません。
最後に、どうやって城に入ったかと聞かれても…どう言ったらいいか…」
「殿下」
「はっきりと、答えよ」
ヒースが俺を後ろに引っ張ってくれたのと、武官長が俺を怒鳴りつけたのは、ほとんど同時だった。
耳がうゎんという変な感じになっている。
至近距離だったら、鼓膜破れていたかもしれない。
「正直に答えよ。あの日より前に、城の出入りの人数がおかしかったことはなく、荷物の中に紛れることはできないはずだ。どんなまやかしを使った。何の目的で城に入った」
袖の下を渡して入りましたとか、知り合いに入れてもらいました、搬入された荷物と一緒に入って出なかっただけですなどの言い訳は通じそうにない。
変な嘘は見抜かれる。
それならば、ほとんど本当のことを言えばいい。
「マーリク、リッジ、ルイスと一緒にこの部屋の前で見張り頼めるかな。
そばに誰も近づかないように」
皆が出て行ってから、しばらく部屋の中は無音になった。
耳鳴りのようなのも消え、ようやく普通に話せるようになる。
「陛下は何とおっしゃってますか?」
「自分が呼び寄せたのだと。秘密裏に引き入れたのだと」
苦々しい口調だが、ちゃんと答えてくれた。
何となくヒースと俺だけになった途端、武官長の雰囲気が変わった。
そう思ったから聞いてみたのだが、脅すだけだと答えない俺を油断させようとしてというわけでもなさそうだ。
だいたい、本当に俺を捕まえるのなら、部屋に入った途端兵士に囲ませて、有無を言わせず牢屋に連れて行けばいいのだ。
それが部屋の中には武官長一人。
副官さえいないのはおかしい。
理由はわからないが、武官長は俺と話がしたい。そう思えた。
「俺が離宮に入れたのはどうしてだかわかりません。
もう一度やれと言われてもできません。
陛下はずっと神に祈っていらした。そこに俺が突然現れたとおっしゃってました。
俺は普通に暮らしていた。気付いたら陛下が目の前にいて、夫になれと言われました。
なぜここに俺がいるのか、なぜ遠く離れた場所に一瞬で移動できたのか。
陛下は神のお力だと信じておられるようですが、俺にはわかりません」
「遠く離れた場所だと?」
「俺の家はもっと北の方らしいです。
今まで、この辺の地図なんか見たことないし、森の中の一軒家。
うちにいたのは家畜だけ。
俺がただのグレッグだと証明できるのは、俺しかいません。
よその国の名前なんて知らないし、うちの周りの気候などを陛下に言ったら、たぶんそのあたりだろうと教えてくれました」
「それを信じろというのか?」
「俺の意志ではなく、陛下の前に突然現れた。
こんなバカな話を信じろと言って、素直に信じて下さる方が何人いるか。
だから陛下は自分が引き入れたのだと言って下さったのでしょう」
「では、魔力が高いというのも陛下がその方を守るための虚言というのか」
「武官長殿は俺が魔法を使えないと思っていらっしゃる。
確かに、こちらの貴族の魔法は全く知りません。ですが、俺の魔法は使えますよ?」
「魔法とは、火で何かを燃やしたり、水を雨のように降らせたり、土で岩のように固い壁を作ったりするものであって、まやかしのようなものではない」
声を荒げるでもなく淡々とそれだけ言うと、じっと俺の方を見ている。
そうか。武官長の言うここの魔法は、魔力で何か形あるものを作ったり、壊したりすること。
それ以外のものはみんな魔法具でやっていると思われるのか。
実は俺、新しい魔法具を作れる職人とかだと思われているのかもしれない。
それを正直に言えば、見逃してやるとそういうことなのか?
それとも何か欲しい魔法具でもあるのだろうか。
「恐れながら、閣下、殿下の魔法は魔法具によるものではございません」
静かな部屋に、ヒースの落ち着いた声が響く。
武官長は、眉間にしわを寄せると、先を続けるよう言った。
「私は陛下のお力を直接拝見したことはございませんが、殿下の魔法は陛下に次ぐお力だと思います。
殿下、昨日の魔力の膜は今、お願いしたら作っていただけますか?
またそれは真剣も防げるものでしょうか?」
「張ったけど。たぶん真剣でも大丈夫なはず」
「閣下、抜刀をお許し下さいますか?」
満足げに頷いた後、ヒースが怖いことを言った。
一瞬武官長は不思議そうな顔をしたのだが、鷹揚に頷く。
「殿下、先日と同じ様に防いで下さい。宜しいですか?」
はいともいいえとも言わないうちに、ヒースは腰に下げた剣をすらりと引き抜く。
手入れが良くされていて、鏡のように綺麗だ。
防御用の魔法の膜は無色透明、自分にはこれがあるから大丈夫というのはわかっているが、真剣というのは独特の怖さがある。
それがきらりと光を反射したと思った次の瞬間、ヒースの剣が床に転がっていた。
剣を持ち慣れた人たちの本気が少しだけ見えた。
なるほど、素人には、避けようなどと思う間もない。
「今…のは?」
「これが殿下の魔法です。杖もなく、舞もなく、魔法具ではあり得ない防御の魔法。
エリティス伯にも壊せない鉄壁の盾」
「ヒース、手は?」
「大事ありません。
ご無礼致しました。
閣下、これが殿下のお力です」
武官長は、真っ直ぐにヒースの剣まで歩くと、それを拾い上げ、そのまま俺に向かって来る。
「ちょっとお待ちを。試すのなら、俺ではなく、こっちのソファにお願いします」
慌ててソファに魔法をかけると、武官長から離れ、壁際による。
一言も発しないまま、ヒースの剣を構え、ソファに切りつける武官長。
最初は撫でるように、優しくゆっくりと打ち下ろし、感触を確かめると、素早く打ち込んでいく。
剣が風を切る音がして、武官長には見えていないはずなのに防御膜ぎりぎりに剣を当てていく。
お見事だ。
「申し訳ありません。ご自身以外に防御魔法がかけられるなど思いもよらず…」
青い顔して謝っているヒースに、大丈夫だからと声をかけ、武官長を見守る。
剣を突き刺すようにして、ソファに攻撃するも、届かないとみてやっと手を止めヒースに剣を返した。
ほっと息をつくと、鋭い目がこちらを向いた。
「球なのか。以前見たことがあるのは風の盾だった。
射かけられた矢を全て巻き上げて防いでいたが、あれは正面のみであった。
なぜこのようなことができると黙っていた」
「俺は臆病者なんです。
自分が使う魔法が常識とはかけ離れているものだと昨日ようやく知りました。
ですが、それより以前から、陛下や、侍女達の反応を見て、何かが違うのかもしれないと感じていました。だから、なるべく魔法は使わないようにしました。
陛下にもできること全てをお話ししたわけではありません。
陛下が俺の魔法で喜んでくれたり、お役に立てるのならいくらでも使いますが、変な魔法を使えると、切り刻まれたり、悪魔の力だと処刑されたりするのはごめんです」
「全て陛下のために使うと?」
「もちろん俺自身の安全のためにも使いますよ?」
「……‘殿下’は、偉大な陛下の魔力によって呼び寄せられた。
そう言うのだな?」
俺が魔法を使える事はどうやら認めてくれた。
それと、何らかの特別な力で城に入ったということにしておいてくれるらしい。
武官長殿が俺の話を全て、信じてくれたとは思わないが。
「陛下が招いて下さったのなら、俺は罪人ではなくなりますか?」
「陛下は。王は神の御子だ。
とりわけ、今代の陛下は魔力がお強い。
そのようなこともあるのだろう。
王家は代々魔力が強く、魔法を使い、神の子として国を守り、民を支えてこられた。
今代陛下のお力は‘あまりにも強大で’他国にも恐れられている。
だが、いくら魔力があり、民から慕われていても、陛下は女性だ。
我ら騎士や、他ならぬ‘殿下’が、陛下をお守りせねばならない」
対外的には、女王陛下が魔法を使えないのではなく、魔力が強すぎて魔法を使うところを‘見せられない’ということになっているらしい。
ヒースもリリの魔法を見たことがないのに、魔法を使えないなんて露程も疑っていないようだった。
それだけ代々の陛下が特別なのだろうが。
何だろう、何かが引っかかる。
武官長はリリが魔法を使えないと知っているはずだ。
ヒースや、普通の貴族、国民は女王陛下が魔法を使えないなどとは思ってもいない。
つまり、俺も、女王陛下が魔法を使えないなんて思っていない、事になっている。
けどこの会話、どう聞いても、魔法を使える俺が、リリを守るんだぞと念を押されているような気がするのだ。
何かあったのだろうか、リリを守らねばならないと武官長に思わせるような何か。
ちらりと思い浮かぶのは、先ほどのリリの疲れた顔と、クレインの心配そうな表情。
俺が負担をかけただけなら、クレインが俺を責めるようなものがあっても良さそうなのに、先ほどは何も言われなかった。
怪しい女誑しだと思っている俺にも武官長が伝えたいと思うもの。
武官長になくて、俺にあるもの。魔法に関する何かだ。
ヒースがいるから直接的に話をしないのか、それとも俺がどこまで知っているかわからないからなのか。
それとも、きっかけがあれば話してくれるだろうか?
「陛下は物覚えも良く、魔力も高い。
そのうち、今の防御魔法のようなものも覚えていただこうかと思っています。
一番簡単な小さな風を起こすおまじないを、一目見ただけで使えるくらいです。
火の魔法や、水の魔法なんかもあっという間に使えるようになると思いますよ」
「陛下が‘殿下’の魔法を?」
「貴族の魔法でなければ、品位にかけるとか、王族として相応しくないとか言われるのでしたら…」
「左大臣の意見も聞かねばならんが、王は全ての魔法に通じているべきだ」
どんな魔法でもいいから、早く陛下が魔法を使えるようになって欲しい。そう聞こえる。
つまりはここ最近で、リリが魔法を使えないということが原因で困ることが起きた?
「左大臣は、セニール候ですよね。魔法の事は左大臣に聞けばいいのですか?」
「魔法や、式典などは左大臣、魔法具、法令などは‘右大臣’だ。
ソロン公爵は、魔法をお使いになる。
今までもいくつかの討伐にご助勢いただいたが、魔法に関する管理や、決まりを作るのは左大臣の仕事だ」
なぜ今、ソロン公の話になる?
ソロン公が何かしようとしているのか?
……今までリリの代わりに行っていた魔法が必要なことを、ソロン公がこれからはしないと言い出したら?
当然それなら、今度は女王陛下にお願いしようという話になるのではないか?
リリが、魔法が使えないとわかり、王様をやめるだけですめばいいが、たぶんそれではすまない。
武官長は、魔法が使える俺に、ソロン公が何かする前に何とかしろと、そう言いたいのではないのか?
「左大臣にもお話をして、陛下にも俺の魔法を覚えていただきます。早急に。
今日こちらに伺ったのは、護衛の三人を魔法騎士団と近衛を兼任させたいこと、ヒースを副官に欲しいこと、孤児の一人を見習いとして騎士団に入れたいこと、またその孤児の入城許可証発行をお願いしに来ました。
他にも許可をいただきたい書類を侍従が持っております。
後ほど署名をお願いします。
では、誤解も解けたようですし、俺はこれで失礼します」
怖い顔のまま頷いてくれた武官長に頭を軽く下げて、廊下まで出ると、心配そうな俺の護衛と、侍従、そして武官長の騎士達が揃っていた。
慌てて出てきた俺に駆け寄ってくれるが、今は説明している間も、頭もない。
「殿下、どうなさいました? どこかご気分でも…」
「いや、ええと。大丈夫。
マーリクとルイス、書類の処理と後よろしく。
武官長殿はちゃんと話を聞いてくれるから、失礼のないように。
任せたから」
「殿下?」
顔色が悪いだろう事もわかっているが、取りあえず左大臣の部屋だ。
魔法に関することを知っていて、リリの味方。
そして、唯一素直に俺と話してくれそうな偉い人。
教えてもらったばかりの最短距離をできる限り急いで移動した。
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遅くなりました。