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4.職はやっぱり先生業?

「リリ、辞書はないかな? 文字がみたい」


 食後のお茶を終えて、リリに声をかけると、軽く頷かれた。

侍女についてこないよう言いつけ、二人だけで右手の扉に向かう。


そこは書斎というか立場的に言うと執務室なのだろうか。

本棚が並び、大きな机には書類が重ねられていた。

ひとつを手に取るが全く見たことのない字、読めない。


「辞書と言っても簡易ですが」


 渡されたのは結構分厚いしっかりした本。

紙質は少しざらざらしているが印刷された本だ。

ここの文化の発展度はいまいちよくわからない。


リリに文字の並びや、基本的な発音、実際の文章を読み上げてもらいながら字を目で追っていく。

どうやらこれならいけそうだ。


学生時代に遊びで覚えた翻訳魔法。別名カンニング魔法。

外国語の試験の時にこれをやって、一度目はばれず、二度目はばれてレポート提出になったが、教授たちからは実は褒められた。

少しだけ改良を加えて呪文を唱えると、辞書が辞書に見えてきた。

筆記用具をもらって自分の名と、リリの名前を書いてみる。


「あってます。もう覚えたの?」


 きつめのメイクの金髪美人がかわいい顔で驚いている。


「魔法使ってみました。これで少しはごまかせるかな?」


 尊敬のまなざしを向けられる。

目が輝いて、凄い凄いと見つめられるのはちょっとだけ嬉しい。

文字を書いて遊んでいると、執務室の扉が叩かれた。

観音開きの大きい方の扉だ。


声をかけると、失礼しますといい、老人が入ってきた。

髪は白く、背は曲がっていないものの七十くらいには見えるしわの多い顔をした人だ。


「エルド?」

「陛下? この者は? 何をなさって…いやまずは、婚約を早めるとはいかなる事でしょうか、たった一日といえ私は、反対でございます。大体ソロン公との婚約など」


 老人は少し興奮気味にそれだけ言うと、咳き込んだ。

俺がそばにあった水を手渡すと礼を言いながら一息ついた。


「ソロン公との婚約は、白紙に戻します。

婚約相手はこのグレッグ・ドルラルです。

魔力は私の知る限り、この国一番。

身分はありませんが、不服はないでしょう? エルド」


 エルドと呼ばれたご老人は、まじまじと俺を見ると、いきなり手を掴みぶんぶんと振りだした。

そのあと両手で俺の手を握り神に感謝の言葉を捧げている。


困ってリリの方を見ると、彼女も少し苦笑いしていた。


「はじめまして、グレッグといいます。よろしくお願いします」

「グレッグ様、文部左大臣を務めさせていただいております、セニールと申します。

ただいま侍従を呼んで参ります、少々お待ち下さい」


 俺の手を離すと、嬉しそうに部屋を出て行く老人。扉を閉めるのさえ忘れている。


長椅子に二人で座り、待っていると、老人ともう一人若い男が深々と頭を下げてから、部屋に入ってきた。恭しく差し出されたのは、俺とリリの婚約誓願書。

一番下に署名をと言われ、素直にサインする。リリも綺麗な字で自分の名前を書いた。


「お預かり致します。午後の鐘のあと、神殿で簡易の式を行います。

よろしいですか?」


 リリは鷹揚に頷いたので俺は黙ってそれを見ていた。

その式が終われば、俺は正式にリリの婚約者となるらしい。


「こういうときは、リリに指輪とか贈りたいんですが、そういえば、金がないな。

あとで働いて返しますから、セニールさん、貸してもらえませんか?」


「は?」


 老人が首をかしげてもあまりかわいくないということがわかった。

驚いたリリはかわいいのに。


かわいい方の手を取って眺めてみる。装飾品は嫌いなのか、何もつけていない。

髪飾りだけは赤い石が付いたものがとめられているが、ネックレスもイヤリングも指輪も何も付いていない。


「リリは指輪嫌い?」

「つける習慣がないだけです」

「じゃあ、これをあげるよ、リリには少し大きいかもしれないけど、俺の母の形見だから」


 小指にあった防御系の指輪を引き抜き、リリの細い中指にはめてみる。石も付いていない不思議な模様の指輪は、ぴったりとリリの指にはまった。


「大切なものではないのですか?」

「リリがずっとそれをはめて俺のそばにいてくれれば、一緒だから」


 若い頃、遠くに行かなくてはならなかった父がお守りにと母に贈ったものだと聞いた。

母の薬指にはまっていたそれは、リリの細い指には少し重そうである。


攻撃を受けたときに自動で防御幕を張るという父特製の魔法の指輪は今まで何度か俺も助けてもらった。同じような呪文を首の鎖にかけて、正面を見ると、老人と若者がまだ動かずそこにいた。


「どうかしました?」

「…手続きをして参ります。陛下、グレッグ様、おめでとうございます」


 正式なお辞儀なのだろう、老人と若者はそろって立ち上がり、同じ礼をしてから出て行った。

  

「ご両親は、亡くなられたの?」


 リリは指輪を見つめたまま、つらそうな顔。

自分の親と重ね合わせているのだろうか。

彼女の手をきゅっと握って、微笑む。


「十三のときには一人だったな。幸い国が魔術系の大学に進むならと奨学金と孤児用の補助金くれたから、そっから全寮制の学校に行って、食事と寝る所には困らなかった。

母は病死、父はまぁ、事故死かな? 大学を出て、そのままその学校で講師して、同じ敷地の寮にいたから、それほど孤独も感じなかったし。

まぁ、平和な毎日だった」


「魔法の先生? 貴方ほどの魔力の持ち主が?」

「俺の国では上位四十人にぎりぎり入るかどうかくらいだったから。戦争でも起こればそのまま魔法兵としてかり出されていただろうけど、交戦するほどではなかったし。

教授やるほどの腕もなかったから、少し変な魔法を教える先生ってとこだよ。

主な仕事は学生と遊ぶことだったから、主任たちには受けが悪かった」


「グレッグ、私は、この国で魔法を使える騎士を育てたいと思っていました。

その教師をできれば貴方に…」

「女王陛下なら、やりなさいといえばいいのに。やはりこちらが素なんだね。

仕事をくれるならやりますよ。稼いでリリにプレゼント買いたいし、取りあえず自分で着られる自分の服欲しいし。侍女さんにいちいち着せてもらわないとだめとか、人としてどうかと思うし」


「貴方は私の夫になる方だ。働かなくとも、欲しいものはいえばいい。

侍女たちも貴方の自由に使えばいい。服など自分で着られずとも何の問題もない」

「女王様の夫ならそれでいいかもしれないけど、それはつまらないから。

暇だとろくな事考えないしね。たとえば、…暗殺とかね?」


 握ったままのリリの手は、逃げることなく、ほのかに温かい。

俺を見る目も変わらない。


 この離宮自体なのか、リリのいる部屋だけなのか、今まで通った部屋には窓がない。

通気口らしい穴も手のひらほどのものしかなかった。

たぶん外からの暗殺予防なのだろうと勝手に思っていたのだが、それだけ警戒しているのに、リリの俺に対する態度はおかしい。

ただ魔力があるからといって、無条件に俺を信じすぎている。

何でもいうことは聞いてくれるし、信じてくれる。

自分が危害を加えられるとは少しも思っていない態度。

これはどういうことなのだろうか。


「暗殺者にしては瞳が綺麗すぎる。彼らが私を見る時、もっと暗い底の知れない瞳か、憎しみのような強い光を持っています。そういう人たちは魔力の光も濁って見えることが多い。貴方の光はまぶしいほど強く、綺麗です。私の方こそ聞きたいくらいだ。

貴方はなぜ、私にそんなにまで協力的なのかと。

本当なら、貴方のいたところとは違う世界に来て、いきなり夫になれといわれて、多くを望まず私の力になろうといってくれる。

なぜです?」


 美女に、瞳が綺麗だと褒められてしまった。透き通るような茶の瞳が真っ直ぐに俺を見ている。

王女様として、女王陛下として何度も危ない目に遭ってきたのだろう。

純粋で真っ直ぐな箱入りのお嬢様だと思っていたが、俺が考える以上に色々超えているのだ。きっと。


「違う世界に来て慌てたり騒いだりしていないのは、そういう研究をしていた同僚がいたからだと思う。自分たちのいる世界のそばに似たような同じ世界があっていつかそこに行くんだとずっと研究していたから、時々意見を求められたり、論文の手伝いとかもしていたし、転移魔法の改良とかいう実験もやったし。

だから、ここに来てしまったのが偶然なら、もう一度同じ偶然が起こらない限り俺は帰れないって事も、今は自力で何とかできそうもないって事もわかっている。

どうせ帰れないならかわいい女の子の役に立って、好かれたい。

理由としては単純でしょう?」


 リリは首を横に振った。そして、俺の手に自分の手を重ねる。


「神に感謝を」


 自分の額に両手で持った俺の手を近づけ、祈りの言葉だろうか、それをつぶやいている。


ここの神様はこんな美人に祈りを捧げられていいなぁとかくだらないことを考える。


「儀式の行われる教会は城の外になります。

護衛の者を紹介します、訓練所へ行きましょう」


 いくつかの部屋を抜け、リリの案内で離宮の外へと出た。



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