38.武人の置き土産
みんなでやったおかげか、広いと思っていた魔法騎士団本部の騎士寮部分と、中庭側の掃除は終了し、侍女達は午前中だけとの約束だったそうで、掃除道具を置いて城へ帰って行った。
俺は使用人棟の鍵を開け、午後からの配置を決めると、昼食のテーブルの準備だけお願いしてリリの執務室へ向かった。
朝と同じ所に騎士とルイスだけが立っている。
「殿下。何かございましたか?」
「こちらは使用人棟残して掃除が終わったから、陛下に報告と本部の書類もらいに来たんだけど。
お留守?」
「まだお戻りになっていません。朝議が長引いているのだと思うのですが」
「言いにくそうだけど、本部譲渡でもめているとか?」
「それもございます」
「それ‘も’か。他には?」
「本日出発なさった領主の挨拶で、少し朝議が始まるのが遅かったせいでもあります」
「え? お祝いの挨拶みたいなのまたやったの?
もしかして、それ俺が隣にいた方がよかったんじゃないの?」
「殿下は騎士団のお仕事で忙しいだろうから自分一人で良いと陛下が」
自分の上着を見て、思わず頭を抱えた。
だからか。
離宮の侍女さん達が一生懸命俺に手をかけてくれたのに。完璧に無駄にした。
地方の領主に俺とリリがセットだと、仲良しだとアピールしてくれようとしたのだろうに。
今の俺は、少しホコリを被って、汗かいて、頭はいつもよりも乱れ、少しくたびれている。
手早く、できるだけ朝の状態に戻すよう努力してみる。
他の騎士の目もあるので、魔法は軽めに目立たない様、服を綺麗にする。
「挨拶を受けること、言ってくれればよかったのに」
「殿下はあちらの鍵を開けてすぐにお戻りになると思っていましたので。
まさかご自身で掃除なさるとは思いませんでした」
そうだろうな、城の外一周してたとか言ったら怒られそうだな。
そういえば、朝の侍従長の連絡事項の中で、どこかの伯爵が、今日は帰らないで明日帰ることになったとか報告していた。
そんなことまで覚えていなくてはいけないのかと思いながら、俺聞いてたよなちゃんと。
「ごめん、ルイス。今更だけど、明日の予定とかきいてもいいかな。
できれば先も予定とかわかっていれば教えてもらえる?」
「殿下の予定は、騎士団を最優先にするようにとのことですので、明日から数回に分けて騎士団の入団試験を行うことは決まっておりますが、これらの書類の処理如何によっては変更になります」
サインの欄があいているものをざっと見せてくれた。
細かい書類が多く、道の使用許可とか、職人の入城許可とか、騎士団の給料の書類まであった。
これらの書類が通らないと、騎士団の本部は仕上がらない。
そうすると訓練もはじめられないというのはわかるのだが。
「これ、陛下のサインが必要なの? 大臣だけで良さそうだよね」
「いえ、それが…。大臣や武官長のご都合が悪く、お目通りが叶わず。その…」
一応遠慮してくれているみたいだが、拒否されたんだな、サイン。
朝議が終わっていないということは、この書類もそれが終わるまで見てもらえないのか。
「それは俺が直接もらってくることはできるかな?」
「殿下が?」
「陛下の許可ももらうし。色々聞きたいことや頼みたいことも出てきたし」
「昨日まではこんなことはなかったのですが…」
よく聞くと、大臣の所は、仲のいい侍従が休みで他のものは大事な書類ならば大臣がいらっしゃるときにおいで下さいと言われ、武官長の時は、来客中だと通してもらえなかったそうで、どちらも俺の書類だから拒否されたといいがたいものがある。
「エルの入城許可も欲しいし、そういうのは武官長?」
「あの子どもは孤児ではないのですか? 市民証のない孤児に入城許可というのは。
…そうですね、武官長の承認も必要となると思います」
町に住む人たちは税を払って、市民証というのを持っているらしい。
災害があったときなどに守ってもらえるし、兵士になるにも必要なものだそうだ。
町の外に住む人たちは、町の入り口で入るたびにお金を払って門を通るのだが、市民証がある人は基本ただで入れる。そして出入りのチェックも甘くなるらしい。
その市民証すら持っていない子どもに、常時城に入れる許可証はちょっと厳しいのではないかというのだ。
「それは俺が迎えに行ったから、エルは毎回城に入れてもらえたということだよね?」
名前だけしかできていない魔法騎士団の団員だと主張しても入れてもらえない訳か。
「証明する人もなく、殿下のお召しと口で言うだけでは入城できなかったと思われます」
「俺自身も、ヒース達がいないと‘殿下’だとわかってもらえないみたいだし。
まずは武官長の所へ行こう」
そんな話をしていると、後ろの方から誰かが大きな声で話しながら歩いてきた。
先頭を歩くのは、女王陛下。そばにはクレイン達護衛と、侍従長と、誰だったか。
見たことはあるが、名前は覚えていない禿頭の男。
後で時間を取るとリリが告げると、男は頭を下げて踵を返した。
「お帰りなさい」
「遅くなりました。
本部譲渡の書類はまだ揃っていないのです。もう少し待って下さい」
長引いたという朝議のせいか、幾分疲れた様子のリリ。
あまり無理をしないよういうと、俺の顔を見てにこりとしてくれるが、少し元気がない。
執務室の扉を騎士が、一礼して開けてくれる。
中に入ると、侍従長が書類を並べ、朝と同じ様に報告が始まった。
俺達は邪魔にならないよう端に寄った。
女王陛下はそれを聞きながら書類を片付け、新たに指示を出し、俺達の方を見た。
「今朝はお供をせず、すいませんでした。
また、城の侍女を貸して下さりありがとうございました。
おかげさまで、使用人棟を残し清掃を終えました。
今から武官長と、大臣の所に書類の署名とお願いにいきたいと思います。
宜しいでしょうか?」
「お願いとは?」
目の前にはクレイン達騎士もいる。後に回した方がいいのだろうか。
ためらっていると、リリが軽く頷く。
侍従長や、部屋の中にいる数人の護衛が揃って出て行く。
部屋の中には俺とヒース達、クレインともう一人だけになった。
人払いをしてくれたようである。
これは、言うしかないようだ。
「エルの入城許可と、ヒースを俺の副官にしたいのですが。
近衛とこちらの副官は兼任させてもらえるでしょうか?」
「どちらも武官長の職域ですね。私はかまわないと思います。
本人も不満はないようですし」
ヒースを見れば、目礼を返してくれた。
他の騎士達も不満げな様子は。
……あった。
二人の意志も後で聞いてみよう。
「グレッグにと、預かってきたものがあります」
後ろに控えていたクレインが、立ち上がったリリに細長いものを手渡す。
それをリリが俺に渡してくれた。
細身のたぶん真剣だ。木剣よりも重い。
白い鞘に簡素な作り。装飾品ではなさそうだ。
「エリティス伯からです。次はもっと鍛えておくようにと言っていました」
周りから感嘆の声。
「次? また手合わせしろと言うことでしょうか?」
「伯爵は‘あれ’を破れるよう鍛錬をしてくると言っていましたが」
「殿下、おめでとうございます」
俺の護衛達は揃って祝福してくれる。なぜだ。
「次はこれでやろうということでしょうか?
木剣でも結構怖かったんだけど。特に最後のとか」
体を動かすのは嫌いではないし、手加減してくれている間はスポーツをしている楽しさがあったのだが、真剣でやろうというお誘いなら断りたい。
珍しく、ヒースが発言を求めてきたのでリリの許可を取り、頷く。
「伯爵のあれは本気ではありません。私が気付く程度です。加減して下さってました。
首に当てずに止める程度、あの方には雑作もないでしょう。
それよりも、エリティス伯の剣です」
「相手を認め、再戦しましょうという意味があるそうです。良かったですね」
リリは大変嬉しそうなのだが、俺は持っていた木剣より少し重いだけの剣が、ずしりと重くなった気がした。
ヒースは見たこともないくらい上機嫌で、剣を眺めている。
副官の話より嬉しそうだ。
抜いて見せてあげたいが、さすがに女王陛下の前で抜刀とか、そのまま牢獄行きになりそうなので、後でゆっくり見てもらうことにしよう。
「エリティス伯は俺がこの剣を持ってもいいと思ってくれたということですか。
とても光栄なことなんですね?
ありがたく頂戴します」
王様の服にも仕掛けがしてあって、ちゃんと剣を佩けるようになっているらしい。
ヒースにやってもらったが、なれるまで歩くときに気をつけないと、どこかに当てそうだ。
「外での食事は次回、ご一緒させて下さい。離宮の方には連絡をしておきます」
魔法騎士団本部の昼食の手配はしてくれるらしい。
また仕事を増やしてしまったと詫びると、それよりも、武官長も昼で部屋にいるだろうから急いだ方がいいと言われ、執務室を後にした。
閉まっていく扉の隙間から、クレインが心配そうに女王陛下の顔を窺っているのが見えた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
まったりのんびりモードに戻ります。
無理はできませんでした。