37.仔馬たちの目
お食事中の方、汚いもの、いじめ、いじめられっ子の記述がございます。そして普段の2回分以上。長いです。
御注意下さい。
鍛錬コースからはずれるとすぐ見えてきたのは、木造の大きな平屋。
窓は外開きで全て開いていたので、厩舎の近くによると、干し草と動物の懐かしいにおいがした。
厩舎の入り口からは反対になるようで、開いている窓から顔を入れれば、誰か気付いてくれますよとマーリクが言うので、近づいて中をのぞいてみた。
首の下に窓枠が来るくらいの高さで、掃除が行き届いているのかそれほど臭くもなく、中も思ったより明るい。
半分以上の馬は出ているのか、がらんとしている。
首を出してのぞくと、奥の方には馬も人もいるようだ。
厩舎の入り口は近くに見えたが、窓から人の顔が見えるのも面白いだろうと、そのまま壁際を歩く。
「殿下、不用意にのぞき込まないようお願い致します。中に馬がいて暴れれば危険です」
「ごめん、こんなに大きい馬小屋見たことなかったからどうなっているのかなと…」
馬たちの警戒したような、怯えているような鳴き声が聞こえた。
一頭ではなく、複数。
そこにいやな笑い声が混じる。
警戒する護衛をそのまま引き連れて、一番奥の窓から中をのぞく。
窘めようとするヒースを制して、みんなに静かにするよう身振りで示した。
口元に人差し指をたてるのは、万国共通だったらしい。
中の声がはっきり聞こえるように細工して、さらに開いている窓に向こうから見えないよう魔法をかけると、堂々とのぞき込む。
落ち着かない動きをする馬たちの先に五人の小さな人影。
立っているのが三人、ころころと転がっていく水桶の先に、ずぶ濡れで泥だらけの二人がうずくまっていた。
「二人ともよく似合ってるじゃないか、その格好。
今日が最後なんだってな、ずいぶん‘出世’するそうじゃないか」
赤い髪の男というよりは少年が二人を見下ろしながら言う。
立っている三人は同じ服装で、ヒース達と似たようなものを着ている。
彼らも騎士見習いのようだった。
「魔法の天才、期待の星だもんな」
「魔法騎士団っていうんだろう?
おまえみたいにひ弱な集まりに入れてよかったじゃないか。近衛よりもお似合いだ」
「あの‘殿下’の魔法聞いたか? 新しい魔法具らしいぞ」
「今度売り出すらしいな。出世祝いにひとつ買ってプレゼントしてやるよ」
「俺も聞いた。まやかしで平民が騎士団長になれるんだから、俺だってできるよな」
泥まみれの2人を眺めながら、少年達は好きなことをいっている。
彼らの方に近づく様子はない。
直接手を出すのは規則やら、跡が残るからやらないのだろうか。
どうにもやり方が汚い。
それにしても、いつの間に花火、販売されることになったのだろうか。
そうか、あれは新しい魔法具と‘みんな’は思った訳か。
…なるほど。
「殿下、しばしお側を離れます」
「ヒース、止めにいかなくていいよ。子どものけんかに大人は、いらない」
再び静かにするよう言うと、護衛は黙った。
俺が馬鹿にされているのを聞いて、優秀な護衛騎士は守ってくれようとしているのだが、これは俺の問題じゃない気がする。
エルは中の様子が見えていないからか、中の話がわかっていないからか、自分の人差し指を口に当て、俺の方を見たので、頷いておく。
「だいたい平民が騎士になるなんて生意気なんだよ」
「平民は泥にまみれてればいいんだよ」
「……あなたたちは、いつもいつも。
貴族としての誇りはないのですか。
力の弱いものを守り、導くのが騎士ではないのですか」
ゆっくりと立ち上がったルーセントは、顔を真っ赤にしながら三人を睨み付ける。
その姿に笑っていた三人は、不機嫌そうに顔を歪めた。
「お前らみたいなやつを守るために騎士になるんじゃない。
か弱いルーセントがよく言うよ」
「せいぜい詐欺師にこび売って、今度は首にされないようにするんだな」
「そっか、近衛で使えないやつが行くのか」
一人がようやく納得したという顔で頷く。
馬鹿にしている彼らは、ルーセントよりも背が高く、力も強そうだ。
兵士としての資質なら、彼らの方が上なのだろう。
騎士としては、俺はルーセントの方が上だと思うが。
「そのうちあの詐欺師も処刑されるから、魔法騎士団なんてバカなものもなくなるんじゃないか?
王都には、近衛騎士団と、陛下がいらっしゃればそんなもの必要ないんだよ」
「そうだよな。ルーセントが首にされるより、そっちの方が先だろうな」
「殿下は、詐欺師などではなく、素晴らしい魔法を使う方です」
「うん。ルーセントの魔法よりも、綺麗で、凄くて、楽しそうだった」
濡れて張り付いてしまった前髪をかき上げながらレオは立ち上がり、何事もなかったかのように掃除道具を手にした。
「何してるんだよ」
「掃除だよ。ここが終わらないと向こうに行けないんだ」
邪魔しないでと言って怯えている馬を順番に宥める。
「お前、平民のくせに生意気なんだよ」
「君は騎士になるのに馬のそばで大声出すなんて、大丈夫?」
「なんだと」
馬を宥めながら相手の顔も見ず、レオは続ける。
「馬はね、大声を出すと怯えるんだ。
騎士なら馬に乗って訓練するんじゃないの?
いくら軍馬だって言っても、まだ小さいんだ。
こんなに怯えてる。
これ、世話をした人の責任になるんじゃないの?」
少年達は揃ってぎくりとした。
どうやら、誰もそんなことは考えなかったようだ。
「俺達じゃなくお前達が騒いだからだ。
お前達が悪いんだからな」
そうだそうだと二人が追従し、報告してくると少年達は出ていこうとする。
その後ろ姿に少しだけ、ほんの少しだけ魔法をかける。
「ヒース、あの三人誰だかわかる?」
「近衛見習いのもの達です。申し訳ありません、殿下」
「三人とも見習い期間延長と、ここの掃除を偉い人の監督付一年以上。
お願いできる?」
「それだけで宜しいのですか?」
「今はそれで。三人とも馬を見てやってくれる? 俺はあっち行ってくるから。
大丈夫、危ないことはしない。
エルはかご持って入り口で見張りよろしく」
窓から入ったら余計馬を驚かせるので、入り口にまわる。
二人はそれぞれ別の馬の様子を見ているようだった。
「ルーセント、レオ、迎えに来たよ。エルも来てくれたし、ここ片付けて早く行こう」
「団長?」
二人はこちらによって来ようとして、自分の姿と相手の姿を見て立ち止まった。
近くによってわかったのだが、二人にかけられたのは泥水ではなく、馬糞入り水だったようだ。
「怪我はしてないようだけど、もっと‘きついの’かけとくべきだった」
「殿下?
今ちょっと汚れておりますので、支度してから伺います。
遅くなって申し訳ありません」
俺の独り言が聞こえてしまったようだが、まあ、気にしない。
ルーセントはお辞儀をすると、一歩下がった。
かまわずに肩の辺りを掴み、浄化、洗浄、乾燥と順番に洗濯魔法をかけていく。
同じ事をレオを捕まえてやると、彼は俺の口元をじっと見ていた。
「掃除、寝わらの交換、飼い葉と水桶の水交換と、他にやることは?」
「担当の騎士に検分してもらえば終了です」
「では手分けしてやろうか」
見張りのエル以外で、馬のいた房を整え、綺麗になったところに先ほどの少年達が騎士を連れて戻ってきた。
「騎士ヒース、どうしてここへ?」
知り合いだったのか、それともヒースが有名人なのか。
今までの人たちの反応からすると、ヒースが有名人なんだな。
俺がレオを探していたので連れてきたというようなことをいうと、男は俺に敬礼してくれた。
「ここはとても丁寧に掃除をするんですね。二人に色々教えてもらいました」
「はい。
特にルーセントは、自ら志願しただけあってとても丁寧で、安心して任せられるのです」
あの3人が連れてくるのだからと少し警戒していたのだが、この男はまともそうだ。
男の後ろについてきた少年達は、まずルーセント達の格好を見て驚き、その後、俺達の会話をつまらなそうに聞いている。とてもわかりやすい。
俺は愛想よくにっこりと、顔を作る。
そう、俺が子どものしたことを怒っているなど少しも気取らせてはいけない。
「壁についていた馬糞かな? そんなのまで綺麗に掃除して、落ち着かない様子だった馬たちも二人が上手に宥めていました。
騎士は馬をとても大事にするんですよね」
「はい殿下。馬が扱えてようやく一人前です。それにしても、壁についていた?」
「乾かないうちに落とすと楽だそうですね」
あくまでもにこやかに。そう思っていると、そばでマーリクが鼻をおさえ、辺りを見回す。
「先輩、何か臭くないですか? さっきまでこんなに臭くなかったですよね?」
「…たしかに」
「ルーセントからもレオからも変なにおいはしないし、俺も臭くないと思うんだけど」
わざとらしく、袖口を鼻に近づけてにおいをかぐ動作をする。
みんなが似たようなことをして、自然少年3人に視線が集まった。
「俺達じゃありません。さっきも言いましたが、彼らが…」
懲りもせず大きな声で返す少年達。
男は、今までの柔らかい表情を消して、少年達に静かに外に出ていなさいと言う。
「今日から転属になる二人が新しい騎士団で活躍してくれる日が楽しみでなりません。
二人ともよく頑張ってくれました。立派な騎士になって下さい」
男は再度敬礼すると、待たせている少年達を文字通り引きずって、どこかへ行った。
入り口でかごを持ったエルがぽかんとそれを見ていた。
全員で鍛錬コースに戻り、今度はゆっくりと歩き出す。
子ども達はなんだかルーセントが謝った後、意外に仲良く並んで歩いている。
本部内の探険しようと計画中らしい。
俺の発想がこの子達と全く一緒とか、秘密の部屋とかみつけようという話に心動かされたりは…ちょっとだけした。
そうか、王様の建物だもんな、秘密の部屋とかありそうだな。
やっぱりエルは賢いな。
「殿下、彼らに何をなさったのですか?」
前に気を取られていたら、ヒースが怖い顔で聞いてきた。
子ども達には聞こえないよう小さな声で話す。
「ちょっとした‘かわいいいたずら’だよ?
あの臭いにおいが一日中ついて回る魔法。
こんな風になるとは思わなかったけど、マーリクがタイミングよく臭いって言ってくれたから、かなりうまくいった」
「三人とも貴族の子だから反省室行きですよ。ずっと規則を書かされたり、反省文を書いたりしなくちゃいけなくて大変だきっと」
やったことがあるのか、罰則に詳しいマーリクがとても楽しそうに教えてくれる。
「子どものけんかに入らないのではなかったのですか?」
「あいつら初めてじゃないよこういう事したのも、されたのも。
レオは商人の子だから、今までの経験から貴族に逆らわない方が早く終わるだろうし、良いと思ったのかもしれない。
けど、ルーセントは、水をかけられたりするほどじゃないだろうけど、‘やられなれて’いた。
まじめで魔力があって、他の騎士達にも評判が良いみたいだし、期待されていた。
他の子から見たら、自分より力のないやつがちやほやされて気に入らないんだろうな。
あいつら、傷が残らなくて、やられるといやなことを繰り返しやってたんじゃない?
見ている間に手は出さなかったし」
「殿下、もしかして怒っていらっしゃるのですか?」
「リッジにはそう見える? おかしいな、俺の顔笑ってない?」
頬に手を当て確認してみるが、先ほど作った笑顔は張り付いている。
講師でも先生となれば、どんなときでも爽やか笑顔。
五年の間に染み付いてしまった技だ。
「とてもにこやかなお顔です。これから必要な技術だとは思いますが。
ほどほどになさって下さい」
「ありがとう、ヒース」
三人についてはしっかり調べ直し、鍛え直してくれるそうだ。
俺についても、今回だけは勘弁してくれるらしい。
恨みが俺に向くようなものはなるべく避けてくれとお願いはされたが。
しばらく歩くと見事な起伏が見えてきた。
「確かにでこぼこだ」
「団長、どっちへ行くんですか?」
これは子どもの足にはきつい。
階段で言うなら三段分くらいが、山になっていて、二、三歩いくと、同じくらいへこんでいる。
それが何回か続き、緩く上り坂になっているのだ。
「このまま真っ直ぐだよ、危ないから足下気をつけて」
「なんでこんな風になっているんだ、ここ。訓練用にわざわざ作ったの?」
「この上に食料庫があるので、泥棒よけですよ。
昔、荷車でごっそり運ばれてそれ以来、食料は表から入れるようにしたって聞きましたよ」
「泥棒が持っていったの?」
「もちろん捕まったらしいですけど。そんなことを考えないようにって」
「それで鍛錬用なのかもね。泥棒を見過ごすなんて訓練が足りないんだとか」
「そうかもしれません」
ここはほとんど人が通らないので、普通の人が通れなくても良いとそのままになっているのだそうだ。城のそばに人が通れるだけの道も作ってあるから、そっちに行っても良いですよと言われたが。
「楽しそうだし、ストレス発散。
大人は自力で走るとして、三人はちょっと特別なのをやろう。
昨日のルーセントの羽の小さいのをつけてあげよう。
ちょっとだけ体が軽くなって、あれくらいなら飛び越せるから」
軽量化と、手のひらサイズの羽の幻覚魔法を三人の背を叩くことによってつける。
制限時間十分程度なら人も来ないと言うし、遠くから見れば、身軽な子ども達にしか見えないだろう。
「ちっちゃい羽だ」
自分についた羽を触ろうとして、首をかしげ、他の2人の背を触ってまた首をかしげている。
三人がそれぞれにやるもんだから、見ていて面白い。
「その羽は触れません。羽が消えないうちに食料庫? それが見えるところまで走る」
子ども達は楽しそうにジャンプを続け、軽々とでこぼこを乗り越えて、誰が一番ジャンプできるか競い合っている。
大人達は、軽い汗をかいてたどり着く。これを全身鎧つけてはきつい。
だが、鍛錬コースとしては丁度良い。
羽が消えた後、本部のそばまでたどり着き、お掃除部隊に合流した。
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間が悪いのは重々承知しております。
スピードアップを図るため、長くしてみましたが、
直すのに時間がかかり、1回目にして後悔。
12:00 指摘をいただき訂正。ありがとうございます。