35.新しい朝の風景
お気に入り200突破記念。(一昨日まではあってたのですこの数字。)
0時現在お気に入り1800突破ありがとうございます。
離宮の執務室で昨日置いたままだった書類に目を通し、ミーナが入れてくれたおいしいお茶で一息ついていると、急に部屋の明かりが明るくなった。
これは魔法具に魔力を足したのか、それとも時計が組み込まれているのか。
そう思ったが、こちらには正確な時計というものがそもそもない。
外の光を検知してだと曇りや雨の日は正常に動かないから、やはり手動かな?
どちらにしても離宮の中にも朝がやってきたようだ。
隣の部屋も朝食の用意が始まったのか、食器の音がし始めた。
そろそろこちらも片付けた方が良いだろうかと、サイン済みの書類と、赤を入れたもの、質問するものを混ざらないよう分けた。
一人ちょっとした達成感を味わいながら、両手を上に伸ばし、背を反らせる。
なんだか、学校の講師室にいる時みたいだ。
妙に落ち着く。
軽いノックの後、ミーナの声が聞こえてきた。
勝手に入ってくるよう告げると、手に今日の衣装などを持った侍女さん達が入ってきた。
いつもは一人で放っておかれるのに、今日は洗顔から着付けまで全部お世話してくれる。
頭まできっちりセットしてくれた。
特に抵抗せず、お任せすると、最後に鏡を見せてくれる。
いつもよりも幾分か男前になったかもしれない。
「いつもそんなにみっともない姿をしていた?」
「いいえ」
ミーナがいつも通りよりもちょっと穏やかな対応だ。
俺に対する敵意が薄い。
変な話だが、いつも怒っている人が、ちょっと穏やかになると、逆に何かやらかしてしまったのではないかと心配になる。
他の侍女さん達も和やかな雰囲気で、朝食の準備が整いましたと案内してくれる。
みんながいつもより優しい。
何かあるのではないかとそっと隣の部屋に入るが、ここは普段と変わらない。
リリはまだ居ないが、給仕の侍女と、お茶を入れる係が動いているだけだ。
首をかしげていると、もうひとつの扉が開いた。
若草色のドレスが俺の方へ飛び込んできた。
ミーナや、ハンナさん達の静止の声は届かなかったようで、腕の中には久しぶりの柔らかい感触。
綺麗に結い上げられた髪から、ふわりと甘いにおいがする。
「おはよう、リリ」
少し柔らかい化粧をしたリリの額に朝の挨拶をする。
頬を染めるとか期待した反応はなかったが、それはもう嬉しそうに微笑み、俺にぎゅっと抱きついた。
ある意味とても幸せな状態なのだが、ちらりと侍女さん達の方を見る。
なぜか揃ってにこやかだ。
うちの護衛達のように目をそらしたりしていないあたり、リリのことをよくわかっているのだろう。
そして、俺への牽制でもあるとみた。
大人の対応をして下さいますよねと言う何ともありがたくない心の声が聞こえてくる。
仕方なく、ドレスがシワになるからと言って、それでも一度だけぎゅっと抱きしめてから放す。
今日のリリは金の髪を軽く結い上げ、若葉色のドレスに所々金色の小花が散った少しかわいらしい感じのするものだ。
俺が深い緑に金の刺繍の服装だから、二人で立つとまさにセットに見える。
「おはようございます」
小さな声で挨拶が返ってきた。手を取り、椅子に座らせると、自分も反対の席に着く。
ハンナさんはどんな風に俺のことを言ったのか、どこに行っていたのかとか、何をしていたのかなどの質問は全くリリからされていない。
食事の祈りも普通に行い、安全で、おいしい朝食をいただいた。
食後、離宮の執務室に入り、ようやくリリが口を開いた。
「朝議の後、グレッグの所へ行ってもいいですか?」
「今日は本部の掃除と、ちょっとした仕掛けをして、お城の敷地を探険してくる予定です。
本部で手伝ってくれた人とお昼をと思ってますから、また呼びに行きますよ。
…大丈夫。リリを置いてどこかになんて行かない。
そんなに不安そうな顔をしなくて良いよ」
明け方の夢の中で、ちゃんと召還拒否も思い出したし、帰着点の設定もした。
何があっても、どんなに遠くても大丈夫なはずだ。
この理論を組み上げた同僚がまだ異世界に移動できないというのが少し心配ではあるが、俺の知識でもここに戻る目印くらいにはなってくれる。
リリの不安そうな顔を見て、俺が不安になってどうする。
深呼吸して少し頭を切り換える。
「本部の前に芝生があったから、外でお昼が良いかな?
ここの侍女さんに支度を頼んでもいい?」
「はい。楽しみにしています」
少しだけ女王様のリリが戻ってきた。
書類仕事を始めた彼女を残して、隣の部屋を覗くと、何人かの侍女さん達が片付けをしていた。
その中には、ミーナもハンナさんもいない。
手近にいた黒髪の侍女さんに20人分の簡単に食べられる昼食をお願いしたら、一瞬だけ難しそうな顔をしたが、かしこまりましたと返事をしてくれた。
寮の食堂なら、前日に言わないからろくなもの出せないよと言われるところだが、ここは上品である。無理をさせすぎないよう気をつけないといけない。
執務室の方もお迎えが来たようで、リリが出かける支度をはじめていた。
俺も書類を持ってリリのそばへ行く。
肘のあたりに、ちょこんと白い手が乗る。
ゆっくりと二人で離宮の玄関に向かうと、近衛の騎士達が揃ってこちら風の敬礼をしてくれた。
服装に乱れもなく、揃った動作は綺麗に見えた。
格好いいな、騎士。
俺もこう在らねばならない。
気合いを入れて歩き出そうとしたところで、後ろから引き留められた。
本部の鍵を忘れていたそうだ。
お礼を言って受け取ると、お気をつけてと離宮の人たちは送り出してくれた。
新しい一日の始まりだ。
リリを城の執務室まで送ると、侍従長と、ルイスが部屋の外で待っていた。
二人揃って挨拶をしてくる。
騎士とは違って侍従の方は、普通に頭を下げるだけなのだが、侍従長の方が姿勢が良いのか、綺麗なお辞儀に見えた。
「ルイス、俺に用?」
「殿下にも見ていただきたいものはございますが、まずは陛下に認めていただかなくてはならないことがいくつかできましたので、先にこちらへ伺いました」
席に着いたリリにまずは侍従長が、本日の予定の変更点や、注意事項を言い、さらに急ぎの書類と、今日中の書類の概略を読み上げていた。
毎日この量を頭に入れて、覚えていられる女王様は本当に凄い。
聞き終えると、いくつかの指示を出し、戻ってくるまでに処理しておくと告げると、ルイスの方を向いた。
「東の離宮の見取り図複写の許可をいただきたいのですが」
侍従長が部屋を出て行ったので、ルイスの隣に並び、書類を横からのぞき見る。
申請書は、ずいぶんと丁寧に書かれていた。
ただ案内図を複写させて下さい。というわけにはいかないらしい。
それと、城の侍女の借り出し要請、家具買い入れ、調理場の設備、改築の許可等々、こんな細かいところまで一国の女王の許可が必要なのかと思うほどの書類が出てきた。
説明を受けたリリは、次々とサインをしていく。
俺は彼女の仕事を増やしているだけではないのだろうか。
「陛下、東の離宮は俺に下さったんですよね?
正式に俺のものとなれば、その書類は俺の仕事だと思います。
任せてもらえますか?」
「もちろんです。昼までに手続きをしておきます」
ルイスに俺のサインでも良いものは回収してもらい、ついでに俺の持っていた書類も説明して預けた。本部に先に行っているからと言うと、お待ち下さいと引き留められた。
今日はよく引き留められる。何か忘れ物があっただろうか?
「今、許可をいただいたので、城の侍女をお連れ下さい。
控え室に待機しているはずです」
そばに居たヒースが場所をわかっているというので、リリに挨拶をしてそちらへ向かった。
バケツに箒にエプロンのお掃除部隊を引き連れて本部に向かうと、もうすでに入り口に昨日面接した人々が揃っていた。
俺しか鍵を持っていないから誰も中には入れなかったらしい。
「お待たせしました。本日は、東の離宮改め、魔法騎士団本部の清掃を行います。
今日は城の侍女も手伝いに来てくれましたが、これから皆さんが使う場所です。
掃除は慣れている侍女の指示に従い、みんなで綺麗にしましょう。
適当に班に分けますので、異論があったら申し出て下さい」
侍女は二人組だというので、そこに男三人つけて一組にした。
掃除をするという話は行き渡っていたようで、それぞれ手に何か持ってきていた。
はたきのようなもの、脚立、箒、ぼろ布と古典的な掃除用具ばかりだ。
掃除に魔法具は使わないのだろうか?
「洗濯用の魔法具は見たことがありますが、掃除用となると、石を磨き上げるものしか見たことはありません。殿下は掃除の魔法具をお持ちなのですか?」
護衛に訊いたら、マーリクが興味津々という顔で答えてくれた。
離宮の床や、風呂場を磨くのにもそれが使われているのだろうか。
そういうのを借りるのにも申請が要るのか。
面倒だし、当分は手動にしておこう。
本部の鍵を開けると、侍女達は中庭の見える二階へ上がっていった。
使用人棟は後回しのようだ。
お城のことをわかっている人たちに掃除を任せ、俺は俺の仕事をしよう。
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