33.夜中に忍んでいく先は
しんと静まりかえった中庭は、しっかり防犯魔法が働き、仕掛けたことを忘れた俺に反応した。
おかげで足首までばっちり泥だらけ。
ため息をつきながら、魔法で泥は落とし、自分の体を少し浮かび上がらせる。
もう一度罠を張ったところを確認し、慎重に足を下ろした。
今度は大丈夫だった。
ここは東の離宮改め、魔法騎士団本部。
昼間の明かりは魔力が切れたのか、スイッチが入っていないだけなのか、つく様子はなく、あたりは月明かりだけ。
良くいえばとてもロマンチック、悪く言えば、何か出そうである。
転移魔法が一応俺の専門分野ではあるが、こちらの世界には、転移塔もなければ、目印もない。
緯度や経度もわからない。
実際に俺が立った場所か、目印をつけた場所、または目印になるものを置いたところしか転移はできない。
町と教会にも移動はできるが、人目があるところに出ると、それこそお化けと間違われても困るし、城の中も駄目だとなると、行くところはここしかなかった。
ちょっとむなしい。
本当は今日の夜中か明け方に、こっそりここに入ってやろうと思っていたのだが、時間もあるし、しっかりイロイロしかけよう。
考え事があるときは、動き回るに限る。
夜中に誰もいない建物に明かりがついて…。
なんて怪談話を作るつもりはないので、自分に暗視をかける。
ちょっと目が疲れるのだが、真っ暗でも昼間のように見える便利な魔法だ。
鍵のかかっているところも、簡単なものなら、開錠の呪文がある。
手ぶらで泥棒になれそうだな。
一階の部屋を順番に開けていくと、ほとんどの部屋は空っぽ。
壁が薄くかびていたりはしたが、こすれば落ちる程度。
ホコリもそれほどなかった。
お風呂場も見事で、石造りの丸い湯船から外の庭が見えるよう作られていた。
庭の方は緑の柵と、花のついた木が数本、後は花壇だったのだろう枠に雑草が生えているだけだったが、手入れすればゆっくりくつろげるお風呂になるだろう。
どっかの観光地にでもありそうだが、昔の王様一人だけが入るためのお風呂だと思うと、俺には贅沢すぎるな。
さらに奥に行くと、壁の雰囲気が変わり、王族専用の部屋らしく飾り物がしてあった跡が見えた。
古ぼけた絨毯には大きな瓶だか花瓶だかが置いてあったような丸いへこみ、壁には額が飾ってあったのか、タペストリーだったのか、四角く色の違う場所もあった。
王様が居た頃は豪華な部屋だったのだろう。
その隣は寝室か、更衣室か。家具もあったのだろうが、今は何もなく、空っぽ。
ここにあったものはどこへしまったのだろうか?
処分してしまったのかな?
言われていたからわかったのだが、武器庫にもほとんど何もなかった。
数本の木剣、錆びた槍と盾、鉄の球が転がっているだけの武器庫。
泥棒が入っても持って帰るものがないな、この建物。
入り口まで行き、二階へ上がる。
昼間見た綺麗な手前側の部屋と違い、奥の部屋は壁や床にススやら、何かの燃えかすみたいなものが落ちていた。
ぼやでも起こしたか、それともここで何かしたのか。
百年は経っていないだろう燃えかすは紙。
意外としっかりしているので、最近のものかもしれない。
字が書いてあるのだが、ちゃんと文字を覚えていない俺には判別不可能だった。
後で誰かに見てもらおう。
他の部屋も、壁紙はなく、床はむき出し。
なるほど、掃除は終わっていない。
きっと、俺がここに入ると聞いて、急遽綺麗にしたのが昼間入って良いと言われた部分なのだろう。
玄関右手の扉を開けて中に入ってみる。
こっちは本当に何もなかった。
一階部分には、調理場や、井戸のようなもの、配膳室か、食堂かわからないが、少し広めの部屋がふたつ。それと、倉庫がいくつか。作り付けの石の棚がホコリを被っていた。
中庭側に窓はないが、照明も小さいのがついていて、不便はなさそうだ。
使用人側の二階は、小さな部屋がいくつも並んでいる。
扉もなく、人が住むには不自由だろう。
窓のない部屋なんか空調もなくて、明かりもひとつとか牢屋並みの快適さだ。
こちらは狭くて、二人で一部屋が限界だろうから、取りあえずは窓のある部屋を使ってもらい、窓のない部屋には、窓を作るか。
これで本部の中は一周したはずだ。
要所要所に魔法事故対策と防犯用魔法などは仕掛けたが、肝心の指輪の仕掛けは建物の中からはできない。
外は見回りもしているようだし、見つからないようにするには、自分に幻覚魔法をかけて、暗視をかけて、とやると魔法三重がけ。
魔法医がいないこの世界で、やったことのない魔法の組み合わせはちょっと勇気がいる。
しかも常時かけているカンニング魔法は俺のオリジナルだから、危険度倍増。
対人にかける魔法はあまり色々な種類を混ぜると、思わぬ効果を発揮することがある。
体育祭でいい格好をしようと、体の重力を緩和し、筋力を上げ、魔法を使ったことを隠蔽する魔法をかけた学生がいた。
三つまとめてかけた男は窒息死しかけ、新米魔法医達のいい実験台になった。
普段は重ならない魔法語を使ったのが原因だったらしい。
あれ以来オリジナルの魔法はふたつまでしか重ねないようにしている。
教科書に載っているような魔法は、重ねてはいけない組み合わせが一覧表になっていて、それこそ魔法を覚えたての小さな子どもの頃からやってはいけませんと教えられる。
俺の場合はその小さい頃に学校へ行っていなかったので、そこら辺が意外と抜けていることが多い。
ふたつでも重ねてはいけない魔法語もあり、講師になってからも昏倒して、何回か怒られた。
今ここで昏倒したら、助けてもらえる可能性はない。
…仕方ない、掃除でもして少し寝よう。
一番状態の良さそうな王の間にいって、部屋ごと洗濯する。
ホコリやカビを取り払い、水洗いできるものはして、乾燥。
ここの絨毯はだいぶぼろだが、洗ってみたら結構ふかふかに戻った。
俺の部屋の硬いベッドよりも良いかもしれない。
ごろんと横になると、天井の豪華な照明が見えた。
暗視の魔法を解くと、部屋の中は月明かりだけ。
音もなく、久しぶりの孤独だ。
「やることないと、考えるから無駄に動き回ったのに。全然眠くならない」
体は疲れているはずだ。頭も多少疲れているはずで、魔力も使っているから、もうそろそろ眠くなっても良いのに、妙に目がさえている。
いつもだったら、やりたくないレポートの調べ物をやるか、財布だけ持ってこっそり遊びに行くところだが、ここではそれもできない。
あの後、どうなったのだろうか。
ぼんやりとここにやってくる前のことを思い出す。
教授達を前に発表していた俺が突然消えて、また悪戯が始まったと思われているのだろうか。
それとも、探してくれているのだろうか。
学生達が慌てたり、気に病んだりしていなければ良いが。
召還系専門の教授も居たから、強制的に呼び戻される可能性もあるなぁ。
その対策もしておかないと。
召還拒否は確か…。
教科書の隅に書いてあるようなマイナーな魔法語を思い出しているうちに、いつの間にか朝日を浴びて眠っていた。
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