30.大きなプレゼント
離宮の執務室の俺の机の上には、山のような紙の束。
今日面接した人たちの資料と、配属願いのサイン待ちと、魔法騎士団本部の名称の候補、備品の発注の承認、予算の一覧表等々。
ほんとにルイスは仕事好きだな。
書類の一つ一つに作成者ルイスとある。
侍女さんの一人がそのルイスからだと言って手紙を渡してくれた。
それをざっと読んで、確認することがあるからルイスを呼んで欲しいと告げると、もう夜の鐘が鳴ったから俺以外の男は離宮に入れられないと断られた。
この建物、昼間は許されたものが入れるらしいが、基本男子禁制。
違反者を見つけたら即刻たたき出してよいことになっているらしい。
聞きたいことは山ほどあるが、今から離宮を出て城に行くのはやめて欲しいとお願いされたし、呼び寄せるのはだめだと言うし。
どうしようかと困っていたら、リリが帰ってきた。
「お帰り、お疲れ様」
紙の山に囲まれている俺を見て、驚いたようだが、声をかけると、嬉しそうに微笑んだ。
「ただいま戻りました。面接はどうでしたか?」
侍女さん達にお茶を頼むと、リリはソファに座った。
一応リリは面接の様子を全く知らず、これから報告を受けるという形を取るようだ。
お茶の用意が調って、侍女さん達が出て行くまでにたくさん人が来て大変だったよと‘お知らせ’する。
「東の離宮の名称、取りあえず魔法騎士団本部にしました。
団員の居住空間兼魔法の訓練所予定。
色々仕掛けをしたいと思うけど、あの中は勝手にいじっていいんだよね?」
「管理はしていましたけれど、ずっと使っていませんでしたから、好きにしてかまいません。
あの離宮はグレッグに差し上げたものです」
あの大きな建物ひとつプレゼントされた。
これはしっかり働かないと。
急ぎで進めたいものをいくつか片付けて、リリのそばに座る。
侍女さん達は部屋を出て行った。知らず大きな息をついていた。
「大丈夫ですか? だいぶお疲れのようですが」
「まだ大丈夫。リリがそばにいてくれれば元気になるから」
一息ついて下さいとお茶を手渡してくれた。
思っていたのとは違う反応だが、ありがたくいただく。
紅茶の類いだろうか、カップを唇につけて、大事なことを思い出し慌てて呪文を唱える。
温かいお茶は、物騒に光らず、とてもおいしかった。
これも何とかしないと、めんどくさい。
「先ほどグレッグが認めた人たちの詳細を書いておいたのですが、見てもらえますか?」
リリが作ってくれたのは18人の一覧表。
髪の色を含む外見、魔力の強さ、得意な魔法の系統などが書いてある。
全体に土、水、防御系が多いように思う。
自分の持っているルイスの資料と照らし合わせ、俺の国の言語で書き写す。
元になったリリの資料は証拠隠滅と言うことで、焼却処分した。
「ありがとう、これを参考に何とかしてみる。
まずは、明日から中を掃除して、寮として使えるようにするつもりだけど、こっちに、盗聴器とか録画装置とかそういう魔法具とかはある?」
丁寧に説明をしたが、こちらにはその類いはなく、のぞき見するものもないようだ。
ただ、通信機はあった。
固定型のばかでかいものだが、城と、いくつかの領地には置いてあり、一方通行だが連絡が取れるという。小型化はまだされていないから、盗聴盗撮の危険は今のところないと考えられる。
現場さえ押さえられなければ何とでもなりそうだ。
「リリが帰った後、エリティス伯、コルバトス伯、シャイト夫人に色々見られた。
変な魔法が使えること、内緒にしてくれとお願いはしておいた。
三人とも俺の魔法を領地の人に覚えさせたいと言っていたけど、保留させてもらった。
後は、なぜかティウィ子爵令嬢が侍女になってくれると約束してくれた。
一度うちへ帰るけど、支度が調ったらこちらに来て侍女をしてくれる予定。
帰る前に挨拶してくれるそうだから、できればリリもその時同席して欲しい。
それで、本部の用意が調ったら、…貴族の子息の面接になるんだろうな」
ルイスが用意した資料の半分は、貴族の子供や後を継げなさそうな人たちの身上書だった。
貴族のお坊ちゃま、俺の言うこと聞いてくれるのかな。
「北の三伯爵の件、こちらにも問い合わせが来ました。
隊長クラスを数名学ばせたいと揃っての申し出で、近衛騎士団長が慌てて私の所に。
生誕祭の見事な警備を自分たちの領地でも行えるよう教育して欲しいとの名目でしたが」
武力では近衛よりも北の領地の方が遙かに勝っているそうで、その中でも隊長クラスというのは、騎士団長が勝てるかどうかと言うほどの腕前だそうだ。
どちらが勉強させてもらうのかは言うまでもない。
近衛は鍛錬がなっていないので、北の精鋭が鍛え直してやると言われたようなものだ。
それは慌てるな。
「何人か面接の時兵士も混じっていたから、近衛団長にも異動願い認めてもらうようお願いしたいんだけど、そんな話があるんじゃ、忙しいよね?」
「いえ、ついでにお願いしました。
若い騎士や兵で、重役に就いていないものか、または本人が強く希望する場合、魔法騎士団に異動できるように。
それから、北の実力者の方は、伯爵達の手ほどきを受けたものを若い近衛達と一緒に組ませて、鍛錬と警備の両方を学んでもらい、数日に一度魔法騎士団の武術指導もしてもらうという話でまとまっていました」
「それは、リリの発案じゃなく、伯爵と、近衛団長の‘お話し合い’の結果?」
「その通りです。先ほどから今までその話で帰って来られませんでした」
「リリもお疲れ様でした。いろいろありがとう」
いいえとは言っているが、リリもちょっとお疲れのようだ。
だけどまだ聞かないといけないことが色々あるんだよな。
コンコンと中からノックされた。
夕食の時間だそうなので、紙類は飛ばないようおもりをのせ、少し片付けてから隣の部屋に移動した。
夕食は、川魚と肉がメインの数種類の皿が並んでいた。
飲み物は軽い酒と水。どれも安全でおいしい食事だった。
離宮と城では料理人も侍女も別だそうで、ここの調理は全部担当の侍女がやってくれているらしい。
見た目も綺麗だし、城の料理と変わらなくおいしいと褒めたら、侍女さんは嬉しそうにしていた。
彼女も調理担当の一人だったようだ。
黒髪で、美人で、料理がうまくて、でも旦那さんがいるそうである。
残念だ。
リリと交代で風呂に入り、ぼんやりと自分の手を見た。
少し骨張った手には指輪がはまっている。
それぞれに魔法語でも俺のとこの言語でもない模様が刻まれ、それぞれに魔法が込められている。
これと同じ様に魔法語を刻んで、騎士団員全員につけさせようと思っているのだが、うまくいくだろうか。
取りあえず紙に書いて、それをそのまま指輪の内側に彫ってもらおう。
問題は紙だよなぁ。
ここ魔法紙なんてないだろうし。
呪文で代用するなら、抑制? いや、静止の方がいいかな。
停止だとどうなるんだっけか?
「魔法語もうちょっとちゃんと覚えとけばよかったよなぁ」
広い風呂場に俺の愚痴が響く。
わからなくても聞きに行く相手もいないし本もない。
こういうのをさみしいというのかも知れない。
下手に書いて後でいきなり発動しても困るし、インクがかすれたり紙が切れたりして変な反応しても困る。
だからといって長い呪文はだめだし、短くて……。
あれ?
今、なんか思いついた。
「そうだよ、紙だよ、俺バカじゃないか?」
湯船から飛び出して、バスローブだけ引っかけて外に出る。
リリの衣装部屋にいた侍女さんが何事かと身構えるが、その脇を通り抜け、寝室の扉を勢いよく開ける。
「リリ、いらない紙とペン! 実験するから手伝って」
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