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3.衣食は足りそうだ


 扉をノックされて、意識が浮上する。

腕の中には柔らかな感触。

金髪の美女が赤い顔をして腕の中に収まっていた。

どうやら夢ではなかったようである。


「おはよう、リリ」


 額の髪をよけて、そこに口付けると、リリは面白いように固まった。

小さい子向けの朝のご挨拶だと思うのだが、これでもまだ刺激が強いだろうか?


「リュディリア様、入ってもよろしいでしょうか? 陛下?」


 返事がないためか、慌てたような女性の声がした。

しばらくして、鍵を開けるような音、ドアの開閉音が続き、濃い茶色の髪をまとめた侍女らしき人が入ってきた。


「リュディ!」


 悲鳴のような声のあと、俺をきっとにらみつける。

さすが城の中、侍女も美人だ。


「おまえは誰です! 陛下から離れなさい!」

「グレッグと言います。今日からリリの婚約者です。よろしく、侍女さん」


 なるべく愛想よく笑顔で言うが、侍女さんの顔は変わらない。

お城の中は刃物厳禁なのか、素手のまま武術の構えのような格好をしている。


エプロンドレスというのだろうか? 

紺色のワンピースに少しひらひらした白いエプロン。

髪は後ろでまとめて飾り気のない感じ。

見るからに几帳面そうなまじめな格好。

侍女頭というには少し年が若い。

リリと同じくらいに見える。目元がきりりとした美人だ。


 視線を落とし、リリの顔と見比べてみると、化粧をしていないせいなのかリリの方が優しい感じに見える。入ってきた侍女さんは、毛を逆立てて怒っている細身の猫のようだ。


動かないままのリリの髪を撫でると、ようやく我に返ったのか、俺の手から逃れようとしている。

少し残念だったが手をとき、放してやる。

リリはベッドから慌てて降りて、侍女さんの方へ向かうと、今にも攻撃しようとしていた彼女をおさえた。


「ミーナ、今日は呼ぶまで誰も入らないようにと言っておいたはずです」


 女王様口調よりは幾分砕けた話し方だ。彼女はリリの味方なのだろうか。


「申し訳ありません、陛下。侵入者は直ちに排除致します」

「彼はいいのです、警戒を解いて」


 言われてかしこまりましたと頭は下げるものの、ミーナと呼ばれる侍女が俺をにらみつけるまなざしは変わらない。


この人は、リリがかわいらしい人だと知っているのだ。

彼女が進んで俺を招き入れたのだとは、少しも思っていないのだ。

俺がリリをたぶらかしてこっそりここに忍び込んだとでも思っているのだろう。

起き上がって、軽くのびをしてみると、やっと少しだけ頭が動き出した。


「グレッグ、侍女のミーナです。彼女は私の乳兄弟でもあります。

ここでわからないことは、ミーナに聞いて下さい。

ミーナ、彼に着るものを。たぶん父の服なら大丈夫でしょうから。

それと朝食は二人分を」


「陛下?」


「彼の魔力はこの国一番です。

ハンナを呼んできて。着替えます。他のものは部屋に入らないよう伝えて」


 頭を下げて出て行く侍女を見送ってから、リリは振り返った。白い夜着は多少しわが寄っているものの、ほとんど乱れていない。昨晩より幾分明るい魔法の光の中で見る姿は実際よりも幼く見えるくらいだ。目元がなぜか優しい。


「ハンナは私の乳母をしていました。今は侍女として仕えてくれています。

二人は幼い頃から私を支えてくれています。

あと、ミーナの兄のクレインが近衛にいます。

彼の部下のヒースを貴方の護衛にします」


 いくつかの打ち合わせを終えて、リリは着替えのため隣室に消えた。

それと入れ替わるように先ほどの侍女、ミーナが衣装を抱えて入ってきた。

無表情のまま一礼し、洗面道具を調え、着替えをおいていく。

彼女はリリの着替えを手伝うためかさっさと出て行ってしまった。


洗顔して、下着やらシャツやらは違和感なく着ることができたが、上着や、帯のようなものはどうやったらいいのかわからなかった。

王様の着ていたものだけあって、布の肌触りはよく、紺を基調としたものに金糸銀糸で細かい刺繍なども入っていて相当高そうだ。


上着を抱えてリリのいる部屋をノックすると、中からドアが開けられた。

やはり、無表情のミーナがさっさと入れとばかりに立っている。

 隣室にいたリリを一目見て、綺麗だと思った。

高く結い上げられた髪、目元を強調した派手な化粧、襟刳りの大きくあいた深い赤のドレス。

まさに女王陛下だった。

首にさげられていた鎖を見て首をかしげた。

どこかで見た覚えがある。


年かさの侍女に髪を整えられていてリリは動けないようだ。

リリに近づくと鏡越しに目が合った。彼女の首元にあったのは俺の鎖だった。

預けていたのすら忘れていた。


「昨日お返しするのを忘れて、なくさないようにと思って…」


 見ていたのがわかったのか慌てて外そうとするのを手で止め、自分で鎖を外し、指輪と鎖を定位置に戻した。


「ありがとうリリ。綺麗だね」


 邪魔にならないようよけると、髪を整えていた侍女が穏やかな顔で一礼してくれた。

たぶん彼女が乳母だったハンナさんだろう。


「グレッグといいます。今日からリリの婚約者としてお世話になります」


 支度を終えて片付けをしているハンナさんは深々とお辞儀をしてくれるだけで何も言わない。

穏やかな人なのだろうか?

ぼーっと見ていたら、ミーナがそばに来て、無表情のまま上着やら、用途のわからなかった帯のようなものを着付けてくれた。顔は怖いままだったが手つきは丁寧だ。


「ハンナ、侍従に婚約の誓願書を調えてもらって。それから、神殿に連絡を」

「かしこまりました」


 何事もてきぱきと決めていくリリ。

普段の女王様はこんな感じなのか。


リリと一緒にまだ開けたことのない衣装部屋のもうひとつの扉を開けて中に入る。

正面には大きな机と椅子が二脚。朝食らしいものが用意されていた。

この部屋にも、右と左の壁に扉。両方とも今までのより小さいような気がする。


向かい合わせで座ると、果物のジュースが出される。

丸いパンと生野菜、緑色のスープ、薄切り肉の焼いたもの、イモの蒸かしたもの、卵料理と果物。どれも少し見た目は違うが、食べられそうだ。

ミーナの目はまだ敵意いっぱいだったが毒殺される心配もなさそうだ。

魔法で探知した限りは危険なものはない。

リリがお祈りするのをまねて食事をする。

あっさりしているが素材がいいのかおいしい。


「リリ、どこかおかしなところはなかった?」

「いいえ」


 食事を終え、給仕をしてくれたミーナにも聞くが、何も言われなかった。

テーブルマーナーも似たようなものなのだろう。

ナイフとフォークが基本なのはありがたかった。

材料は違うのかもしれないが。

芋虫がそのまま出てくるような食事が今後もないと願いたい。


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