29.わかったことと、ネズミの正体
「子爵は休暇でこちらに滞在しているんですよね? お嬢さんもですか?」
ずっと黙ったままの二人に、話しかけてみる。
小柄な二人はやはり黙ったままだった。
気まずい。
「ここで侍女をやるのは、強制ではありませんから、楽しく町で遊んで、お二人で南に帰っていただいてもかまいません。
離宮の侍女にこれから魔法を教えて、できるようになったら、その侍女に教わるということもできるでしょうし、俺の魔法を知らなくても幸せになることはできるでしょうし」
「娘の力はその程度ですか? あってもなくてもいいような…」
「とんでもない。
俺がこの城にはいって、会った中で、一番は陛下。その次がお嬢さんです」
「殿下!」
ヒースが怒ったように呼ぶが、そんなことを言われても本当のことなのだ。
大臣なんかよりも強い魔力なんだからしょうがない。
「ですが、娘は魔法具でさえ使えず、一通り魔法の訓練を受けましたがどれも発動せず、使えなかったのですが」
魔法具って本当に魔力で動いているんだろうか?
魔力の高いはずのリリも使えないのがあるといっていた。
これもたぶん口外してはいけないだろうな。
やっぱり魔法具、要検証だ。
「その呪文覚えてますか? できれば今ここで教えてもらえます?
呪文だけでいいので」
「覚えています」
これまた歌のように長いのを三曲…じゃなかった、三つゆっくりとだが唱えてくれた。
やはり聞きづらい魔法語のような何かだった。
ひとつめはたぶん火に関する魔法。
ふたつめは風だと思われる単語がいくつか混ざっていた。
みっつめは、闇だか光だか、両方入っていて、これはちょっと毛色が違う感じがした。
何も考えず外国語の歌だと思って聞いていれば、かなり上手なんだろうなという気がしたが、所々知っている単語が混ざると、意味を追いかけてしまって少し疲れた。
「ヒースのともだいぶ違うんだな。
地方色? それとも家代々の呪文?」
「みっつめは母の生家の呪文だと教わりました。後は先生が教えてくれたので…」
「十歳くらいになると、貴族の子供達を集めて魔法を使えるかどうか試験をいたします。
その時に、その地方の領主や、周りのものがそれぞれ呪文と舞を教えて下さるのです」
魔法教育も領主の仕事なのか。
魔法を使えない領主はできる人を雇うか借りてくるかするんだろうな。結構大変だ。
「記憶力凄いですね。
たぶん俺もその魔法使えませんよ。ご覧の通り茶色の髪ですから」
「殿下の魔法は普通ではないから、娘にも使えるはずだと?」
「やってみないとわかりません」
「お父様、私にこちらでの侍女が勤まると思われますか?」
「テレサ? おまえ昨日あんな目に遭って…」
「田舎者なのも、身分不相応なのも、服装が洗練されていないことも本当のことです」
「昨日?」
詳しくは教えてくれなかったのだが、どうやらそんな格好で恐れ多くも陛下の祝賀会に参列するなどなんて恥知らずな田舎者だとか言われていたらしい。
たぶん俺が話しかけたというのもそう言われた原因のひとつみたいだ。
優しい子爵は、はっきり俺のせいとは言わなかったが、何となくそんな気がした。
「俺はお嬢さんを守ると約束もできません。
お嬢さんと、陛下が同じ危険にあっていたら、まず陛下を助けます。
何かつらいことがあっても力になれない可能性の方が高いです。
それにきっと危険も増えると思います。でも、俺はこ こ の侍女になって欲しいと思っています。
いつでもかまいません。
お嬢さんの意志でここにまた来てくれるのを待っています」
父親はなんだか考え込んでいるようだが、娘は少しも表情が動かない。
まあ、若い娘さんに危険になっても放っておくよ、ここに来ると危ないけど来てねって言っても普通は、それでは近づきませんさようならという返事になるよなぁ。
今の段階で、女の子をここに入れるのは難しいだろうし。
しばらく体制を整えて、今日の人たちをある程度使えるようにしてからもう一回お誘いに行くのが妥当だろう。
「私はテレサと申します。一度住まいに帰りますが、再び戻って参ります。
その時は宜しくお願い致します」
少女は丁寧に頭を下げてくれた。
こちらも慌てて返す。
てっきり断られるものだと思っていたから、とっさに言葉が出ない。
「テレサ…」
寂しそうに名を呼ぶ父親を振り返り、娘は帰りましょうと言って微笑む。
俺の顔を立てるための嘘というわけではないのだろうが、あまりにあっさりしていて、拍子抜けした。
「子爵、南に帰る前にもう一度会ってもらえますか?」
「もちろんご挨拶にうかがいます。娘も一緒に」
よろしくと言って別れの挨拶をすると、二人は静かに離宮を出て行った。
その後ろ姿が見えなくなると、急にどっと疲れが押し寄せてきてその場に座り込んだ。
「殿下? いかがなさいました?」
「ちょっと休憩。
あ、エルの見送りもしなかったし、なんか色々見落としやらやり残しがある気がするけど、
だめだ、なんか疲れた。
何でテレサが侍女の件了承してくれたのか、全くわからないけど、取りあえず有力候補一人確保」
地面に座り込んでしばらく上を向いて目を瞑る。
ああ、ここにもまだやり残しがあった。
「ヒース、リッジ、マーリク。武官長殿への報告の時にさっきの防御魔法のこと黙っていられるか?」
俺を囲むようにして立っている三人は、少しだけ考え込んでいる。
俺の護衛と言っても、近衛騎士なのは変わらないのだろうから、一番偉い上司というのは俺ではなく武官長殿だ。
軍隊とかで上官に逆らうことはだいたい罰則を伴う。
質問にちゃんと答えないというのも罰を受ける対象になるのだろうから、聞かれたら答えてしまうかもな。
相手がそれを信用して、俺を軍事に利用するか、それともその言葉を嘘と決めつけて、ヒース達を罰するか。
…たぶん、後者かな。
俺にだまされるような騎士と言われて終わりだったらいいけど、減俸とか、降格とか、役目を外されたりしたら困る。特に俺が。
「返事がないのは、黙っていられないから? それとも、俺と会話してはいけないから?」
「殿下、発言を許可していただけますか?」
「どうぞ、マーリク、遠慮せず何でも言ってくれ」
俺が立ち上がってそう言うと、マーリクはずっと黙っているのって疲れますよねとリッジに言ってから話し始める。
「殿下は俺たちよりもずっと上の身分の方だから、自分の意見を賢しく告げたり、話しかけてはならないと今日言われてたので、ずっと我慢してたんです。
先輩方はわかりませんけど、俺、殿下は凄い人なんだって今日わかりました。
他の貴族の魔法試験というのを見たことがあるんですけど、全然違います。
殿下の護衛ができて凄い光栄です。俺もあんな凄いことできるようになりますか?」
何だろう。マーリクのイメージががらりと変わった。
おとなしく、まじめで、寡黙な感じだと思っていたのだが、目をきらきらとさせて、子供のように話をする人だった。話がだいぶふらふらしているように思うが、これも彼の特徴なのだろうか。
「マーリクもリッジもヒースも俺の護衛ならみんなと一緒に色々覚えてもらうことになると思う。
その全員がある程度強くなるか、対策ができるまで魔法のこと言いふらさないで欲しい。
できれば報告も控えてくれるとありがたい」
「こんな凄いことできるのに内緒にするんですか?
確かに一度にたくさんの人が教えてくれと来たら大変でしょうが、殿下の悪口言っている人たちなんていっぺんで黙りますよ?」
「マーリク、余計なことは言うな」
リッジに怒られても、マーリクは殿下は凄いんだから自慢しろと勧めてくれた。
まずここから口止めしていかなくちゃいけないだろうか。
「俺が悪く言われるのはしょうがないと思う。
みんなも俺のせいで悪く言われるのは申し訳ないけど、耐えて欲しい。
俺は、この魔法が普通だと今まで思っていたし、こんなに違いがあるなんて知らなかったから、結構気軽に使っていた。
便利なものは独占すべきではないと考える人と、だからこそ誰にも教えず自分だけが使えれば有利になると考える人がいるはずだ。その時にそれらの人が取る行動は一緒だと思う。
俺か、魔法の知識を得た人物を連れてくる。で、拷問にかけてでも情報を得る。
標的が俺だけなら何とかなるけど、子供達や力の弱い人たちだと抵抗できない。その人達を人質に取られたら俺も抵抗できない。
人のために役立つように使ってくれるならまだいいけど、悪用するならいくらでもできると思うから、そういうことができるだけ少なくてすむようにしたい。
一番負担をかけるのは護衛のみんなだと思う。宜しくお願いします」
頭を下げると、三人ともが戸惑ったように顔を見合わせた。
伯爵達三人は、たぶん俺が危惧していることを察してくれたんだろう。
子供達と侍女まで送っていってくれた。
ティウィ子爵は元々強い人だと言うし、その娘なら親が守ってくれるだろう。
心配なのは城の外にいるエルだが、何か対策を考えよう。
「私たちが武官長に報告することによって、殿下に危険が及ぶのであれば、護衛騎士として我らは秘密を保持致します」
「右に同じく」
「弱い人を守るのが騎士ですから、絶対自慢しません」
若干、怪しい返事がいるが、しばらく猶予はありそうだ。
「君たち以外で俺を見張るよう頼まれている人知ってる?
具体的には二階の奥に誰かいるみたいなんだけど、誰だかわかる?」
軽そうとか、頼りなさそうというイメージがつき始めたマーリクが一人、素早い動きで二階へ駆け上がっていった。
追いかけていこうとしたが、二人に止められ、階段の下で待っていると、しばらくして彼が見たことのある男を連れて戻ってきた。
茶色い髪の若い男。確か、給仕係で、伯爵達が入ってきたすぐ後に面接した。
「確か、ラザン? 何やってたの?」
「すみません、すみません」
少しだけ暴れたのか、服が乱れ、顔は、涙とホコリとススだろうか黒いのがあちこちに付いていて、ちょっとみっともない。
「殿下、帰るところがないと暴れておりまして、どうも‘のぞき’ではないみたいです」
拘束されたまま、仕事場で騎士になれると自慢して、職場を辞めてここに来たのに、面接で失敗して、どこにも行く当てがない。ここで下男でも何でもいいからおいてくれと言う。
雇わないとは言わないが、まだここ住める状態じゃないし、一度無人にしてから色々仕掛けをしようと思っているから、まだ住み込みは困る。
「下働きお願いすると思うけど、今日は自分の部屋に戻って。
マーリク、担当に事情説明してしばらく彼が部屋を使えるよう交渉してもらえる?」
「よろしいのですか?」
「明日からここの大掃除と、模様替え。こき使うからしっかり働いて」
「ありがとうございます。殿下」
どこに潜っていたのか、涙をそでで拭うとますます顔が黒くなっていく。
後はマーリクに任せて、全員一旦外に出る。
中は魔力のある人間どころか、ネズミ一匹いない。
鍵をかけてから、一通り防犯魔法を仕掛ける。
扉の前で門番をしていてくれる騎士に礼を言って俺は離宮に戻った。
今日から東の離宮も警備対象になるそうで、交代で誰かが‘見張って’くれるそうだ。
肩の凝る日々がまだ続きそうである。
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