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28.内緒は増える一方で


 東の離宮の中庭に、男が二人立っている。

二人とも模造剣と言うのか、木でできた剣を正眼に構え、対峙している。


赤い髪の男は、軽く足を開き、ゆったりと構えている。


対する茶色い髪の男は、ぎゅっと剣を握りしめ、しっかりと両足を踏ん張り、相手の男の動きを少しでも見逃すまいとじっと見ている。

周りの観客は静かにそれを見守っていた。


 赤い髪の男が無造作に相手に近づき、軽い動作で袈裟懸けに切り込む。

見た目は軽そうなのだが、受ける方にとっては鉛の球のように重い。

剣を取り落とさなかったのは、手が硬直していたからに過ぎない。

その後も男は、軽く見える動作で、何度も相手の剣に自分の剣を当てた。


そう、わざわざ当ててくれているのである。


赤い髪の男はハント・エリティス伯爵。

その相手は俺、グレッグである。

自慢ではないが、剣なんて、学校の体育の授業で持ち方を少しやっただけだ。

対して伯爵は、剣が軽すぎると文句を言いつつ、だんだんとその動きを速くしていく。


こちらは言われた通りに剣を持って受けているだけなのに、じっとりといやな汗が浮かんでくる。

右から左から、上から、下から、変化をつけて切り込まれ、時に突かれ、それがだんだんと速くなっていくのだ。

最初は剣だけだったが、腕や手の甲、指をかすり、ただ受けるだけでなく、かわすことを余儀なくされる。


 一通り面接を終え、ジンのような下働き兼、騎士見習いが数名確保できた後、エリティス伯が、約束だからと剣の稽古をつけてくれると言い出した。

真剣(ほんもの)は持ったことも、触ったこともないと素直に言い、諦めてもらおうと思ったのだが、相手はやる気だった。


「我らの陛下を守る盾が団長殿だ。少し手ほどきをして進ぜる」

 鋭い目でぎらりと睨まれながら言われたら、結構ですとはとても口に出せなかった。

ルイスや、ヒース達も伯爵の剣の指南を受けられるのは貴重ですと言って助けてくれず、子供達はがんばってと応援してくれる。

唯一ここにリリがいなくて、無様な姿を見られないのが救いだ。


 ただ剣を持って、構えていろ、動くなと言うのが伯爵の言葉だった。

最初は受けやすい剣の中心を狙われた。

これは、はじかれないようしっかり持っていればいいだけだった。

それから手元を狙われ、剣の先の方を狙われ、今はランダムだ。

木のぶつかる音がリズミカルに響く。


「うまいうまい。では少し力を入れるか」

 その言葉の後に来た一撃は今までの比ではなかった。

同じ様に真横になぎ払われたと思った途端、剣に体が引っ張られた。

何歩か動くことによって勢いは殺せたが、転ばなかったのが不思議なくらいだった。

ゆっくりと元の位置に戻ると、それを待っていた伯爵は、にやりと笑い、今度は反対に払われる。

がつっと大きな音がして、来るのがわかっているのにこらえられなかった。

数歩動いた分、元に戻る。

手はじんじんとしびれ、汗ばみ、息は少し乱れているのだが、なんだか楽しくなってきた。


エリティス伯は、すっと剣を振り上げそのまま俺の頭に向かって打ち下ろしてくる。

とっさに剣を頭の上を守るように両手で掲げると、何とか間に合い、重たい一撃を受け止めた。

伯爵はそのまま力を込めてこちらの剣を折ろうとする。

今、手を放せば、かなり痛い一撃を食らう。

足も腕も曲げないようぎゅっと力を入れ、必死に耐える。


「もう少し力をつけた方がいいな」


 ゆっくりと上から押さえ込まれる力が抜け、ほっと息をつく。

あげていた両手を下ろすと、少し筋肉が震えていた。


「殿下」


 ヒースの鋭い声に顔を上げると、剣が凄い勢いで首を狙ってきていた。


「しまった」


 気付いたときにはもう遅かった。

無意識のうちに防御魔法を発動してしまった。

伯爵の剣は魔法の膜にはじかれ、カランと意外に軽い音がして地面に落ちた。


「団長殿、今のは?」


 今まで黙って見ていたニコラが静かな声でそれだけ言って近づいてくる。

悪いことをしたわけではないが、なんだか逃げたくなってきた。


「防御魔法です。殺気、急な危険などに反応して発動するようかけてあります。

今のは反射的に使ってしまって。

剣の稽古なのにすいません」


「いや、防御に魔法? あの短時間でか?」


「杖もなく、呪文やら、変な踊りもありませんでしたが?」


「事前に色々仕掛けてあるので短時間で発動します。俺の魔法です」


 今は首にかけている鎖に魔力を流すと発動する仕掛けになっている。

殺気や、怪我につながる何かを防ぐときは、自動で反応するという便利なものだ。

自分の世界にいるときは、流れ弾、弓矢、魔法事故と落下物から俺を守ってくれた。

今はリリがしている指輪と同じ様な効果をこの鎖にもかけたから、たぶん同じ様に作動してくれるはずだ。


「何か、弾力のある壁のようなものに当たった。

剣を握ったままだったら手を痛めていたはずだ。俺の全力でも潰せない感じだ」

 普通の人なら確実に手首をおかしくして、苦情が出ただろうが、エリティス伯は、素早い判断で自ら剣を手放したらしい。

というか、潰すつもりだったのか? 俺の首。


「魔法の壁? …おじさん、さっきの水と一緒?」

「あれと似たような魔力の膜。よくわかったな、エル」

 少年は嬉しそうに笑う。

時々呼び方がおじさんに戻ってしまうのがあれだが、エルは賢い。

レオにも褒められたのか二人は嬉しそうに話をしている。


「なるほど」

「おかげで旦那様へのおみやげが増えましたわ。

ティウィ子爵、是非娘さんを騎士団の侍女に。

それで、魔法を覚えたらうちの領地にお嫁に来て下さいね」


 目の前で引き抜きが始まってしまった。

本人はまだやるとも、やらないとも返事をしていないのに。


「本当に面白い魔法を使うのですね、団長殿は」

「今のが、矢にも効くのなら動く壁ができるな」


「皆さん、ここで見たことは言いふらさないで下さい。

まだ俺だけしかできませんし、勝手に人をよこされても教えられるかどうかわかりません」


 自分の領地から使えそうなのを何人寄越すかという話を始めた伯爵達を遮るようにして言うと、三人は明らかに不満そうな顔をする。

魔力のない人を、こいつは腕が立つから魔法も使えるようにしろとか言われても無理だ。

防御魔法を出しっ放しにするなら、ある程度の魔力が必要だ。

それができる人がこの国にそれほどいるとは思えない。


「では、陛下の許可と、こちらの体制が整うまで待ちますので、お願いしますね、団長殿」

 ニコラは綺麗な顔で、優しく微笑むが、別に男の微笑みなどいらない。

なんかまたやること増えたぞ?


「…わかりました。何か考えますので、しばらくお待ち下さい。

今日の魔法が少しでもよそで噂になったりしたら今の話はなしです。

みんなも、水の魔法は話してもいいけど、今のは内緒でお願いします」

 ちょっと不思議な手品のような魔法と、軍事利用可能な便利な魔法だったら、危険度が違う。

俺の魔法を知ったせいで子供達がさらわれました。では、しゃれにならない。


「団長殿は少し変わったまやかしのような魔法を使える人」

「見た目は派手だが毒にも薬にもならなそうな魔法しか使えない」

「役立たずの金食い虫を目指されるのですね?」

 領主達は自分たちのみが知る秘密に満足したのか、勝手なことを言っている。

たぶん俺の噂の一部なのだろうが。結構酷い言われようだ。


「その認識で結構です。ではひとつ派手なのを披露して、口止め料としましょうか」

 外から一生懸命覗こうと‘いらないお客さん’がいるから、結構しっかりとした不可視の結界を張っていた。それをちょこっとだけ縦に広げ、上空五十m位を確保する。

この国にはまだ、飛行制限もなければ、魔法制御装置もない。つまりは自由なのだ。


「ルーセント、高いところは平気か?」

「大丈夫です」

 赤い髪の少年を側に呼び寄せ、背中に手を当てる。

真っ白な天使の羽が少年の背中に生える。


「今、ルーセントは羽が生えて、体が軽くなっているから、しっかり地面を蹴れば二階くらい軽く飛び越せる。

やってごらん?」

 ただの重力制御と風魔法のアレンジだが、小さい子供はこれで長いこと遊べる。

大学の体験学習で子守担当になったときはこれか、かくれんぼか、幻術遊びだ。

つまりは俺の得意な子供だまし。


 つま先立ちのようにおそるおそる伸び上がり、地面を軽く蹴ると、ふわりと俺の肩くらいまで飛び上がるルーセント。バランス感覚もいいようで、着地も問題ない。


「うわぁ、凄い飛んだ。いいなぁ」

 エルに羨ましそうに見つめられて、やる気を起こしたのか、今度は両足でしっかりジャンプする。少し悲鳴が聞こえたが、ちゃんと三階分ほど飛んで、綿毛のようにふわりふわりと落ちてくる。微妙に調整が必要だが、両手を広げながらバランスを取っている。

表情も明るく、一生懸命遠くを見ているのが下からでもわかる。この子も順応性高い。


「これも見張り台がいらなくていいですね。確かに派手ですが、使えますよ?」

「弓で狙われてもさっきのがあれば防げるしな」

「夢のある魔法なんですから、少しは褒めて差し上げればよろしいのに」

「褒めていますよ? ちゃんと使える魔法だと」


「ありがとうございます。では皆様本日の予定は終了です。

お気をつけてお帰り下さい」

 出口を指し示すと、三人は目を合わせ、頷いた。

ニコラが、着地しようとしていたルーセントを捕まえた。

腋の下に手をやり、何度か高い高いをしている。軽さを確かめているようだ。

そばによって羽を消し、重さも元に戻す。

抱えていたニコラは急に重くなったはずのルーセントを二度ほど持ち上げてから地面に下ろした。

一応取り落としてもいいように待機していたのだが、いらない心配だったらしい。

わざと声をかけずに魔法を解除したのだが、嫌がらせにもならなかった。

なんだかとても楽しそうに微笑まれた。


「騎士見習いの服を着ているのなら、兵舎に帰るのでしょう? 一緒に帰りましょう」

「そこの侍女と侍従も送っていこう」

「子爵はお話があるのでしょう? 私たちはお先に失礼しますね。

殿下、楽しい時間をありがとうございました」

 伯爵達は子供達を送ってくれるようだ。夫人が丁寧にお辞儀をするとそろって出口に向かう。また明日と楽しそうにいいながら子供達も手を振って去って行った。


取り残されたのはティウィ子爵親子と、俺の護衛。

どうやら子爵親子を説得しろとそういうことらしい。




お気に入り、評価、そしていつもここまで読んで下さりありがとうございます。

ちょっと長めの方がいいというご意見でしたので、気持ち長めにしてみました。

読んで下さる方がいるだけで本当にありがたいです。

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