27.お客さんもいっぱい
中庭に百人ちょいだろうか、人が集まっている。
呼んだのは最大で四人のはずだったのだが。
魔力はとみれば、たぶん頼んだ四人の他にも、ある程度の人が混じっているのがわかる。
これ、一人ずつ見ていったら、完璧に夜中だ。
茶色い髪と指定したはずなのだが、黒かったり赤かったり、銀色っぽい人までいた。
これはルイスにも責任とってしっかり働いてもらわないと。
「ルイス、今からそっちの椅子がいっぱいある部屋に何人か送るから、名前と現在の身分、仕事場、志望動機、髪の色を書いて本人に持たせて。
三人は俺が選んでない人が部屋に入ろうとしたら、叫んでくれる?
リリもここを通る人をよく‘見てて’」
「わかりました」
子供達とリリに仕事を頼むと早速、扉の前で門番のように立ってくれた。
側にはヒース達もついていてくれるので、安心してはじめる。
「では一人ずつ顔を見ますので、真っ直ぐ並んで下さい。
肩を掴まれたら、子供達のいる扉の中へ。
掴まれなかったら、残念ですがご縁がなかったということで、本日はお帰り下さい」
最初の十人ほどはおとなしく帰って行った。
該当者がいなかったからだったのかも知れないが、わりと素直だった。
ただ、一人二人、と扉の方へ歩く人が出てくると、なぜあいつはよくて自分はいけないのだという顔をするものが増えてきた。
中には、選ばれた人をおとしめるような暴言を吐くものもいたが、ヒース達が追い出してくれた。
残ったのはだいたい二十人。多少ばらつきはあるが、比較的魔力のありそうな人を選んだ。
中庭は綺麗に人がいなくなり、ちょっとほっとしてリリを呼ぶ。
「リリ、どうだった。だめな人はいた?」
小さな声で聞くと、リリが屈んでくれというので、上体を倒して耳を貸した。
「だめという人はいなかったのですが、本当にあのくらいでいいのですか?
かなり魔力の弱い人もいました」
くすぐったいのを我慢して、リリの話を聞くと、髪の色や顔つきでだいたい覚えたが、魔力が強いとは思えない人が数名いたらしい。
後でその人達を教えてくれるらしい。
通った人全員を覚えたのかと聞いたら、大丈夫ですこれくらいならという何とも頼もしい返事だった。
残念ながら、リリは女王様の仕事が待っているとのことでここまでとなった。
「クレイン、リリとミーナを仕事場に送っていってくれるかな? ‘大丈夫’だから。
三人は引き続き、案内を頼む。
俺がこっちの部屋で面接をするから、一人が終わったら次呼んでくれる?」
別れを惜しむようにリリを抱きしめて、幻覚魔法が時間差で解けるよう細工する。
護衛三人がそれぞれ子供達の目をふさいでいたが、気にしない。
まあ別に抱きしめなくても魔法はかけられるのだが、それは俺だけしか知らないので、誰にも咎められなかった。
城に入ったら魔法が解けるからねと、リリにはささやくこともできたし。
これくらいの役得があっても許されるはずだ。
今日は俺がんばってる気がするし。
「ヒース、玄関まで見送りと、建物の入り口の騎士に何か変化があったか聞いてきて。
お客さんが来ているようなら、適当にあしらってくれる?
正式なお客さんはシャイト夫人、そのご友人とティウィ子爵親子だけだから。
その人達なら、中に入ってもらって。
その他はお断り。
ルイスと、面接一名こっちに呼んでくれるか? レオ」
「わかりました」
少年二人には、けんかしないで廊下を見張ってくれるよう頼むと、食事をした部屋へ入る。
綺麗に片付けられたテーブルのある部屋には、侍女さんが一人じっと立っていた。
ありがとうと一言言って、一番手前のテーブルに座る。
程なく扉が開き一人目が入ってきた。
五人までは普通に、衛兵をしていた人たちだった。
騎士になれるならと、やる気もあり、魔力もあり、もちろん兵士だから剣術にも多少は自信があるという即戦力。
異動願いが通ればそのまま入ってくれると思われた。
問題は異動させてくれるかどうかだが。
ちょっとがんばらねばならないだろう。
次の人と声をかけたところで、お客さん達がやってきた。
隣でメモを取っていたルイスが、血相を変えて立ち上がり、深々とお辞儀をする。
ヒースに案内されて入ってきたのは、今日は目にも鮮やかな明るいドレスのシャイト夫人と、紺色の簡素な服を着たティウィ子爵親子。そして最後に長身の二人。
「本日はお招きいただきありがとうございます、殿下。
私のお友達、ハントと、ニコラですわ」
どちらにもとても見覚えがあった。
北の国境付近は皆、領主が仲良しのようだ。
「伯爵お二人がいらっしゃるとは思いませんでした。退屈でしょうがどうぞ中へ。
皆さん、お好きなところへおかけ下さい」
女性二人は、伯爵達のエスコートで俺の側に座り、男達はその後ろに立った。
何だろう。後ろからちくちくと刺すような視線がいたい。
部屋の空気が張り詰めたようになり、かわいそうに次に面接に入った男は、緊張で、うまく喋れなくなってしまった。
ルイスの作った書類によると、会場で給仕をするのが主な仕事で普段は食器の手入れなどをしているそうだ。もちろん武器など持ったことがない。
一瞬だけルイスを睨むと、ですが、茶色い髪ですと言われた。
幸か不幸か魔力があって、ここまで残ってしまったらしい。
面接が終わると半分泣きながら出て行ってしまった。
呼ぶタイミングが最悪だ。
せめてお客さんが来る前ならもうちょっと何とかなったろうに。
「団長殿、今のも騎士団に入るのですか?
騎士団は使えないものも入れるのですか?
すばらしい騎士団になりそうですね」
コルバトス伯の声が上から降ってくる。
頭の天井あたりが凍りそうだ。
「戦うための騎士でない人も雇います。
ここで働く人は皆、面接をすることにしましたので」
「殿下自ら、下働きまで選ぶのですか?」
シャイト夫人はにこやかに聞いてくるが、この人の‘にこやか’もちょっと注意だ。
「ここで働く人みんな、魔法騎士団の団員だと考えています。
女性を騎士にはできないという規則があるそうなので、魔法を使える侍女を育てようと思います。
今のところ、魔法騎士団の規則に女性は入ってはならないという一文はないので、これは可能だと思います」
「やはり殿下のお考えは面白いですね。
武官長や頭の固い大臣が顔を真っ赤にして怒っている様子が目に浮かびます。
その悪戯、楽しそうですわ」
手を打って喜ぶの夫人の横で、ティウィ親子は微妙な顔だ。
娘は後ろに立った父の顔を見て、どうしますかと問いかけているようにも見える。
「離宮の侍女達にも教える予定ですから、ティウィ子爵令嬢も彼女たちと一緒に魔法の練習をしてみませんか? 貴女にはきっとできると思います」
「それは、団長殿の魔法を使う素養が彼女にあると言うことですね? その理由は?」
わりと丁寧な言葉でエリティス伯が聞いてきた。
「勘です。
伯爵達は強いですよね? 強い人から見たら、強い人がわかるときがありませんか?
子爵令嬢は大丈夫。そんな気がするのです」
「では、陛下はいかがですか? 彼女と比べて」
子爵令嬢とリリなら、リリの方が断然強い。これは確実にわかる。
だが、エリティス伯の質問は、魔力が強いことが偉いことにつながっているだろうこの国では、おかしな質問なのではないだろうか?
この国で一番偉いはずの人と、子爵令嬢を比べて、どっちが偉いか?と聞いているようなものではないのか?
「もちろん陛下の方が上ですよ。ここにいる誰よりも魔力の強い方だと思いました」
「それはご自身よりも?」
「自分と比べてですか? そうですね」
この国ではリリが一番強くて、偉い。そうでなくてはいけない。
俺の返事は正解だったようで、ルイスがほっと息をつくのがわかった。
「殿下、次のものを呼んでよろしいでしょうか?」
俺が頷くと、ぼろが出る前にと優秀な侍従は話題を変えるため外に声をかけた。
入ってきたのは大柄な男。
確かに茶色い髪だが、下働きのような格好で、とてもお披露目の会場に入れたようには見えない。
魔力はあるし、体力はありそうだし、20歳くらいで若く、力仕事をしているのか、体も立派だ。
騎士団の候補としては文句ない。
剣術ができれば立派な騎士様に見えるだろう。
「殿下が盾となる人を必要としていると聞きました。
殿下の盾となり、死ぬ覚悟はできています。宜しくお願いします」
大柄な男は、物騒なことを言って頭を下げる。
伯爵二人の目線は鋭くなり、女性達の視線もなんだか冷たくなった気がする。
思わず、隣のルイスを見ると、彼は首を横に振っていた。
「まずは、名前はジン、食糧倉庫の搬入係とありますが、間違いないですか?」
「はい。殿下」
はきはきしているし、頭がおかしいというわけではないらしい。
手渡された紙には、志望動機、殿下の盾となり、役に立ちたいとある。
この文章だと何の問題もないんだが。
「盾となる人募集というのは誰に聞いたか教えて下さい」
「はい。兵士や、貴族の方だけでなく、給仕も殿下が呼んでいらしたと聞きました。
それで、知人が言うには、魔法を使うのは時間がかかるから、その間、殿下を守り代わりに攻撃を受ける盾のような存在が必要だ。呼ばれた給仕は体が大きく、そのお役目のために適切だと思われたからだという話でしたので、自分も体が大きく頑丈です。
是非殿下のお側で……」
「ジン、もういいです。わかりました」
ジンは断られたと思ったのか、しゅんとして、背を丸めて出て行こうとする。
「仕事の合間や時間のあるときでいいのでこちらの片付けを手伝って下さい。
給与や規則の説明はまた後ほど人が集まってから行いますので、今の仕事を無理に辞めないように」
「それは、あの、こちらで騎士にしていただけるのでしょうか?」
「騎士になれるかどうかはわかりませんが、ここで働いてもらえればと思います。
訓練して向いていないようだったら、ここの力仕事担当になると思います。
それでいいですか?」
「はい、宜しくお願いします」
元気よく返事をすると、ジンは扉を開けて、嬉しそうに叫びながら出て行った。
そうか、ここの人たちが知る‘貴族の魔法’なら、そういう考えになるのか。
確かにあの踊りを踊っている間、他の誰かに守ってもらわないと、確実に使い物にならない。
そう考えると、魔法騎士団、今までなかったのは納得だ。
あってもしょうがない。
騎士団を守るために人がいるって、意味ないからな。
まともな人たちからすれば、女王陛下の夫に形だけでも身分を与えなくてはならないから作る騎士団と判断されても仕方ない。
魔法は発動に時間がかかって、しかも単発とか戦力にならないし、威力も驚異的とは言いがたい。
魔法騎士団なんて無駄なものをわざわざ作らなくてもと考えるよな。普通。
「ルイスが考える騎士団とはきっと別ものになる。してみせるから、協力よろしく」
俺の侍従は、ただ素直にかしこまりましたと返事をした。
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