23.貴族の魔法、こちらの魔法
中庭の廊下から玄関までの扉が開け放たれていたので、廊下に出ると、外から何人か入ってくるのが見えた。
先頭はマーリクだろう男、侍従服のたぶんルイス、その後に小柄な二人と、スカート姿が二人。
何かを手に持ってついてきている。
中庭には出ず、その場で待っていると、ルイスが恭しくお辞儀した。
「お待たせ致しました。
騎士見習いのルーセント殿と、殿下がお連れになったレオ殿です。
お二人とも殿下にご挨拶を」
「よろしくお願いいたします」
元気よく言って、お辞儀をしたのは真っ赤な髪の少年だった。
魔力はそこそこ、身長も低く、中等部くらいの年だろう。
その彼の隣で軽く頭だけ下げたのは、市場で見かけた金髪の少年。
こちらも十五くらいで背も変わらないが、魔力はこのレオの方が強い。
「グレッグといいます。二人とも宜しく。
早速だけど、ルーセント、君の魔法を見せてもらえる?
簡単なやつでいいんだけど。
ここ、鍛錬場だったのなら、的とかあるよね?」
ルイスに聞くと、中庭の反対側の壁が収納になっており、そこから木でできた人形のようなものを出してくれた。ちょっと年代物だが、壊れてもいいものだそうで、それを中央に置き、ルーセント以外は廊下で見学することになった。
「あの、殿下、杖を使う許可をいただけますか?」
「もちろん」
「ありがとうございます」
ルーセントはマーリクから小さな指揮棒のようなものを受け取ると、人形の側まで駆け寄り、踊りを踊り始めた。
指揮棒を振りながら。
「ヒース、あれ、何やっているの?」
「炎の舞を行っています」
手を上げたり、横にしたり、しゃがんだり、わりと忙しそうにして、その後指揮棒を大きく振りかぶり、人形に向けて突き刺すようにした。
指揮棒から、小さな炎が子供が投げたボールのようにゆっくりと出て、しばらくして人形にあたり、人形はボンと燃え上がった。
少年は誇らしげにこちらを向いて、いかがですかと叫んでいる。
いかがですかも何もない。
「今のが魔法?」
「どうかなさったのですか?
あの年にしては見事な威力ですから、殿下が驚かれるのも無理はないかと思いますが…」
ルイスは、普通の子なら、火の玉が出て大喜び。というところを、彼はあんなに強い火力でと褒め称えていた。
どうやら、指揮棒を使って、踊りを踊るのは、普通のようだ。
どう、しようか。
今わかった。やっとわかった。
リリのあのきらきらと尊敬のまなざし。
侍女さん達の気持ち悪そうな、顔。
みんなの言う詐欺だか、手品だか使ったんだろうという理由が。
これが普通であるなら、俺は異常だ。
かなりの異常だ。
ルーセントに近づく俺を、危ないからとヒース達は止めてくれたが、それを遮るようにして中庭に出た。
人形の火はまだ燃え続けている。
「ルーセント、火、消してくれ」
「え? できません」
即答に、無性に腹が立って、水の魔法で押しつぶすように火を消す。
もちろんこちらは踊りも杖もなしだ。
隣のルーセントは、ぽかんと口を開けたまま立っている。
「火が消せないのなら、消せるだけの水を用意してからやること。
今は俺がやれと言ったからだからだが、今後、自分で消せない状態での火の魔法禁止。
聞こえてるか? ルーセント」
少年の頭の上に手を置くと、へなへなと座り込んでしまう。
「ヒース、この子さっきの椅子に座らせて、休憩させて。
ミーナ、面倒見てくれ。
それから、誰か今の魔法の呪文わかる人、俺に教えて」
振り返って声をかけたのだが、誰も動かない。
驚きと恐怖で固まっているのに、お茶道具を落とさない、ミーナ達侍女さんに少しだけ感心する。
まあでも俺が近寄ったら、気絶するかも知れないと言うくらい真っ青な顔しているが。
「この子を連れて行けばいいですか?」
ルーセントの腋の下に両手を差し込み、持ち上げようとしているレオと目が合った。
この子は大丈夫かも知れない。
「よろしく。俺は今そっちに行かない方がいいと思うから頼む、レオ」
荷物のようにルーセントを引きずって、廊下まで行くと、ようやくヒースが彼に手を貸すのが見えた。
中庭に残っていた人形の残骸は、表面は炭化していたが、中までは火が通っていない。
見た目は派手に燃えていたが、それほど強い火というわけではないようだ。
だが、消す方法を教えずに火の魔法を覚えさせるとか、何考えているんだろう。
教えたやつの頭を二、三発叩きたい気分だ。
「殿下、今のが殿下の魔法ですか?」
まだ少し青い顔をしたヒースが、俺の後ろに立っていた。
「武官長殿に報告する?
俺の魔法は危ないって。それとも今、処分しておく?」
ゆっくりと立ち上がり、真っ黒になった手を叩くと、まだ立ち尽くしたままだった人たちがびくりとして、ミーナ達侍女は部屋の方へ、ルイスは取り落とした書類を拾い始めた。
「私は殿下の護衛騎士です。
殿下を傷つけることは、陛下への騎士の誓いを破ることになります。
上官への報告はいたしますが、それだけです」
まじめな答えが返ってきた。
よくあるお話の騎士に、王に忠誠を捧げ王のためなら命も投げ出すのが描かれているシーンがあるが、あんなの、実際にできるわけがないと思っていたのに。
ヒースならやりそうだ。
「ヒースも魔法を使えるのかな?
あの踊りと杖は魔法を使うなら必須?」
「私は使えませんが、兄二人が使えますので、多少知識はあります。
杖がなければ魔法は発動しませんし、使う魔法によって異なる舞がありますので、それぞれにあったものを舞わねば、魔法は使えません。
また、名家では代々伝わる呪文や舞があるそうです」
杖なんて、小さい子が集中力を高めるための補助道具でしかない。
さすがに大きい魔法を使うときは持つこともあるが、あんな小さな指揮棒みたいなのでは、魔力に耐えられずぽっきり折れる。
「マーリク、いつまで突っ立ってるんだ? さっきの杖こっちに持ってきて見せて。
それからリッジ、侍女さん達にお茶入れてもらって飲んできて。顔真っ青だ。
ヒース、今の呪文わかればここで唱えてみて」
おそるおそるマーリクが持ってきた杖をもらい、確かめる。
柔らかい木の枝で、振り回しても何もでなかった。
これ自体が炎を出したというわけではないらしい。
みんなの視線が俺の手元に集まっていたので、杖はマーリクに返した。
「同じ呪文ではないと思いますが、私の覚えてるものでよろしいでしょうか?」
「頼む。ゆっくりで」
ヒースは歌うように長い呪文を教えてくれた。
たぶん、魔法語だと思う。
魔法語とは、通常話している会話言語ではなく、特殊な言語だ。
俺は専門ではないが、魔法語はいくつもの意味を1つの単語が持っていたり、組み合わせで意味が変わったり、不可思議な言語で、大学でも定型文だけ覚えて卒業する人がいるくらいややこしい。
それが面白いと研究するやつも多いのだが。
文字にしても魔法が発動するし、意味がわからなくても、効果を知っていればその通りになる。
魔力さえあれば。
ヒースの呪文の中にはいくつか聞いたことのある単語に似た音が混ざっていた。
きっと、訛りの酷い人と会話したら、こんな風に頭を使うんだろうなというくらい、俺の知っている魔法語と似ていて、俺の使う魔法語と違った。
「悪いんだけど、何回か繰り返してもらえる?」
「はい」
律儀な彼は本当にゆっくりと覚えたままを繰り返してくれているようだ。
一回目と変わらず聞き取りづらい。
何回かそれを繰り返してもらい、ようやっと何となく意味が拾えるくらいになった。
「ヒース、これの意味知ってる?」
「炎の呪文です。対象に炎をあて、焼き尽くすことを目的とします」
「他には?」
「わかりません」
「こういう‘呪文’を記録したものはないかな。ルイス」
「…ないと思われます。城に保管されているものは陛下の許可が必要になります」
なんか変な言葉を聞いた。
ないと思うのに、リリの許可があると見られる?
それってあるけど見せられないということかな?
「わかった。取りあえず現状は把握できたと思う。ルーセントの様子は?」
「泣いています」
とても端的な答えを返してくれたのは、部屋から出てきたミーナだ。
ちょっと怒っているように見える。
「一度、お茶にしよう。ルイスは俺のサインが必要な書類をくれる?
レオとみんなは席について、ミーナのおいしいお茶を飲んでて」
テーブルのあった部屋では、ルーセントが侍女さんに慰められながら泣いていた。
そっちはお任せすることにして、ルイスと細かいことを決めていく。
いくつか急ぎだという書類を片付けると、みんなのお茶は少し冷めていた。
「ルーセント、落ち着いたか?
ここにいるみんなは見てわかったと思うけど、俺の魔法はだいぶ異質だ。
今までちょっと自覚なかったけど。
何しろさっきのが初めて見た‘貴族の魔法’だから。
俺は、貴族の魔法を教えるのは無理です。
それでも魔法騎士団は作ります。
俺の魔法を見て、協力は無理だなと思った人は、この建物から出て下さい。
追いかけませんし、恨みません。女王陛下に誓います。
さ、どうぞ」
手で扉を示したが、誰も動こうとはしない。
昼までにもうあまり時間がない。
「今はいないようなので、後で気が変わったら、この建物に入らないようお願いします。
では次、レオ。ちょっと手を貸して」
金髪の少年は先ほどのを見ていただろうに、全く怯えず、近づいてきて俺に片手を差し出した。
少年の少し小さな手は、働き者らしく、あちこちにまめができている。
「レオは無理矢理連れてこられて、ここにいるのかな?
このままいくと、君は魔法騎士団の団員候補になる。
この国のため、女王陛下のために騎士団に入る気はある?」
町中でスカウトされ、‘えらい人’の言葉に逆らえず今ここにいるはずだ。
見たことのない女王陛下のために働けと言われても、戸惑うだろうなと俺は思ったのだが、彼は意外に冷静だった。
「僕は、殿下のための騎士団だと聞きました」
「誰に?」
レオの視線を追っていくと、ルイスを見ている。
目が合ったルイスは、気まずそうにしていた。
「他の人がなんていっても、俺は陛下のためにしか動かないよ。
騎士団もそうするつもりだ。
決まりを守らないと、一応罰則はあるけど、衣食住と、給金はこちらで用意する予定。
それと、俺の魔法を覚えてもらう。
やってみる?」
「堅苦しいのはできないし、今、魔法使えなくてもいいのなら、やりたい」
「ではよろしく、レオ」
二人で握手をすると、他の場所から、ずるいと声が上がった。
泣きはらして目は真っ赤、声もうまくは出ていないが、ルーセントも俺の方に歩いてきた。
「私が、一番、最初に、殿下の、騎士団に、入るはず、だったのに」
途切れ途切れの抗議に思わず隣を見た。
同じ年頃なのに、レオはしれっとしている。
「今までルーセントが覚えた魔法は忘れて、最初からやり直すんだぞ?
天才とか、もう言ってもらえなくなるかも知れない。それでもがんばれるか?」
「やります」
「ではよろしく、ルーセント。
ということで、ルイス、二人分の任命書よろしく。後、住まいの手配はここの二階。
それから、後もう一人増えるかも知れない。
今から迎えに行ってくるから、団員候補はルイスにこの中案内してもらってて」
「殿下、どちらへ?」
「城の門まで。ついてきてくれるなら、近道案内して欲しい」
部屋から出て、早足で歩く。
先導してくれるのは、ヒース。後の二人もちゃんとついてきてくれるようだ。
さて、考えることはいっぱいだ。
きりきり働こう。
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