20.赤毛の貴婦人
これが貴婦人というのだろうか。
赤毛をふんわりと結い上げ、化粧は控えめ、落ち着いた渋い赤のドレスがよく似合う、俺より年上だろう女性が立っていた。
貴婦人は、ドレスのスカートをつまみ、ちょこんとお辞儀をして俺の顔を見る。
魔力は少々。だが、発言力はあるようで、何人かの女性を引き連れていた。
「はじめましてグレッグといいます。
明確に女性だけの隊を作ると決めているわけではありませんが、女性でも、魔法が使えたら、陛下のお側近くに仕え、お守りしたいと思う人がいるのではないかと思っています」
「もちろんですわ。殿下。
私、北東のアステル・シャイトと申します。
お手伝い致します、是非、女性の騎士隊を作って下さいませ」
にこやかに言うシャイト夫人。
端から、つれていた女性を紹介してくれるのだが、皆、魔力は低い。
得意なのは刺繍や、お花を生けることなど、大変女性らしい趣味を皆さんがお持ちだということはよくわかったのだが、戦力になりそうな人はいない。
綺麗な人ばかりなのはいいのだが、今は色気より人員確保なのだ。
武官長はいつの間にかいなくなり、先ほどの親子が、女性陣が邪魔で逃げるに逃げられず、所在なさげに立っていた。
「あら、ティウィ子爵? 後ろはお嬢さんかしら。
こちらへいらっしゃい。一緒にお話ししましょう」
俺の視線を追って、夫人が少女を呼び寄せてくれた。
少女をかこんで、今日のドレスはどうとか、髪型はもっとこうした方がいい等々、楽しそうに話している。
俺を囲んでいるご婦人方は、服装を褒め、髪を褒め、自分はどこの生まれでその季候はよくて町もすばらしいところなのだ等々、次から次へと話しかけてくれる。
俺の口をはさむ隙は全くない。
少女も恥ずかしそうに頷いているだけで、こちらを見る暇もなさそうだ。
残された父親の方はとみると、心配そうに娘の方を向き、立ち去る様子はない。
これはチャンスかも知れない。
周りにいた女性に声をかけ、道を空けてもらい、子爵の方へと歩く。
「殿下、どちらへ行かれますの? お話の途中でしてよ?」
一人に手を取られ、引き戻されそうになるが、すぐ戻りますからと声をかけて放してもらう。
色っぽい人なのだが、リリほどはかわいくはない。
「ティウィ子爵、改めて、お嬢さんを騎士団に下さい。
後日、東の離宮で入団試験を行います。
付き添いの方がいらしても結構ですので、是非試験に参加をお願いします」
頭を下げてお願いすると、子爵は何とも困ったなという顔をしていた。
「娘にはいずれ然るべき所へ嫁がせるつもりでおります。どうぞご容赦ください」
「誤解があるようなので言いますが、個人的に恋人になってくれという意味ではありませんよ?
今のところ陛下以外の女性を恋人にする気はありませんから。
もちろん、愛人とか妾とか側室とかそんなたぐいの人も募集していません。
今必要なのは、魔法騎士団の団員です。
一緒に陛下のために働いてくれる人が欲しいんです」
「ですが…」
「俺に関していったいどんな噂が流れているんでしょうか?
今日だけでも、女ったらしとか誑かしたとかそんなようなことを言われ続けているのですが」
「市井の男が身分もわきまえず、陛下をだまして婚約者の椅子に堂々と座った。
綺麗な言葉で言えばそんな噂を耳にしましたわ」
シャイト夫人はにこりと笑ってそう言った。
汚い言葉だったらどれだけ酷いことを言われているのだろうか。
周りの女性たちも、それを知っていたのか、別の噂ではこうだったああだったと教えてくれた。
若い女性がきいていい範囲の綺麗な噂だけでもどんな色男だ、といいたいものばかりだった。
「もちろん、もっと聞くに堪えないものもありましたのよ。
お聞きになりたい?」
「それを知っていても、夫人は話しかけて下さったんですよね?」
「もちろんですわ。
恐れ多くも陛下の選んだ方ですもの。
私たちが殿下のお手伝いをさせていただくのは当然のこと。
そうでしょう? 皆様」
夫人の問いかけに皆がそろって頷いている。
…女の人って本当にわからない。
今まであんなに楽しそうに話しかけてくれていたのに。
この人たちは何を考えて俺の側にいたのだろうか。
観察? 監視? 品定め? あるいは、噂を確かめに来たのだろうか。
今のところ、噂通りの行動は起こさなかったはず。
人集め優先しておいて本当によかった。
「夫人や、皆様のご期待にそえるよう鋭意努力致します。
ご協力宜しくお願い致します」
「殿下に頭を下げていただくなど、もったいない。
ティウィ子爵、私のお友達をお嬢様の護衛におつけします。
安心して試験を受けさせてあげて下さいな。
明日、そのお友達が東の離宮に見学に行くと言っていたからご一緒にいかが?
私も魔法の練習、見学させて下さいね?」
いつ決まったんだろうか、明日魔法の練習するって。
確かに面接はするとルイスに頼んだが、何でこう情報が漏れているんだ?
子爵令嬢をこっちに引き込めそうなのはありがたいのだが。
「ご覧に入れられるようなものは何もないと思いますが。
昼過ぎから離宮で面接しますが、それを見ても面白くはないでしょう?」
「どんな方が騎士団に入れるのか、参考になりますわ」
それを見て、人を集めるから是非見せろと夫人たちは主張する。
午前の魔法検証は立ち入り禁止。これは絶対だ。
昼食くらい安心して食べたいし、エルの説得もある。
そうすると、昼の鐘の二時間後に確か鐘が鳴るはずだが、これ、なんて言うんだろう?
基本知識が足りてないと、会話もまともにできない。
「大勢の見学は次回に行います。
明日は夫人と子爵親子、護衛のご友人だけにして下さい。
昼の鐘のあとしばらく経ってからはじめますので、その頃いらして下さい」
「結構です。
明日お目にかかれるのを楽しみにしておりますわ。殿下」
ごきげんようと言って去って行く女性たちの後ろ姿に思わずほっと息をつく。
女性陣に、腕とかにしがみつかれて、ちょこっと、同僚の言っていた、
【異世界に行った男は必ずもてることになっている】
という口癖を思い出してしまったりしたが、勘違いしなくてよかった。
幾分柔らかくなった子爵親子の視線を感じながらそう思った。
閲覧お気に入り、評価ありがとうございます。
増えるとやる気もとても増えます。
また近いうちにお目にかかれますように。