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17.国境沿いの勇者

 謁見室に入ってきたのは、大柄な男。

年は三十代後半だろうか。武人というのが相応しいような鍛え上げられた体つき。

それが真っ直ぐに俺の方に歩いてくる。

髪の色はえんじと言えばいいのだろうか、暗い赤。眼光鋭く、威圧感を覚える。

魔力も今まで見た中では強い方だ。

そんな男がそばまで来て、俺を見下ろす。

頭ひとつほど背が違う。はっきり言って怖い。

後ろに控えた護衛(ヒース)たちは動かないようだ。


「グレッグ殿とお見受けする。

私は、エリティス領、領主ハント・エリティス。

貴殿の魔法に感銘を受けた。是非ご教授願いたい」


 とても大きな声でそれだけ言うと、一歩下がって深々と頭を下げる。

領主が頭を下げているうちに慌ててそでに隠したメモを見る。

赤い髪、エリティス伯、北の端と書いてある。

 確か領主たちは滅多に城まで来ないとか、国境付近でも問題を起こしていないという優秀な人たちのはずだ。下手な返事はできない。


「はじめまして、エリティス伯爵。

この度、魔法騎士団団長を拝命致しましたグレッグです。

私の魔法に興味を持っていただき光栄です。

ですが、教えるとなると女王陛下の許可が必要になると思います」


「出し惜しみなさるか、団長殿」

 低い声で怖い笑みを浮かべながら言うのである。

女の子でなくても逃げ出したいくらいの圧迫感。

これは脅されてると言っていいのだろう。


「私の魔法はどうも特殊なようで、それを一から教えるとなると、かなり時間がかかります。

そうすると、領地を長く離れることのできない伯爵に少なくとも一月以上滞在していただかなければならないと思うのです。それを女王陛下はお許し下さるでしょうか?」

「では、貴殿を借りてゆければよいのだな?」

「それは陛下がお許しになってもできません。

私は陛下のそばにいると誓ったばかりなのです」

 俺の頭の上で伯爵は吹き出し、大笑いをはじめた。

人が一生懸命考えた答えを大男は、腹を抱えて笑ったのだ。


「陛下をたぶらかした男。っははは。

馬鹿だろう、おまえ」

 真顔に戻った男は俺の襟元をぎゅっと掴んだ。

後ろの二人が動いたようだが、伯爵がにらみつけると動きは止まった。

襟が締まって、息がしにくい。


「私の答えはお気に召しませんか?

では、素直に。

貴方が陛下の味方かどうか判断がつかないので、私の魔法を教えることができません。

私の一番の目的は、何よりかわいい女王陛下を守ることなので」


「ならいい」


 あっけないほどに手は放され、苦しかった息が楽にできるようになった。

多少咳き込んでいると、リッジが後ろから背中に手を添え、支えてくれた。

もうちょっと早く助けて欲しかった。


「いくら何でもやり過ぎですよ、伯爵(・・)

仮にも陛下の婚約者殿なんですから、もうちょっと大事に扱わないと」

 そう言いながら入ってきたのは、こちらも長身の男。

エリティス伯よりは若いようだが、やはりこの人も体を鍛えている。

細く見えるが、しっかりとした筋肉がついていて動きもヒースたちと同じ様に、戦える感じがする。

目つきは鋭いが、鼻筋は通っていて、リリよりも薄い金髪で魔力もそれなり。

 この男が大学の講師なら、教室のほとんどが女子で埋まるだろう。

目線を少しあげなければならないのも、いやな感じである。

俺、背が低い方ではないはずなんだが。


「おまえだって伯爵だろうが、コルバトス伯」


「お初にお目にかかります。

コルバトス領、領主ニコラと申します。

団長殿はもう少し体を鍛えた方がいいようですね。

騎士団とは名ばかりのお仕事だとしても」

 これは、けんかを売られているのだろうか? 

先ほど覚えたメモによれば、ニコラの方は北西の領主。

つまり二人はご近所同士と言うことだ。

領地から来たのなら、昨日から城にいたのだろうか。

だが、お披露目のときの会場にこんなに背の高い男二人を見逃したりはしなかったと思う。

それなのに、花火を知っていた。

どこで見たんだろう。

あるいは噂を聞いただけかも知れない。


「まだ騎士団と言っても私一人しかいませんが、名ばかりにするつもりはありません」

「それは楽しみです。期待しています。団長殿」


「ほんとにおまえは性格悪いな」

「褒めても何もでませんよ?

それよりも団長殿、私は陛下の味方です。心より敬愛しています。

私なら魔法を教えてくれますか?」

 いや、…どの口が言うんだろう。こういうのを厚顔無恥って言うのだろうか。

それとも、ただ俺をからかって遊んでいるだけなのか?

少し頭が痛くなってきた。


「女を盾に断るのはなしだぞ、聞いていて気分が悪い」

 エリティス伯はこちらが口を開く前にそう言って牽制した。

先ほどのは、リリのせいにして教えるのを断ったから気分を害したらしい。

確かに卑怯だとは思うが、とっさには他の説得力ある言い訳を思いつかなかった。

 どうも俺の魔法の使い方はこことは明らかに違うようで、魔力があるからといって、簡単に教えると後悔しそうな気がするのだ。

この二人は明らかに俺より腕力で勝るし、リリの臣下だからといって味方とは限らない。

慎重に、できるだけ正直に。


「私はまだ貴族というものも、ここの常識もまるきりわかりません。

何が正しくて、何をしていいのかも。

だから、自分で判断できるまでは、人に教えたくありません」

「それはいい考えだと思います。

では、いつになるかわかりませんが、その頃再び教えを請おうと思います」


「ニコラ、貴族らしく(・・・・・)はどうした?」

「とても貴族らしい発言でしたよ、今のは。ね? ヒース」

 後ろを振り返ると、ヒースは少し引きつった顔ではいと返事をしていた。


「俺たちは二人とも先代が国境の守りを固めるために傭兵から身分をもらった成り上がり組だ。本物のお貴族様じゃない。

ヒースは子爵家の三男だったか?

だから立派な貴族の子息だ。

なぜ訊かない。貴族とは何か、ここでの常識とは何か。

たかが近衛に尋ねるのはプライドが許さないとでも言うのか?

ただ陛下の後をついていればいいとでも思っているのか?」

「黙って言う通りにしていれば、豪華な食事に、美女に綺麗な服。

何でも手に入る。

…いいご身分だよね」

 羨ましいねと言いながら、目は笑っていない。

二人とも恐ろしいくらいの迫力で俺を見ている。

この二人は、俺に何を言わせたいんだ? どうしたいんだ?

何を怒っている?

考えろ。考えろ。


「お待ち下さい、お二人とも」

 にらみつけている二人の間に割って入ってくれたのは、今までほとんど助けてくれなかったヒースだ。

恨んでなんかいない。ちょっとだけしか。

伯爵二人に睨まれてもヒースは引かず、俺の前に立ち続けてくれた。


「殿下がこちらに、この城に入られたのは一昨日のことだと聞いております。

殿下が何もご存じないのは何もしてこられなかったからではなく、ただ単に時間がなさ過ぎただけなのです」

「ちょっと待て。婚約の話は一年も前からあっただろう。

う ち(北の果て)に一年前に聞こえてきたって事はだ、もっと前から話は進んでいたはずだ。

それで時間がなかったとは言わないだろう」


「一昨日までは、ソロン公爵が陛下の婚約者と言うことで話が進んでおりました」


「は?」


 大きな男二人がそろって、間抜けな声を出した。

‘ソロン公と’リリの婚約話は、領主たちまでにはいっていなかったようだ。

相手の名をわざと伝えなかったと考えるべきか。

北の端まで噂を届けたのだろうか、ソロン公爵。マメというか何というか…。

 女王が婚約をするかも知れないと国中に触れ回り、相手を明かさず、他国の使者や、国民の集まったその日に婚約発表。そして婚約者として王座に就く。

そんな筋書きだったのではないだろうか。

リリにとっては逃げ場のない最悪な話だ。

 伯爵二人はほんの少しの間、何か考えていた。


「ソロン公って、お子様はいらっしゃらなかったよね?」

「公ご自身がお相手だと承っておりました」


「中央はそんな馬鹿なことを通したのか!」

「さすがにそれは、暴動が起きるだろう」

 ああ、やっぱり暴動レベルの暴挙だったんだ。

城の中でさえ、ソロン公よりはと、いきなり現れた怪しい俺を歓迎してくれたセニール候。

たぶんあのおじいさんのように、反対しつづけていた人は大勢いたはずだ。

 あの、若くて綺麗なリリに六十近い夫。

誰が見ても何かあったなと思わせる組み合わせだからな。

少なくとも町は、今日みたいなお祝いムードにはならないはずだ。

ソロン公、民衆に人気なさそうだし。

まあ、最後のは俺の偏見だが。


「それで、これが陛下の御意志なのか?」

 エリティス伯が俺を指さしてそう言う。

ヒースがやんわりと、俺に突きつけられた腕を下ろしてくれた。


「団長殿は、陛下にとって、おぼれる前になんとかつかめた藁って事かな?」


「相変わらず手厳しいな、伯 爵(コルバトス)は」

 リリの柔らかな声が聞こえた途端、二人は振り向き、綺麗に膝をついた。

俺もまねて膝をついて頭を垂れてみるが、二人のように綺麗にはいかなかった。


「グレッグ、顔を上げて、こちらへ」

 玉座の横に立ったままのリリが片手を前に差しのばして待っている。

側によって、細い手を取り、リリを座らせ、俺は横に立った。


「エリティス伯、コルバトス伯、よく来てくれた。変わりはないか?」

「はい陛下。本日はおめでとうございます。北の幸を献上致します。ご賞味下さい。

また、遅参をお許し下さりありがとうございます」

「おめでとうございます、陛下。北では噂話も遅れて入って来る始末。

お役に立てず申し訳ありませんでした」


「二人とも顔を上げよ」


 片膝をついたまま二人はゆっくりと顔を上げ、少し目を見張った。

先ほどのドレスよりもさらに濃い紺をベースに、濃淡のある生地を使い、夜の海のような色合いのドレス。銀の細工が見事な幅広のネックレスと、涙のような形のイヤリング。

髪は先ほどよりもきちりと編み込んで高く結い上げ、王冠を支えるような形になっている。

色白の美しい顔、きりりとした目元と、ぽってりとした唇にはピンクの口紅。

かわいらしく、色っぽく、何とも魅力的なのだ。

これだけ変えても、身支度を調えただけなのか。

時間がかかるわけだ。


「どうかしたか?」


「いえ、大変お美しくなられて、驚いております」

「今日は皆が手を尽くしてくれた。だが、コルバトス伯ほどではないだろう。

ますます凛々しくなった。先ほど侍女たちが騒いでいた」

 リリは? と訊きたいのを我慢してなるべくまっすぐ立つ。

そういえば、手をつないだままだったと今更ながらに気付いたが、まあいいだろう。

リリが放すまでそのままで。


「ご婚約は陛下の御意志ですか? そちらの方はいつから?」

「グレッグに聞かなかったのか? 一昨日の夜、神が私に与えて下さったのだ」

 俺の方を見てにこりと微笑むリリ。思わず笑みを返す。

どちらかというと、小さな子供がお気に入りのおもちゃを見せびらかすような感じに見えなくもないが、取りあえず気に入られていると言うことで良しとする。


「陛下、困ったときはお知らせ下さいと申し上げましたよね? 

時間がないときは、側にいる誰かに話して下さいとも」

「我らでは多くの貴族を動かすことはできませんが、それでも何かお役に立つことはできたはず。

我らよりもそちらの方が信頼がおけるということですか?」

 どちらも言い方は違うが、リリを心配して思ってくれている。

こんな馬の骨(俺なんか)よりも自分のことを頼ってくれとそう言っているのだ。


「二人とも妻子ある身。夫になれと言ったら叶えてくれるのか? 

私に彼女らを裏切れと言わせるのか?」

 二人の表情が一瞬固まる。

俺は何より、二人とも妻子持ちというのに驚いた。

エリティス伯はこの顔でと思ったし、ニコラはこの性格で奥さんがいるならずいぶんと立派な奥さんなんだろう。


「ソロン公以上の魔力か、力もしくは何らかの利点がなければ私一人で夫を定めても却下される。

母の親類も父の親類もすでになく、ハンナたちは子爵以下。

話しても嫌な気分にさせるだけではないのか?」

 本当に愚痴を聞いてもらう相手もいない状態だったのか。

リリとしては逃げ道はないともうあきらめていたのだろう。

そこに飛び込んできた俺に最後の望みをかけた、か。


「私たちでなくとも、陛下の夫になりたいというものは多く…」

「その多くは王になりたいものたちだ。ただ権力が欲しいと望むだけ。

王として立っても、国を滅ぼすだけだ。それらは皆、私を王とは思っていない」


「では、団長殿はそうではないと?」


「自分を好きでない女とは結婚したくないと言われた」

 似たようなことは言ったような気がするが。

そんなに嬉しそうに言ってくれなくてもいいのだけどね、リリ。

 俺ではない大きなため息が聞こえた。


「やはり馬鹿だな」

「いらなくなったら、この程度ならお得意の魔法を使う前に倒すことは容易ですし、あのソロン公を出し抜いたのなら、その功績に免じて放っておいてもいいかもしれません」

 にこにこと怖いことを言うニコラに、まあそうだなと相槌を打つエリティス伯。

彼らなら本当にやりそうだ。あの体格の二人に本気で切りかかられたら、逃げようがない。


そ れ(私の事)よりも、二人とも、町の様子はどうであった? 以前と変わりはあったか?

町からも昨日のグレッグの魔法は見えたのだろう?」

 お話をねだる小さな子供のようなリリの様子に伯爵たちは、口元を弛めた。

二人とも先ほどの会話などなかったように、優しげな顔でリリに話し始めた。


「宿は陛下の生誕祭に参加しようといっぱい。酒場も市も賑わっておりました」

「夜の花の噂は今朝の話題を独り占めといった感じでした。

城門の衛兵は話を聞かれて大変そうでしたよ。

あのあとも陛下がご無事かどうか確かめに来た民も多く、陛下をお祝いする魔法だと聞いて祈るものもいて、城の前は大混乱でした」


「昨日の花火、町で見ていたんですか?」


「花火、か。せっかく安い酒でいい気分だったところを邪魔された。綺麗だったが」

 ぽつりとそう付け足してくれた。

少し派手になどと欲を張ったために色々迷惑をかけたようだ。

この二人も酒場でのんびりしていたところに、騒ぎを聞きつけ城まで駆けつけてくれたようだし。

それだけ派手なことをしていて、さらに1年以上何もしてないくせに、全てできないことは陛下(リリ)のせいにした男などと思われていたのなら、心証がいいはずもないな。


「ご迷惑をかけたようで、申し訳ありません陛下」

「いや、無理を言っているのは私の方だ。グレッグに頼ってばかりですまない」

 ぎゅっと手が握られる。大丈夫と返事の代わりに軽く握りかえしておく。


「…神の使いの団長殿、あとで少しお話をしましょう。

幸い我らはあと二日城に滞在致しますし」

「そうだな、団長殿には兵としての心得くらい伝授してから帰らねぇと」

 急に伯爵たちの声音が変わった。少し低く、まるで怒りを抑えているような感じ。

そして、獲物を狙うかのような目つきで俺を見ている。嫌な予感しかしない。


「祝賀会には、隣国の使者たちも列席する。

二人とも仲良く我が国への来訪を歓迎してくれると嬉しい」

「かしこまりました」

 二人はそろって返事をして、優雅に一礼して部屋を出て行った。

扉を閉めるときにじろっと俺の方を睨んで。

何だろう。このところ心臓に悪い出来事が立て続けに起こっている。

何かしただろうか。


「伯爵たちはグレッグのことを気に入ったようだ」

 にこにこと嬉しそうに言うリリに迷惑ですとも言えず、そうみたいですねと返す。

リリにとっては、彼らなりの好意の表れに見えているのだろうか。

 先ほども他国の使者を仲良く歓迎しろと言っていた。

普通に考えると、国境の領主らしく外交してくれという意味なんだろうが、リリとしては、お隣同士もっと仲良くなってねくらいの意識のような気がする。


う ち(この国)は、お隣と仲がよくないの?」

「いや、貿易も行っているし、領地争いもない。

国境線の治安も落ち着いていると聞いている。

盗賊や、無頼ものも以前よりは少なくなったようだ」

 先ほどの二人の活躍が大きいのだろうか?

詳しいことを聞こうとしたら、後方の扉から侍従が入ってきた。


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