世界のごみ捨て場 友紀ver
これは友紀からみた視点で描いた、もう一つの世界のごみ捨て場です。
日向バージョンと一緒にお楽しみください。
ここはどこなのかな? 二日間はここにいるけど、何一つ手がかりなんてものは出てこない。あるのは、自分のお気に入りのリュックに、大事な懐中時計。そして、二度と使われないであろうごみの数々だけ。
なんにもない。まるでここは、世界に必要なくなった物が、者が(・・)、集まったみたいだ。
ごみ溜まりに腰をかけ、空を仰ぐ。
まるで今にも雨が降りそうな曇天に、日の光が変わることのない空。
この世界は、螺の外れた時計のように時が止まっている。だから自分もお腹が減らないし、眠くもならない。きっとこれからも、私は時を刻むことはないだろう。
けれど、この時計だけは時を刻んでいる。今でも必死に、刻み(いき)続けている。
友紀はポケットの中から、銀色のチェーンが付いた、蓋付きの懐中時計を取り出して蓋を開けた。
お父さんから貰ったな時計。これは私にとって、形見の時計と言って等しい。私のお父さんは……。
昔のことの思い出すと、心の中が空っぽになった気分になる。虚無。私の過去は、色彩鮮やかではない。それこそ、この空の灰のような楠んだ色しかない。
もう一度空を仰ぐ。
「…………変わらない」
ボソリと呟くと、ごみ溜めの反対側から、音が聞こえた。
私の他にも、人がいる? でも、もしかしたら犬か猫かもしれない。
確認のために静かに見ようとしたら、ガラッ、と音がしてしまった。
体中から冷や汗が流れた。見つかることにたいする恐怖心からではなく、行かないで、という焦りからくるものだった。
寂しいのだ。苦しいのだ。まるで自分一人しかいないみたいなこの空間に、やっと巡り会えた命なんだ。失いたくない、誰だって構うものか。私はもう、一人は嫌なんだ。
勇気を振り絞り、ごみ溜まりから顔を出す。そこにいたのは、私とそんなに歳が変わらない男の子だった。男の子は一瞬怖がった表情をしたが、私を見るやいなや、穏やかな表情になる。
私は彼がここにいる理由が知りたかった。彼のことを理解したいと思った。よくはわからないが、私は彼に引かれるものを感じた。
「……あなたは?」
「日向」
彼は柔らかい優しい声でそう言った。
「君は?」
「友紀……」
「友紀………」
日向はまるで噛み締めるように、口の中で何回か呟いていた。
「日向……」
「何?」
ここで会った始めての人間。それでいて、きっとこの人の心は綺麗なんだろう。日向からは、汚い感情が見えてこないから。
日向とだったら、私は。
「私と一緒にここから出ない?」
すると日向は一瞬呆けると、困ったような顔で言った。
「出れたとして、どこに行くの?」
その問いは至極真っ当な意見だった。目的もなく出たところで、行く場所なんかはないだろう。
首を横に振る私に、日向は悲しい表情をしたように見えた。
「……でも」
「んっ?」
「……でも、ここには居たくない」
そうだ、ここには居たくない。ここに居ると、私は死んだような気持ちになるからだ。
「……そっか」
日向は嬉しそうに言った。その顔を見ると、なんだか私も嬉しくなる。
「……なら、行こう?」
日向に手を差し出され、私はそれをおずおずと握る。暖かくて、心が安らぐ。
「まずは、このごみ捨て場の端っこに行こうよ」
「うん」
私たちは、居場所を探しに旅立った。
日向は歩きながら、自分の昔の話をしてくれた。
「僕は西行時っていう、昔でいう華族って呼ばれる家計で育ったんだ。兄貴が二人いて、どっちも優しくて、でもそれは、多分同情からだと思う。僕たち兄弟は昔から英才教育をさせられてたんだけど、どの分野でも、僕は兄貴たちを越えることはできなかったんだ」
日向は悲しそうに顔をして、目を伏せた。けれど私は例え日向のお兄さんが日向より優れていようと、私にとっては今の日向以上の存在はいない。一緒にいてくれるだけで、私は嬉しいんだから。
その気持ちを言ったら。日向は一瞬顔を緩めると、直ぐ悲しい顔に戻る。
「そんなことないよ。きっと友紀も、僕の兄貴たちに会えば、そんなこと言わないはずだよ」
そんな悲しいことは言ってほしくなかった。私には日向しかいないのに、日向がそれを否定しないで。私にとっての日向は、一番なんだから。
そんな気持ちを言葉にしたら、日向は照れて。
「ありがとう」
と言って来たので。
「お礼はいいよ」
と返した。
「そう。後そうだ、このネックレス。これはね、僕の母さんが昔に、といっても三年前だけど、その年の僕の誕生日にくれたんだ。あの時は本当に嬉しかったな。毎日このネックレスを着けて外に出かけてたし、家でもずっと着けてたんだ。でも、僕の母さんは、その年に事故で死んじゃったんだ。だからこれは、母さんの片身で、大事な物なんだ」
日向の話を聞いていると、自分が置かれた境遇を思い出す。でも、私のとは少し違うようだ。それでも似ていることを日向に言った。日向は首を傾げ、疑問に満ちた顔を見せた。
私はポケットから懐中時計を取り出すと、日向に見せた。
そして、私は昔のことを話た。日向だけに話させるのも不公平だと思ったのもあるが、それ以前に、日向に私のことをもっと知って欲しかった。
私は日向と違って裕福じゃないけど、幸せな家庭に育ったことを言った。日向の前でこんなこと言うのは、ちょっとあれだと思ったが、私の家庭は幸せだったと本当に思う。
ごめんねと言うと。
「大丈夫」
そう笑顔で言ってくれたので。
「ありがとう」
そう返して続きを話た。
お父さんがいて、お母さんがいて、とても楽しかった。この日常がいつまでも続けばいいと思っていた。
そう言ったら、日向が。
「どうして……過ぎ去ったことみたいに言うの?」
と言ってきたので、私は頷いた。そして続きを話た。
私のお父さんがリストラにあったこと。借金をするはめになったこと。お父さんは蒸発して、お母さんは首が回らなくなって家で自殺したこと。
今までに起こったことの全てを話た。日向は信じられないといった顔をするが、これは全て事実だ。私の生きた人生だ。
私は懐中時計を日向に見せた。これは、お父さんが蒸発する前にくれた懐中時計で、もともとお父さんが使っていたものだと説明した。私が無理言って貰ったものだと。
日向は私のそんな話を、ただ黙って聞いていた。
そんな話をしている間に、いつの間にか端っこに来ていた。一体何分間歩いたのか、そんなことはわからないが、途方もない距離を歩いた気がする。
「ついたね」
隣で嬉しそうな顔の日向が言うと。
「そうだね」
と、私も嬉しくなって、笑顔で返した。
「行こう?」
日向が手を引っ張って催促するので、私は頷いてその手を握り返した。
出てからの世界は何だか、色鮮やかだった。私たちがいた世界とでも言うのだろうか、そういった場所にいた。私たちはそこで、自分の居場所を探した。
世界に見限られ、居場所を失った私たちだけど、きっとどこかに私たちを受け入れてくれる場所がある。そう思って、そう願って、私たちは旅をした。
風の日だって、曇りの日だって、雪が強く降り注ぐ日だって。私たちは歩き、居場所を探した。
けれど、それは見つかることはなかった。
でもその代わりに、私たちの仲は凄く良くなった。過去を聞き、記憶を共有すると、相手を見る目も変わってくる。親近感と言うよりも、既にこれは、恋と言っていいと思った。
私は日向が好きになっていた。
でも日向がどう思っているかなんてわからない。一緒に居てくれるから、嫌いではないと思うけど、好きかどうかもわからない。今のところ、私の片想いだ。
そんな中でも旅は続く。この時間が一生続いてもいい。私はそう思い始めたが、終わりは突然訪れた。
「戻ってきた……」
日向の言葉に、私は目を疑った。
世界が一瞬で色褪せた。ここは恐らく、私たちがいたごみ捨て場だ。戻ってきてたんだ、終わる世界に。そして悟った。
「きっと私たちの居場所は、ここなんだよ」
ふと心の声が漏れてしまった。しかしこのことは、恐らく日向もわかっていたことだ。
日向となら、きっとここを抜け出せると思っていた。けれど叶わなかった。神様は私たちを見放した、だから私たちはここにいる。
虚無感だけが心を満たしていった。隣で立つ日向も、同じ気持ちかもしれない。
そのせいもあり、日向の目は虚ろで、見る景色が霞んで見えているのか、ただ一点を見つめていた。
私はどうしたらいいんだろうと、言葉を探しているその時、空が明るくなった。
覆っていた雲が一部、ぽっかりと穴が空いていて、それがその下の物を光に変えていた。
まるで、神の向かえのように。魂だけを導くように光に変えていた。
それが徐々にこちらに近づいて来る。
そして気づいた。もう逃げることはできない。きっとあの光に吸い込まれたら、この世から存在が消されるだろうと。
「友紀……」
「何? 日向」
私は日向を見ると、日向は今にも泣き出しそうな顔をして、必死に笑顔を保っていた。
「……お別れだね」
そんな言葉はいって欲しくはなかった。けれどしかたない。もう私たちは、終わっているんだから。言わなきゃいけないんだ。
「友紀……」
辛そうに、でも必死に、サヨナラと私と同じ気持ちを言おうとしているのはわかった。
ちゃんと言えるかわかんないけど、私も伝えなきゃ。この気持ちと、一人じゃないと言うことを。
「日向。リュック、交換しない。後、ネックレスと懐中時計も」
「えっ?」
「……約束しよう、また会おうって。そしてこの大事な物も返すって。その言葉も、また巡り会ったらね」
日向は一瞬驚いて、でもすぐに嬉しそうな、恥ずかしそうな顔をして。
「……うん、約束する。絶対また巡り会うって。会ったら懐中時計もリュックも返すし、この言葉を、絶対に言うって」
そう言ってくれた。
「約束」
私はリュックと懐中時計を差し出した。日向はそれを受け取って、リュックとネックレスを差し出して。
「約束」
そう返してくれた。
そして、二人で手を繋ぎながら、空から降り注ぐ光を見ていた。
巡り会うかなんてわからないけど、私は探すよ。例えあなたが世界の反対側に居ても、必ず会いに行くよ。そして絶対に伝えるんだ。
大好きだよって。
この世界に関する予備知識として、記憶は物に積められ、魂は物に変わります。
ただしそれは人間にかぎり、物には適用されません。
つまり、ここに来る人間は、必ず二つの物を持っているんです。
二人にとって、どれが記憶でどれが魂だったんでしょうね?